3章 27. 幼虫だったイビル
昨日は突然の人攫いの来襲により、ひと騒動あった獣人族区画の住民達だが、今日も彼らは平常運転であった。
「ご主人様、行ってくる」
「じゃあダーリン、また後でね!」
「おう、頑張ってこいよ」
ドロシーとシンリーは、今日も街の警備の任に赴く。
彼女達はもう警備を初めて2週間ほど経つので、だいぶこなれてきた様子だ。
ドロシー達は挨拶をすると、灰色の仮面の様なものを装着した。
これは街の警備隊だと分かるように、とのことで領主が獣人族達に配ったものらしいが、これのお陰で誰が治安を維持しているのか全く分からない。
そのせいで街の獣人族に対する印象も、変化が生まれないのだ。
せっかく街の治安を維持するという役柄なのに、それを行っているのが誰か分からないんじゃ、イメージも良くならない。
俺はここにも何か、領主の策略がある様な気がしてならない。
「クウー!」
「ガウガウ!」
「おーよしよし、今日はたっぷり遊ぼうなー」
クウとマイラは今日は警備は休みにしてもらった。
彼らもドロシー達と一緒にほぼ毎日警備に出ていたので、たまには休みも必要だろう。
それにまた人攫いが来た時のために、もう少し戦力があった方が安心するからな。
「その前に、日が高くなるまでに他の魔獣達の健康チェックをしておくか」
この砂漠地帯は環境が厳しく、俺の仲間の中にはそれに耐えられない魔獣が何匹かいる。
そんな彼らには、気温が高くなる前にいつも健康の確認をしているのだ。
「まずはグラス達、出てきてくれ」
「「「ブオォー」」」
グラス、ホーン、ミルクの3匹は体毛が濃く、砂漠に長時間いると暑さでダウンしてしまう。
そんな彼らにシンリーに用意してもらった餌を与えつつ体調を確認したが、常にモンスターボックスの中にいるので、特に異常は無さそうだった。
「悪いな、ずっとモンスターボックスの中じゃ辛いだろ?」
「ブオブオ」
グラスの頭を撫でながら申し訳なく謝るが、彼は力強く首を振って否定する。
その反応から、気を使って否定している訳では無いと感じとれた。どうやら本心で思っているらしい。
「ずっとモンスターボックスの中でも辛くないのか?」
「ブォッ!」
「そうか、ならいいけど」
俺はモンスターボックスの中がどうなっているのか知らないのだが、俺が想像しているよりも意外と快適なのかもしれない。
実は中には、別の世界が広がっていたりとかするのだろうか。
その後も順番にホーン、ミルクともスキンシップをとった後、彼らをモンスターボックスの中に戻した。
「さて、次はアオガネ出てきてくれ!」
「シャー!」
アオガネは洞窟の中で生息していた魔獣なので直射日光には弱く、当然砂漠の中では生きていけない。
今は日も浅く日陰の中なので問題は無いが、早めに食事を終わらせてモンスターボックスに戻さないと、簡単に干からびてしまうだろう。
「ほらよ、昨日ドロシー達が狩ってきたサソリだ」
「シャー!」
アオガネに数匹の巨大サソリを差し出すと、嬉しそうに喉を鳴らしながら丸呑みしだした。
ドロシー達は午前中は街の中、午後は街の外の警備をしており、外に出た時にこうしてよく狩りをしてくる。
初めはワームやサソリしか狩ってこず、この砂漠にはこの生物しかいないのかと思っていた。
だが、一緒に出ていた獣人族達に狩場を教えて貰ったようで、それからはラクダのような魔獣や、巨大な鳥なんかを狩って来るようになった。
毎食サソリとかワームだと辛すぎるので、本当に助かっている。
まぁアオガネはサソリが好きらしいが。
「よし、最後はプルムとイビルだな。出てこい!」
「!」
最後に出すのはプルムとイビル。この2匹はかなり小さい魔獣なので、同時に出しても場所をとらない。
「ってあれ?何だこれ?」
が、しかしプルムと一緒に出てきたのは、イビルではなかった。
いや、正確にはイビルなのだろうが、今までと形が変わっていたのだ。
これまでは青草をもりもり食べる幼虫だったイビルだが、今は見事な蛹へと進化していた。
自分が反射するほど黒光りする、金属のように硬い漆黒の蛹。
幼虫の時も真っ黒な体躯だったが、こうまで黒一辺倒だと、もの凄く禍々しい成虫が生まれそうで少し怖くもある。
「いつの間に進化したんだよ」
「……」
イビルに話しかけても、蛹状態では動くこともままならず、反応は何も無かった。
少し怖くもあるが、とはいえどんな成虫に進化するのか、今から楽しみである。
「この状態なら食事はいらなそうだな。ほらプルム、お前だけ食べときな」
「!」
蛹になったイビルには食事はいらなそうなので、プルムにだけ用意する。今日は水と余ったサソリ達だ。
スライムは水以外の生物を消化吸収すると少しだけ強くなるらしいので、こうして毎日食べさせていた。
そのおかげで、今では70体程に分裂が可能になっている。
「もうすぐ100体も夢じゃないな」
「!」
そう言いながらプルムを撫でると、ぷるぷる震えながら触手のように体を伸ばして腕に絡みついてきた。
最近はこうした体の動きもだいぶ器用になってきたので、そのうち指とかも生やせそうな気がしてくる。
イソギンチャクみたいにもじゃもじゃになるのも悪くないかも知れない。
「灯様―、遊ぼー!」
「ん、ああ、すぐ行くよ!」
なんてのんびりしていたら子ども達に呼ばれてしまった。
プルムももう食事を終えている様なので、イビルと一緒にモンスターボックスに戻し、子ども達の元へと向かう。
「お待たせ皆」
「おはよう灯様!ライチとユドラ出してよー!」
「はいはい。出てこいライチ、ユドラ!」
「ピイィー!」
「バオォ!」
ライチとユドラは砂漠でも生きていける魔獣だが、昨日子ども達に見せて欲しいとせがまれたので、今日は皆の前で食事をしてもらうことにした。
「わぁー、大っきいー!」
「すっげーな!」
子ども達はライチとユドラの大きさに驚き、目をキラキラと輝かせて興味津々の様子だ。
確かに俺も子どもの頃は動物園とか水族館が大好きだったから気持ちは分かる。
まぁ俺は体質の影響で、そういう所に行ったら色々と問題があるから、ここ数年は全然行けてなかったが。
「なぁ灯様!ライチ達に餌あげていいか?」
「いいよ。なっライチ、ユドラ?」
「ピイッ!」
「バオッ!」
許可を貰えた熊耳の少年ヘイトは、興奮気味に餌用に用意した肉を持ってライチたちに近づいて行った。
しかし、ライチ達を目の前にするとあまりの巨大に、若干足が震えている。
まぁ確かにあれだけ大きい魔獣を前にする機会はなかなか無いからな。ヘイトくらいの年齢なら、びびっても無理はないだろう。
「こ、これどうやってあげればいいんだ?」
「上に投げればキャッチしてくれるよ」
「そ、そうなのか。それ!」
「ピイッ!」
俺のアドバイスを聞いたヘイトは、真上に肉を放り投げた。するとすかさずそれをライチが嘴で啄む。
俺もよくやる餌やりの方法だが、ヘイトはそのライチの動きの速さに驚きを隠せないでいる。
「おおっ、食べた食べた!すげー!」
「ははっ、上手いじゃないか」
「へへっ!」
成功したヘイトの頭を撫でてやると、彼は嬉しそうにはにかむ。
「いいなー、私もやりたいー!」
「俺も俺もー!」
ヘイトが餌やりをしている姿を見て羨ましく思ったのから次々と他の子達も押し寄せてくる。
そんな彼らをなだめながら皆に餌やりを手伝ってもらい、その後はクウ達も交えて皆で仲良く遊び始めた。
昨日は騒動もあったが、変わらぬ日常を取り戻せたと、そう思っていた時、とある人物が俺達のもとへと訪れて来た。
「やぁやぁ皆さんおはようございます」
中年太りした体型の金髪のおっさん。その人は数人の兵を従え彼らに日傘をさされながら現れた。
この獣人族の区画に、堂々と入ってこれる人間は少ない。
「あなたが昨日人攫いから子ども達を助け出したという人間の灯さんですね。警備の方々から聞きましたよ」
「そうだが、あんたは誰だ?」
この獣人族の区画に、堂々と入ってこれる人間は少ない。しかも警備の人達から話を聞いたということは、かなり上の立場の人間だ。
そんな人物、1人しか心当たりは無い。
「初めまして。私はこの街の領主を任されているゴードンと言う者です」
突然来訪してきた人物、それは領主だった。
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