3章 29. 共同の謀略

 灯がゴードン達によって気を失う数刻前、獣人族の区画には人攫いの魔の手が迫っていた。


 昨日人攫いに襲われたことで、獣人族も子ども達の見守りを強化している。


 が、そんなものはベテランの人攫いである彼らにとってはなんの障害でもない。




「よし、領主があのガキを連れ出してる隙に始めるぞ」




「おう」




 彼らの作戦は、サンダーバードとユドラに首輪を付けて暴走させ、その騒動の隙に子ども達を攫うこと。


 その為に魔獣使いである主の存在が邪魔であった。だから領主が何かと理由をつけて、彼を連れ出したのだ。




「野郎共いくぞ、レコインビジブル」




「「レコインビジブル」」




 人攫いの3人は一斉に魔法を唱えた。レコインビジブルは自身の影を薄め、相手に認識されにくくする魔法だ。


 獣人族や魔獣は自分を狙う気配に対して非常に敏感である。だが、この魔法で意識から外れれば、そもそも警戒する相手の存在にすら気づけない。


 気配を隠蔽する魔法の中では、上位に位置する高等魔法である。




「ライチちゃんふわふわー」




「サラサラしてて気持ちいいねー!」




「ピイィー」




 女の子達はライチの黒い羽毛がお気に入りの様子で、順番に抱きついていた。


 ライチも意外と面倒見はいいようで、嫌がることなく受け入れている。


 彼女達に体を撫でられるのを気に入ったようだ。




「うぉー!たっけー!」




「あはははは!めちゃくちゃはえー!」




「バオォー!」




 対する男子は、ユドラの9つの首にまたがり縦横無尽にに動くのを楽しんでいた。


 ユドラは前々から獣人族とは繋がりがあったので、子ども達の扱いには慣れている。




「おっと、やるわねクウ!」




「クアッ!」




「そっち行ったぞマイラ!」




「ガウガウ!」




 クウとマイラは、残りの子ども達とボール遊びをしている。


 皆クウの空間魔法が珍しいようで、突然ボールが消えたり出たりするのに一喜一憂していた。


 そしてマイラは足が速いので、急に現れるボールに対し誰よりも早く反応し、ボールを奪い返す。


 クウ達は、灯意外の人と遊ぶことはほとんどなかったので、新しい遊びに夢中の様子だ。




 そんな和やかな光景の影で、人攫い達は暗躍していた。


 見張りもいたが、その存在には誰も気づけていない。全ては彼らの狙い通りだ。




「へっ、誰も俺達に気づいてねぇな」




「黙ってろ。まずはあのボールで遊んでるガキを攻撃して、大人達の気を引くぞ」




「オーケー任せろ。ブロウ!」




「うわぁっ!」




 突風を巻き起こし対象を吹き飛ばす魔法を放ち、ボールを追っている子どもを狙い撃つ。


 風に当てられた牛のような角を生やした少年は、簡単に体を中に浮かされて、背後の壁に叩きつけられた。




「ク、クウッ!?」




「ドット!大丈夫!?」




 突然吹いた風にクウは驚き、たまたま近くにいたネイアが素早く駆け寄る。


 幸い牛角の少年ドットには大きな怪我は無く、壁に叩きつけられた衝撃で咳き込むだけで済んだ。


 続けて見守っていた大人達も、慌ててドットの元に駆け寄ってきた。


 今彼らの意識はドットの方へと向けられている。当選ユドラとライチもそちらへ意識を削がれていた。


 そして人攫い達は、その隙を逃しはしない。




「今だ!あの魔獣共に首輪をかけろ!」




「了解!」




「分かった!」




 1人の合図に従い、残り2人の人攫いがライチ達めがけ、首輪を魔法で操って走らせる。


 2つの首輪は一直線にライチとユドラの首元まで迫って行った。




「クアッ!」




「ガウッ!」




 だが、クウとマイラだけはギリギリのところで首輪の存在に気づいた。


 クウは即座にワープで首輪を移動させマイラの目の前まで届けると、マイラは尻尾の蛇の毒牙によって即座に溶かす。


 クウとマイラの見事な連携によって、どうにか首輪を破壊することに成功した。


 だが、残念ながら防げた首輪は1つだけ。もう1つの首輪は、正確にユドラの首を捉えた。




「ちっ、1匹は外しちまったか」




「1匹でも成功すれば十分だ!魔力を流して暴走させろ!」




「おう!」




 人攫いは、首輪に繋がれた鎖伝いに魔力を注入した。


 この首輪は本来、自身の魔力を注ぐことで対象を使役できるのだが、相手の能力が高い場合魔力を流し過ぎると暴走するという欠点がある。


 今回人攫い達は、その欠点を逆に利用したのだ。




「バオオオオオオォォォォォ!」




 ユドラは首輪に過剰に魔力を流されたせいで脳に強い衝撃が襲い、鼓膜が破れそうな程の咆哮を轟かせた。


 獣人族の皆はドットに意識を取られていたせいか、突然のユドラの暴走に困惑と恐怖の感情に支配される。


 だが、ユドラはそんな彼らを気にかけている余裕はない。既に意識は失われ、9つの頭を力の限り振り回す。


 その勢いに耐えきれず、頭に乗っていた子ども達は次々に吹き飛ばされていった。




「うわあぁぁ!」




「お、落ちるぅ!」




「クウ!」




「ピイィー!」




 地面に落下する子ども達を、間一髪のところでクウとライチが救出する。


 そのおかげでなんとか子ども達は、無傷ですんだ。




「上手くいったな」




「ああ、今は危険だから一旦離れるぞ」




「了解」




 そんな悲惨な光景を前にして、人攫い達は口の端をつりあげて笑いながら、その場をあとにする。


 そこにいた全員は結局、突然の出来事の連続で人攫い達の存在には気づけないままだった。




「バオオオオオオォォォォォ!」




 獣人族達は原因不明のユドラの暴走になす術はなく、子ども達を避難させるだけで精一杯だった。


 ユドラの破壊力は絶大で、暴れて首を1振りする度に家々が砕け塵と化す。


 獣人族の区画はあっという間に原型を失い、ガレキの山だらけになっていった。




「ピイッ、ピイッ!」




「クウー!」




「ガウガウ!」




 大人が子ども達を避難させている中、クウ達は果敢にもユドラの暴走を止めようと迫る。


 しかし、巨体と9つの首の予測不能な動きの前に、手も足も出せない状態であった。


 今は子ども達に被害を出さないように、攻撃を反らさせるだけで精一杯。


 圧倒的戦力が足りていない。




「おいっ!何が起こってやがる!?」




「どうしちゃったのよヒュドラちゃん!」




「バウバウ!」




 と、そこで溶岩の魔人、エキドナ、ベロスが駆けつける。


 溶岩の魔人が家は獣人族の区画にあるので、騒動を聞きいち早く現場に駆けつけたのだ。




「誰か状況を説明出来るやつはいねーのか!」




「リーダー、私が説明します!」




 溶岩の魔人はユドラを止めようとするクウ達しか目に入らず、獣人族はいないのかと辺りを探していると、そこにネイアが駆けつけてきた。


 彼女も他の子ども達と一緒に避難していたのだが、彼女は他の子と違い能力が高いので、現場に戻って来たのだ。




「ネイアか、説明してくれ!」




「はい、さっきまでは灯様のお仲間達と一緒に遊んでいたのですが、なぜか突然ユドラが暴走しだしたんです!」




「いきなりだと?原因は分からねぇのか!?」




「はい、私達はユドラが暴走する直前、ドットが突然の突風に飛ばされて気を失ってしまい、そちらに気を取られていたので……」




 ネイアを含めその場にいた全員はドットの方に気を取られていたので、なぜユドラが暴走しだしたのかその理由は分からない。


 そして暴れ回るユドラから逃げるのに必死で、首輪の存在にも気づけていなかった。




「突風?変ね、この時期はそこまで強い風が吹くはずはないのだけれど」




 エキドナは誰よりもこの砂漠地帯での生活は長いので、気候に関しても詳しい。


 そんな彼女だからこそ、この時期での突風に違和感を覚えていた。




「ちっ、何にせよまずはユドラを止めねぇと話になんねえぞ。小僧はどこにいるんだ?まさかやられちまったのか!?」




「いえ、灯様は少し前に来られた領主様と一緒にどこかへ行ってしまいました」




「領主が?小僧に一体何の用があるんだ……?」




 ネイアからの報告を聞いた溶岩の魔人は疑問が増えていくばかりだが、今はそれを考えている暇は無い。


 どんなに疑問が増えようとも、まずは目の前で暴走しているユドラを止めないことには、何も解決しないのだから。




「バオオオオオオォォォォォ!」




「クソッタレめ!まずはあのバカ竜を止めるぞ!」




「えぇ!」




「バウッ!」




「はい!」




 3人と1匹は、必至に抑えようとしているクウ達の元へ加勢に向かう。


 こうして領主と人攫いによる、共同の謀略は幕を開けたのだった。

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