おまけ 大人達の飲み会

 灯が疲れて眠りについた頃、1階のリビングでは4人の大人達が酒を飲み、大いに盛り上がっていた。




「もうっ、ダーリンったら酷くない!?」




「ご主人様はいつもああだよ」




「引き篭りって何よ引き篭りって!別に私は外の世界に興味が無かっただけよ!」




「それを引き篭りって言うんじゃねぇか」




 ヒステリックに苛立つシンリーに対し、ドロシーは冷静に、溶岩の魔人は小馬鹿にするように笑いながら否定する。


 そんな光景を、優雅に酒をあおりながら暖かく見守っているのがエキドナだ。




「まぁまぁシンリーちゃん落ち着いて。灯ちゃんもああは言ってるけど、私はあれは好意の裏返しだと思うわよ」




 苛立つしシンリーに、エキドナが優しくフォローする。




「どういうことよ?」




「本当は皆のことが大好きだけど、恥ずかしくて中々素直になれないのよ。若い子には良くあることだわ」




「ってことは、ダーリンは本当は私のことが大好きなの!?」




「ええそうよ。あれぐらいの歳の子は見ていればすぐ分かるわ」




 灯の知らぬ間に、シンリーに謎の誤解が植え付けられる。


 本人が知ったら激怒すること間違いなしだが、残念ながら彼が知る術はないだろう。もう既に夢の中なのだから。




「やったー!ねぇ聞いてたドロシー?ダーリン私のこと大好きなんだって!きゃー!」




「うるさい、食べにくいから離して」




 シンリーはつまみに夢中なドロシーの肩をがくがくと揺らして、大興奮している。


 彼女は見事にエキドナの掌の上で転がされている。


 魔人も長生きとはいえ、エキドナとは人生経験が違う為悲しいことに、こういうところでボロが出てしまうのだ。




「しかしお前らは、何だってあの小僧のことをそこまで慕ってやがるんだ?なんの取り柄も無さそうなのに」




 盛り上がる女性陣に対し、溶岩の魔人は灯に対し辛辣な評価を下している。


 だが確かに、武人としても名高い溶岩の魔人からしてみれば、魔力も無ければ武術の心得もない凡人中の凡人の灯など、彼の眼中にはないのだろう。


 彼はたった数回灯と接しただけで、なんの取り柄も無いただの一般人だと見抜いたのだ。




「何よあんた!ダーリンにケチつける気!?」




「ケチっつーか事実を言ったまでだろうが。俺ぁあの小僧には何の魅力も感じねーよ」




 溶岩の魔人はそこまで語ると、喉が渇いたのか脇に置いてある酒樽から杯で酒を汲み取ると、1口で飲み干す。


 そんな彼の言い分に、シンリーは怒り心頭の面持ちで睨みつける。




「それはあんたがダーリンの良さを知らないだけよ!」




「うん、ご主人様は凄い」




「そうねぇ、確かに灯ちゃんは他の人間と比べたら可愛さが段違いね」




「あんたはちょっと思ってることが違うわよ!」




 溶岩の魔人の意見に対し、女性陣全員が反論しだす。


 そんな光景を目の当たりにして、彼はつまらなそうに酒をあおった。




「けっ、女にばっかフォローされてんじゃねぇか。やっぱ情けねぇ男だな」




「あれぇ、もしかしてあんた嫉妬してるのー?」




「羨ましいんだ」




「ばっ、違ぇよ!俺ぁただ男が女にフォローされてるのが情けねぇと思っただけだよ!」




「またまたぁ、そんなこと言って本当は灯のことが羨ましかったんでしょ〜?それならそうと最初から言いなさいよ〜」




「こっ、こいつ、馬鹿にしやがって……!」




 シンリーとドロシーの煽りに我慢の限界がきたのか、溶岩の魔人は拳にマグマを握りながら、シンリーに殴りかかろうとする。




「はいはいそこまで。せっかくの飲みの席なんだから、お互い少し頭を冷やしなさいな」




 が、それをニュルリと体をくねらせて、エキドナが滑るように間に割って入って止めた。




「ちっ、わぁったよ」




「はーい」




 エキドナに諭されて、2人は冷静さを取り戻し拳を下ろす。


 だが、溶岩の魔人は未だ灯に対する彼女達の評価な納得がいっていないようで、討論を続けた。




「しかし、お前らがそこまで推すあの小僧に一体何の魅力があるってんだよ。お前らあいつに魔道具を託したんだろ?」




 溶岩の魔人は、灯が手にしていた2つの魔道具の存在にはすでに気がついていた。


 あえて聞かずにはいたが、それでも気にはなっていたのだ。




「ご主人様の魅力は、すぐ魔獣と仲良くなるところ」




「そうね、ダーリンったらすぐ新しい魔獣の仲間を増やしちゃうんだもの。少し嫉妬しちゃうわ」




「確かに不思議よねぇ、私も旦那以外に気になる人が現れるなんて思わなかったわ」




 3人はこれまでの旅の中で、灯のその不思議な体質に関心を持っていた。


 その理由は分からないが、灯はどんな魔獣とも仲良くできる、特殊な才能を持っているのだ。




「それじゃあただ仲間に全てを任せて、自分は何もしないってことじゃねぇか。俺ぁそんな奴は認めねぇよ」




「そんなことないわよ!ダーリンはああ見えて影で努力してるし、いざと言う時は魔獣達の前に立って体張るタイプなんだから!」




「灯ちゃんは皆にバレないように頑張る子だものねぇ」




 灯は旅の途中、皆が寝静まった後にこっそりと自主トレを毎日欠かさず行っていた。


 しかし、本人は誰にもバレていないと思っていたようだが、残念ながらクウ達を含め全員そのことは知っているのだ。


 シンリーは影でコソコソと努力する灯を眺め、毎晩うっとりとした視線と共に心の中で声援を送っていた。


 本人が知ったら、顔から火が出るほど恥ずかしいエピソードだ。


 しかし、先も言った通り灯は夢の中なので、こんな話をしていたなど彼が知る由もない。




「うん、ご主人様は勇気がある。私の攻撃を正面から受けたこともあるし」




「へぇ、泥の魔人の攻撃をか……」




 これまで過小評価を下してきた溶岩の魔人だが、同じ魔人であるドロシーは攻撃を正面から受けたという話を聞いて、少し彼の評価を改めた。




「よし分かった!そこまで言うなら、俺に酒で勝ったら小僧のことを認めてやろうじゃねぇか!」




「その話乗ったわ!ダーリンの為にも絶対勝ってみせる!」




「面白そうだから私もやる」




「あら、じゃあ大人のお姉さんの底力見せちゃおうかしら。私、こうみえても蟒蛇なのよ〜」




 4人の大人達が一斉に酒を飲み出す。


 杯がからになったらすぐに次を。またカラになれば更に飲み干す。


 相手が倒れるまでこの戦いは終わらない。こうして地獄絵図への一夜が幕を開けた。




(小僧の評価は、もう少しじっくりと見てからでも遅くはねぇか……)




 女性陣の言い分を受け、溶岩の魔人は酒をあおりながらふと、そんなことを思ったのだった。

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