4章 13. まさかのござる口調
真っ暗な洞窟の中を、魔光石の光源を頼りに進んでいく。
ここがどこで、この先に何があるのかは分からないが、それでも俺に立ち止まっている時間はないのでとにかく進むしかない。
「まずいな、今は水も食料も持ってない。早く何か見つけないと」
元々町を拠点にしていたので、非常食などは持ち合わせていなかった。
もしもの時のために回復薬は数本用意していたが、それで空腹が抑えられる訳では無いし、水分補給で飲むにも量が足りなさすぎる。
クウ達や子供達のことも心配だが、今は自分の生命維持に全力を注ぐべきだろう。これは遭難と言っていい状況だろうから。
そんなことを考えながら歩いていると、遠くの方で水の跳ねる音が聞こえてきた。
もしかしたらこの先で、地下水のようなものでも流れてるのかもしれない。
そう思った俺は足元の見えない洞窟を慎重に、しかし急ぎ足でその音のする方へと向かって行く。
だがそこで待っていたのは、残念ながら水だけでは無かった。
「ボボー!」
「ボコゴ!」
「うおっ、な、何かいっぱいいる!」
ようやく水辺を発見して歓喜したのもつかの間、そこにはタコのような軟体動物の魔獣がうようよと蠢いていたのだ。
水の音が聞こえたのも、彼らが水の中を出たり入ったりする時に跳ねた音が響いていたのだ。
その場所は壁にちらほらと魔光石があるお陰でうっすらとだが、そのタコ達のことを視認できた。
タコ達は大きさは80cmくらいで、触手を伸ばして壁にに張り付いたり、水の中で遊んでいたりしている。
大きさ自体はこれまで見てきた魔獣達と比べたら大したことは無いのだが、ただその数が厄介だった。
パッと見ただけでも30匹程は視認出来ているが、薄暗くてよく見えないだけで、実際はもっと沢山いるのだろう。
恐らくこの場所は、彼らの縄張りなのだろう。
「多過ぎるな。でもここを素通りには出来ないし、どうするか……」
どうにかして水の元へと行けないかと思ったが、タコはそこら中に所狭しといるので近づくのは難しい。
そしてどうやって行こうかと考えているうちに、とうとうタコ達に俺のことがバレてしまった。
「ボ?」
「ボ、ボゴゴー!」
「ボゴボゴボゴー!」
「ヤベーな」
タコ達は俺の存在に気づくと、周りと触手を絡めあわせだした。
恐らくあれが彼らのコミュケーションの方法なのだろうと悠長に考えていたら、次の瞬間には一斉に飛びかかってきた。
「ボゴゴー!」
「ボーゴボーゴ!」
「うおぉー!や、やめろぉ!」
タコ達には俺の願いも届かず、逃げ出そうとしても伸びた触手に絡め取られ、気づいた時には拘束されてしまっていた。
最悪なことに、このタコの魔獣も、 俺の話を聞かず無茶苦茶な行動をとる、厄介な魔獣ということだ。
振りほどこうにも吸盤の吸い付きは想像以上に強く、更にタコ達は俺を水の中へ引き込もうとしている。
このままでは俺は、タコに絡みつかれたまま溺死してしまう。
「ちょ、離してくれ!こんなよくわからない場所で死にたくなんか無い!」
「ボゴゴー!」
タコ達は俺の願いをを聞く気は一切無いらしい。
力の限り暴れて触手を振りほどこうとするが、その度にタコ達の締め付けが強くなる。
もう水場はすぐそこ。このままでは本当に死んでしまう。
「ぐっ、は、離せよお前ら!」
締め付けられすぎてもう体の自由はほとんどない。最後の力を振り絞って叫び声をあげるも、タコ達は気にすることなく水場へと引き込んでいく。
(もうダメだ。俺、ここで死ぬのか)
どこかも分からない暗い洞窟の中で、俺の一生は終わる。
そんなことを直感した次の瞬間、なぜかモンスターボックスから薄紫色の光が溢れ出した。
突然のことにタコ達も困惑の色を隠せないでいる。
「な、何だ急に!?」
「ボボッ!?」
中にはもう戦える魔獣は1匹も居ないはずだと言うのに、なぜ急に光だしたのか分からず困惑していたが、その理由はすぐに判明する。
「ギギギー!」
モンスターボックスからそんな鳴き声と共に黒い何かが飛び出してきた。
あまりにも速く飛び出したので、俺はその姿を目で追うことが出来ず僅かに見えたのが、その黒い何かだ。
黒い何かは出てくるやいなや超高速で周囲を縦横無尽に飛び回り出した。
「ボ、ボゴゴ!」
「ボゴボゴゴー!」
突然現れたその存在に、タコ達も数間固まっていたがすぐに我に返ったようで、その何かを捕らえようと触手を伸ばした。
超高速で飛び回るその何かにタコ達の触手は全く追いつく気配はない。
だが、それでもタコ達はその差を数で埋めてきた。タコ達 何十匹もいて、その上で1匹1匹の触手の本数が多くあっという間に触手の網が完成したのだ。
これには自由自在に飛び回っていた黒い何かも避けられず、とうとうタコ達の触手に絡め取られてしまう。
「ボゴー!」
「ボゴッボゴッ!」
タコ達も勝ちを確信したのか喜びの鳴き声を上げだす。
だが、残念ながら黒い何かは、触手に捕まることは無かった。
黒い何かは触手に触れたと思った瞬間、一瞬体をブレさせたかと思った次の時には触手をすり抜けてまた飛び回り出したのだ。
そして素通りされた触手は、1拍遅れてぼとぼとと地面に落ちていく。黒い何かに触れた触手は全て、余すことなく見事に両断されたのだ。
「ボゴー!?」
「ボゴボゴボゴー!」
そのことに先程まで余裕の表情を見せていたタコ達も、一斉に焦りだす。
「うおぉっ!」
タコ達はその黒い何かを自分達にとって驚異と認識し、一斉に黒い墨を吹き出すと水の中へと一目散に逃げ出した。
当然捕まっていた俺もそれに釣られることになり、水中に引き込まれそうになる。
「ギギッ!」
だが、あと1歩で水の中に連れ去られるという所で、俺の体に絡みついていた触手を全て、黒い何かが切り落としてくれた。
お陰で俺は自由を取り戻し、大慌てで水場から遠ざかる。
タコ達はそんな俺に構ってる暇はないらしく、次々と水の中へと逃げていき、気づいた時には全員居なくなっていた。
「はぁ、はぁ、た、助かった……」
さっきまでもう死ぬと思っていたが、どうにか一命を取りとめて、安心したのか体の力が抜けていく。だいぶ息も上がっていたようで、呼吸が苦しい。
「ありがとうな、助かったよ“イビル”」
俺は改めて黒い何か、つまりはイビルに礼を言った。
最初はそれが何か分からなかったが、冷静に考えてみれば俺のモンスターボックスに残っていた魔獣はイビルしか居ないのだから、答えは1つに決まってる。
それにイビルの戦い方が、どことなくイルに似ていた気がしてそう直感したのだ。
「ギギー!(間に合ってよかったでござる!)」
「ご、ござる!?」
イビルはオレの目の前に降りると、まさかのござる口調で返事をしてきたのだ。
もちろんこれは俺がモンスターピアスを付けているから聞こえるだけなのだが、意外すぎる口調に度肝を抜かれた。
そんなイビルの外見は、体長約1m程の巨大な蛾である。
体の色は幼虫の時と変わらず黒を中心として所々に赤いラインが走っていて、扇子の様な黒い羽にも鮮やかな赤い斑点模様が描かれていてかっこいい。
そして両前足は長く鋭い鎌となっていて、先程はこの鎌でタコ足を切り落としたのだろう。
見た目はさながら忍者の様だが、意外と口調とあっているのが面白い。
「ギギギーギ!(灯殿を救う為とはいえ、命令も無く魔獣箱から出てきて申し訳のうござる)」
「いや、それは全然気にしてないよ。というかむしろ命を助けてもらったし、本当にありがとう」
「ギギッ!(かたじけない!灯殿の寛大なお心に感謝するでござる!)」
「お、おぉ、いやそこまで下手にでなくていいけど……」
イビルになぜかやたらと俺に対して、平伏した態度を崩さない。
他の魔獣達の誰とも似つかないそんな性格に、俺は戸惑いを隠せないでいる。
(そういやイビルはイルからもらった魔獣だったな。あいつイビルに一体何を吹き込みやがったんだ……)
ここにはいないイルに怒りの念を送りつつも、ともあれ頼もしい成虫体となったイビルと共に、洞窟の探索は続いていく。
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