3章 26. この砂漠には似合わない

 突然の人攫いの急襲により、一時はパニックとなってしまったが、迅速な対応のおかげで大きな事故もなく、事態は収束した。


 ただ、今回の件は俺の油断が招いた結果なので、アイラを無事助けられたとはいえ、俺の気持ちは浮かないままだった。




「灯様、救出ありがとうございました。我々はこの者を連行しますので、これで失礼致します」




「あ、はい、よろしくお願いします」




 拘束された人攫い3人は、警備の獣人族達によって取り押さえられ、連行されて行った。




「ピイィー」




「バオォ」




 残ったのは俺とライチとユドラだけ。2匹は浮かない気持ちの俺を心配してか、不思議そうな顔で近づいてきた。




「お前達もありがとうな。おかげでアイラを助けられたよ」




「ピイィー!」




「バオォ!」




 頑張った2匹にお礼を言って頭を撫でると、ライチとユドラは嬉しそうに頭を擦り寄せてきた。


 そんな2匹としばらく戯れた後、モンスターボックスに戻ってもらうと、俺も獣人族達の暮らす区画へと帰る。




「あ!灯様帰ってきたわよ!」




「おかえりー、灯様―!」




「アイラを助けてくれてありがとうな灯様!」




 獣人族達の区画へと戻ると、真っ先に子ども達に出迎えられた。


 皆その表情は明るく、惜しみない感謝を俺へと向けてくる。




「ほら、アイラもお礼言いなよ!」




「あ、あの、灯様、ありがとうございました!」




 ネイアに背中を押されて、アイラはもじもじと言葉をつまらせながらも恥ずかしそうに顔を赤らめながら、お礼を言ってきた。


 彼女は一切俺を恨むことは無く、ただ感謝の気持ちでいっぱいという様子だ。


 だからこそ、俺のしでかしたミスが、自分の胸に突き刺さる。




「ごめんなアイラ、俺がもっと気をつけてたら怖い思いをさせずに済んだのに……」




「え、そ、そんな、灯様は何も悪くないですよ!」




「そうですよ!灯様はアイラが攫われた時だって、誰よりも早く動いてくれたじゃないですか!」




「そうだぜ!あんなでっけー鳥を操るなんて凄すぎる!」




 アイラ達は俺の失敗を気にしていない様子で、必至に慰めてくれる。本当に優しい子供達だ。




「ったく、1人で考えすぎなんだよてめーは!」




「痛っ!」




 突然誰かに頭をひっぱたかれ、慌てて振り返るとそこには溶岩の魔人がいた。


 彼とは喧嘩をした日から会ってはいないが、久しぶりに見たその顔はえら晴れやかなものだった。




「ありがとうな、アイラを助けてくれて」




「いや、でも俺は最善を尽くした訳じゃないよ……」




「何言ってんだ、この世に完璧な奴なんざいやしねーよ。誰だってミスはするんだ。それをいちいち真に受けてたらキリがねーぜ」




「いや、でも……」




 溶岩の魔人は軽く笑い飛ばすように、そんなことを言ってきた。


 だが、今回の件はそんな軽い気持ちで済ませられるようなことでは無いはずだ。


 1人頭の中で猛反省していると、溶岩の魔人が突然重いため息を吐いた。




「お前も相当な馬鹿だな。子ども達を見てみろよ。誰も小僧のことを恨んでなんかいねぇぞ?」




「え?」




 溶岩の魔人にそう言われ振り返ると、子ども達は満面の笑みで俺に笑いかけ、先頭に立つアイラは小さな一輪の花を俺へと差し出してきた。




「灯様、助けてくれてありがとうございました!これあげます!」




 この砂漠の地では、なかなか植物などは育たない。


 この小さな花は、アイラが毎日手入れをして育ててきて、最近ようやく花を咲かせたそんな大切な花だ。




「いいのか?俺なんかに」




「あ、灯様だからこそです!」




「そうか……、ありがとうなアイラ。大切にするよ」




「……はい!」




 アイラから花受け取った。お礼を言い、彼女の頭を優しく撫でてあげると、恥ずかしそうにほほを真っ赤に染めながらも、アイラは嬉しそうに微笑んだ。


 この砂漠には似合わないほど美しい青色のその花を眺めていると、なんだか心が安らいでいく気がした。




「なぁ、さっきのでっけー鳥もっかい見せてくれよ!」




「私も見たいです灯様!」




「ははっ、よーし分かった!皆少し下がってろよ!」




 子ども達のおかげで元気を取り戻した俺はライチを呼び出すと、その後は皆で楽しく遊んだ。




「へっ、手間のかかる奴だぜ全く。やっぱまだまだ小僧だな」




 溶岩の魔人は去り際に何か言っていた様だが、俺の耳には届いてこなかった。






















 ――




















 灯が獣人族の区画へ帰っている頃、彼が捕らえた人攫い連中は街の牢屋へと放り込まれていた。


 この牢屋は領主の私兵が管理しており、そこへ警備隊が捕らえた犯罪者達が送り込まれてくる。




「くそっ!離しやがれ獣共が!」




「大人しくしてろ!」




 暴れて逃れようとする人攫い連中を力づくで牢屋へ押し込むと、数人の人物が歩いてくる。




「また人攫いですか、いつもご苦労様です」




「り、領主様!」




 そこに現れたのは、数人の兵に警護されてやってきたこの街の領主、ゴードンである。


 この砂漠には似つかわしくない肥太った腹を持つ、金髪の中年で、丁寧な言葉遣いとは裏腹にその表情には怪しげな笑みが張り付いている。




「後は我々が処理をしますので、君達はもう下がっていいですよ」




「はっ!失礼致します!」




 領主ゴードンの命令に従い、獣人族達はすぐにその場をあとにする。


 残ったのは、領主らと人攫い連中だけだ。




「はぁ、また失敗ですか。これで何回目です?」




「うるせえ、とっととここ開けやがれ」




「ふぅ、やれやれ」




 ゴードンは軽く溜息をつきつつも部下に命令し、牢屋の扉を開けるよう命令した。


 そしてそこから人攫い連中は悠々と出てくる。


 ゴードンは彼らを捕らえるつもりはなく、釈放するつもりだ。




「で、今回はなぜ失敗したのですか?またあの忌々しい魔人ですか」




「いや、今回は変な若僧と巨大な魔獣2匹にやられたんだよ。あんな奴がいるなんて聞いてねえぞ!」




「ほう、それは私も初耳ですね。詳しく聞かせて貰えますか?」




「ちっ、ああ」




 人攫い連中はゴードンが灯達の存在を黙っていたのかと憤慨していたが、彼の態度から何も知らないと気づいたのか、舌打ち混じりに事の顛末を伝えた。




「なるほど、サンダーバードにヒュドラでしたか」




「ああ、砂漠でサンダーバードなんて聞いたこともねぇし、ヒュドラに関しては数ヶ月前に見た時よりも有り得ねぇほどでかくなってやがった。ありゃ俺達じゃ手に負えねぇぞ」




「ふむ……」




 人攫い連中から細かな説明を聞いた領主はしばらく考え込む。


 が、やがて妙案を思いついたかのように指を鳴らすと、怪しげな笑みを浮かべた。




「手に負えないのでしたら、その力利用させてもらいましょう」




「利用?」




「ええ、あなた達には魔獣や人間を縛る特殊な首輪があるでしょう?それを使うのですよ」




 その首輪とは、以前ドロシーにされていたのと同じ物で、付けた対象に魔力を流すことで従わせることが出来る首輪だ。


 それを使えばサンダーバードとヒュドラに自由を奪うことが出来る上に、戦力を大幅に増加出来るとゴードンは目論む。


 しかし、そんな便利な魔道具なのだから、当然リスクはある。




「確かに首輪はあるが、あいつらは強力過ぎるから操ろうとすると暴走するぞ」




 以前竜の蹄がドロシーを操っていた時にも、彼女の力が強過ぎるせいで、完全には制御出来ずにいた。


 今回狙っているサンダーバードとヒュドラも強力な魔獣なので、暴走する可能性が高いのだ。




「暴走するならそれでいいじゃないですか」




「どういうことだよ?」




「いいですか、よく聞いて下さい」




 ゴードンには何か策があるようで、人攫い連中を手招きすると、耳元に小声でその内容を伝えた。


 そしてその話を聞き終わった人攫い連中は、上手くいくと踏んだのか、全員不敵な笑みを見せる。




「いい案じゃねぇか」




「ふふ、では後のことは頼みましたよ」




「ああ、細かい打ち合わせが済んだらまた来るぜ」




 ゴードンと人攫い連中は密会終えると、牢屋をあとにする。


 静まり返った牢屋内には誰もいない。


 領主ゴードンと、帝国の人攫い連中は裏で繋がっていたのだった。


 灯の予想は見事に的中したのだが、彼がそれを知るのはまだ先の話である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る