4章 プロローグ
クリサンセマム王国の北端、スターク街道をとある一団が馬で駆けている。
彼らの表情には余裕が無く、かなり焦っている様子だ。
「隊長、急がないとまずいですよ!」
「んなこと分かってるよ!黙って馬を走らせろ!」
腰には刀身のない剣の鞘のみを差し、純白の鎧を纏った少年の名はマリス。騎士団青軍の騎士の1人だ。
そしてそんな彼の指摘に苛立ち混じりに返事をしたのが、この隊の隊長であるライノだ。
その他のメンバーはアマネ、ローネイ、タックス。本来なら各班の班長である彼らのみで組まれた、5名のこの小隊の目的派ある人物の捜索である。
「でも、まさか生きているなんて思わなかったわねぇ」
「はい、あの時私が確実に仕留めたはずですし、洞窟が倒壊した時に、てっきり下敷きになったんだと思ってました」
先頭を駆けるライノとマリスの後ろで、ロイネーとアマネが信じられないとばかりに話をしている。
そんな彼ら小隊が今追っているのは、かつて灯と共に壊滅させた魔獣ハンター集団「竜の蹄」の一員である、黄色いラインの入ったローブを来た男だ。
この人物はかつて洞窟での戦闘時にアマネが倒し、その後は拘束もしておらず、洞窟が倒壊した時下敷きになっていたと思われていた。
がしかし、実は彼は生きていたのだ。洞窟が倒壊する前に脱出していたらしく、最近になってライノ達に出没情報が入ってきた。
しかもその場所から奴の目的までも判明してしまい、それを知ったライノ達は即座に行動に移した。
機動力が売りの青軍ではあるが、それでも更に急がなければならないと判断したライノは、この小隊を編成し少数精鋭でことに臨んだのだ。
「くそっ、それにしてもこの奴の居場所があんな所だったとはな!」
「急がないと逃げ切られてしまいます」
「全く、ほんとに面倒なことしてくれるわね」
焦りから言葉遣いも荒くなり、ロイネーはため息混じりに愚痴を零している。
「でもこのペースなら、なんとか間に合いそうですよ!」
「ははっ、アマネさんはこんな時でも元気いっぱいですな」
「当然よ!あそこには珍しい魔獣がいるかもってあ!ち、違います違います!間に合うかもしれないから嬉しいんです!」
アマネはだいの魔獣好きな性格をしており、本音ではあまり行かない地で、そこでしか出会えない魔獣に会うのが楽しみなのである。
タックスとの会話でそんな本音がうっかり盛れてしまい、ライノに鬼の形相で睨まれた。
「もう遅せぇよ!しっかり仕留めてりゃこんなことにはならなかったんだ。いい機会だから、この件が片付いたらみっちりしごいてやるから覚悟しとけ!」
「ひいぃー!そ、そんなぁ〜!」
「ったく……、おらお前ら急ぐぞ!目的地までもうすぐだ!」
「「「「了解!」」」」
ライノの号令で気を引き締め直した一行は、スターク街道を進み目的地へと駆ける。
その目的地とは、港町「ブリンデラ」だ。
――
港町ブリンデラ。
ここは唯一帝国と王国を繋ぐ船が行き交う、貿易港だ。
他国と貿易が行われているからか、普通の港町よりも規模は大きく行き交う人々も様々だ。
そんな人の集まる地では、当然多くの悪事も蔓延っている。
薄汚れた黒いローブを来たこの男も、そんな人間の1人だ。
「はぁ、はぁ、ようやくここまでこれたか……」
彼のローブには薄らとだが、黄色いラインが入っている。
この男こそが、ライノ達が追っている竜の蹄の最後の1人だ。
その名を「ベルディ」という。
「と、とにかくまずは、船を探さないとだな……」
ベルディは港町に入ると、どうにかして帝国行きの貿易船に乗り込もうと辺りを探索し始めた。
竜の蹄が壊滅し、追われる身となっているベルディは正当な手続きで帰ることは出来ない。
だから彼は密輸船を探すことにしたのだ。こういう貿易の要となる港では、大抵密輸船が潜んでいるものだが、それはこのブリンデラでも例外ではなかった。
彼ら竜の蹄は違法な魔獣売買を行っていた為、密輸船に乗って王国に入ったので、その存在を知っている。
ベルディはまずは知り合いを探すべく、騎士にバレないように慎重に港町を探索し始めた。
「えぇ、ようやく上手くいきましたよ」
(ん、何だ?)
「そうか、かなり時間は掛かったようだが、これだけの量のガキ共がいるならあの方も納得してくれるだろう。よくやったな」
「ははっ、ありたきお言葉、感謝致します」
ベルディが路地裏を歩いていると、何やらそんな怪しげな会話が耳に入ってきた。
その会話の内容を聞いて、経験からそれが人攫いか同行者であると当たりを付けたベルディは、彼らの後を追うことに決めた。
「あの方はもう来られているのでしょうか?」
「まだだ、2週間後には到着予定らしい。それまでにきっちり準備しておくぞ」
「了解しました!」
盗み聞きしたその会話の内容から、2週間後にあの方と呼ばれるお偉いさんが来るのだとベルディは理解した。
「へぇ、これは、使えるかもな……」
あの方が何者かは分からないが、ベルディはその人物が貴族であると予想をつけた。
この港町は、大物の貴族なら金さえ積めばいくらでも検査を逃れられる。
だから人攫い達はそれを利用して、密輸を行うのだ。
そしてベルディはそれに狙いをつけた。
選択肢は2つある。
姿を潜めて、こっそりとその船に乗り込む方法。
どうにかして自分を売り込み、気に入られてどうどうと乗船する方法。
「へっ、迷う必要も無いな」
その2択の中から、ベルディは2つ目の方法を選択した。
なぜならベルディは、己の魔法に絶対の自信があったのだ。
自分の魔法使いとしての才能が有れば、どんな人間でも大歓迎してくれるだろうという自信が。
それを聞けば誰もが自惚れていると思うだろうが、しかし実際に彼には実力があり、結果的にこの作戦は成功することとなる。
期せずしてベルディは、灯達の敵である人攫い連中と手を組むこととなった。
こうして偶然に偶然が重なり、ライノ隊、灯達、ベルディ、人攫い連中が港町ブリンデラに結集することとなる。
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