4章 14. 美味でござる
タコの魔獣に捕まりあわや溺死させられるという所で、成虫体へと進化したイビルに助けられた俺は、ようやく水場へとやってきた。
タコ達は全員イビルに恐怖し逃げ出したので、この場には1匹もいない。水を得るなら今がチャンスだ。
そのことを分かっているはずなのに、どうにも頭の隅にチラつく嫌な予感が足を重くする。
それでも生きる為には水を得なければならない。
俺は重くなる足にはムチを打ち覚悟を決めて水に手を伸ばした。
そしてそっと水に手をつけ、指に着いた水をひと舐めして一言。
「やっぱ海水じゃねーか!」
「ギギ……(灯殿、当たり前でござる……)」
俺のツッコミにイビルが悲しげな視線を送ってきて、それが余計に辛い。
そもそも最初にタコを見た時から、怪しいと思っていたんだ。
タコがいるなら海水に決まってる。そんなことは俺だって分かってるさ!
でもこっちは訳わかんない所で突然目が覚めて、ようやく見つけた水場ではタコに殺されかけたんだ。
そんな酷い目にあったんだから、少しくらい期待したってバチは当たらないだろ。
それにここは異世界だ。
なら淡水で暮らすタコの魔獣だっているかもしれないじゃないか!
俺はその一縷の可能性に賭けてたんだ!
「はぁ……」
なんて脳内で盛大に愚痴をこぼしたが、実際にはもう既にそんな体力も残されてはいない。
さっきのタコ達との争いで想像以上に体力を使ったらしく、もう喋るのもしんどいのだ。
「とにかく腹が減ったな」
喉も乾いてきたが、それ以上に今は空腹が抑えられない。
思えば午前中はシンリーとデートしていて、そこで洞窟を発見して人攫いの手がかりを掴んだかと思ったら、魔法使いとの戦闘が始まり(これは俺が悪いが)、そして今はまたよく分からない洞窟にいる。
気を失ってからどれくらい時間が経ったのか知らないが、あれだけ色々な出来事があったのだから当然腹もスカスカだ。
しかし、何か食べるものは無いかと何気なくあたりを見渡すと、なんと周りにはタコの足が転がっているではないか。
「お、おお……、なんて美味そうなんだ!」
これはさっきの戦闘で、イビルが鎌で切り落としたものだ。
今の俺にはそのタコ足達が、信じられないほど美味しそうに写っている。
だが今の俺は調理器具など持ち合わせてはいない。食べるとしたら生以外の選択肢は無いのだ。
「なあイビル、そのタコ足生でいけると思うか?」
「ギギ(拙者は問題なく食べられるでござる)」
たとえ大きくとも蛾であるイビルにはキツいと思ったが、問題なくいけるらしい。
さすがは魔獣であり、イビルのくれた魔獣だ。想像以上にタフらしい。
「よし、じゃあ一緒に食べるか」
「ギギ!(であれば拙者が切り分けるでござる!)」
ここから食べ物が何も手に入らないという可能性は十分に有りうる。それなら少しでも新鮮である内に、腹に溜めておくべきだ。
日本でならタコは生で食えていたしな。生肉よりはマシだろう。
そう判断した俺は、イビルに切り分けてもらったタコ足に食らいついた。
「ん……、んん!こ、このタコ足めちゃくちゃ美味いぞ!」
「ギギー!(美味でござるな灯殿!)」
どんな味だろうと食べ切ってやるという覚悟で噛み付いたのだが、びっくりするほど美味しかった。
自分が今空腹なのも影響しているとは思うが、それでもこのタコ足は店に出していいレベルで美味しかったのだ。
そんなタコ足に魅了された俺とイビルは、気がつけば腹がいっぱいになるまで貪り食っていた。
これは後で聞いた話なのだが、たまたまここで出会ったあのタコ達は、人間達の間では高級食品として取り扱われていた程の美食魔獣だったらしい。
「ふぅ、これでしばらくはもちそうだな」
「ギギ!(そうでござるな!)」
腹が満たされたからか表情にも笑顔が戻り、イビルと楽しげに会話をする余裕も出てきた。
元気を取り戻した俺達は、気を取り直して洞窟の探検を再開する。
とにかく出口を見つけて地上に出ることが、今の俺たちの最優先事項だ。
――
そんな風に息巻いて洞窟を探検し始めたが、なんと気がつけば1週間が経過していた。
その間俺とイビルは、未だに陽の光を拝めていない。
この洞窟は想像以上に複雑な構造で、あちらこちらに横穴が空いており目印をつけながら進んでいても、何度か迷うこともあった。
洞窟内が暗くて風景が覚えられないのも原因の1つだろう。
そんな生活の中で唯一の救いは飲水を発見したことだ。
「イビル、少し休憩しよう……」
「ギギ!(はっ、では灯殿は水分補給をするでござる)」
「お前も飲むんだよ。倒れられちゃ困る……」
「ギギ(かたじけないでござる)」
探索を初めて2日目、洞窟内を歩いている時たまたま壁から滲み出ている水を発見し、舐めてみたところ海水ではなく真水であったのだ。
奇跡的に水を発見出来たことで、俺達はどうにか一命を取りとめることが出来た。
ただその時は俺達には水を入れる入れ物がなく、その時保存食として持ち歩いていたタコ足1本の皮をどうにか丁寧に剥いで、水筒代わりにしたのだ。
「ぷはっ!生臭いけど飲めないよりは全然マシだな」
因みにあのタコ足は保存食として持ち歩いていたが、たったの3日でなくなってしまった。
初日には馬鹿みたいに食べたのが原因で、残りはたったの2、3本しか残っておらず、それも早々に底を尽きたのだ。
それから新たに食料を得ることは無く、ここ数日は水だけで生活している。
「はぁ、はぁ、早く出口か食料を、見つけないとな……」
体力がかなり落ちているせいか、常に息切れしている状態が続いている。
このままだといずれ衰弱死するのも時間の問題だろう。
「ギ、ギギ……(あ、灯殿、いざとなったら拙者を食べるでござるよ……)」
「その話はなしだって何度も言ってんだろ」
食料が尽きてからは、イビルは事ある毎にそんなことを口にするようになった。
自己犠牲の精神が強すぎて正直ちょっと重い。俺としては、もっと気楽に友達感覚で接してほしいのだが。
「さぁ、そろそろ探索を再開するぞ」
「ギギ!(了解でござる!)」
気を取り直して俺達は洞窟の探索を再開した。
1週間歩き回ってみて、実は俺はこの洞窟のある特徴を発見している。
それは、この洞窟が渦巻き状になっていることだ。
上下左右に横穴こそ大量にあいてはいるが、よく調べてると1本の道だけ中心に向かって、とぐろを巻いていることが分かった。
それが分かってからは俺達は、何も目的なくさ迷うよりはマシだろうと思い、現在は真ん中を目指して進んでおり、もうすぐ辿り着くのだ。
もしこの先になにも無かったのなら、希望も無くなりもしかしたら心が折れてしまうかもしれない。
だがそれでも、どこかも分からない洞窟の中で野垂れ死にするよりはマシだと思い、ただひたすらに歩いてきた。
そしてようやく今、俺達はゴールに辿り着いたのだ。
「ここが、渦巻きの中心だ!」
「ギギー!(ようやく着いたでござる!)」
目的地に辿り着いた感動から、思わず久しぶりの大声を上げてしまう。
だがそんな俺の感情とは裏腹に、残念ながらその洞窟の中心には何も無かった。
「そ、そんな……」
目指していた場所はただの真っ暗な空間で、何があるという訳でもない。俺はその絶望感に、膝から崩れ落ち、悔しさから地面に拳を叩きつける。
残念ながら俺達の希望は、ここに潰えたのだ。
――そう思った時だった。
暗闇の奥から、カツカツと足音が響いてきたのだ。
俺は慌てて顔を上げてその足音のする方向に目をやる。
すると未だ姿は見えないが、そこから人の声が聞こえてきたのだ。
「どなたかそこにいらっしゃるのですか?」
「――っ!」
聞こえてきたのは、天使かと思えるほどに美しい女性の声。
俺はあまりの嬉しさで、声も出せないほど喜びに震えた。
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