3章 20.アホに引き篭りに酒バカ
溶岩の魔人の家に着く頃には、もうすっかり日が暮れていた。
中では魔人2人とエキドナが酒盛りをしながら、盛大に騒いでいる。
俺はまだ未成年だから、こういうノリには少し憧れがあったのだが、実際にこうして目の当たりにすると、うるさくてしょうがないな。
俺にはむいてないかもしれない。
「あー、ダーリンやっと帰ってきたー」
「ごめんごめん、ちょっとトラブルがあって遅くなった」
玄関を通ると、俺達の存在に気づいたシンリーとエキドナが出迎えてくれた。
溶岩の魔人は未だに酒をガブガブと飲んでいる。
「あら灯ちゃん、何かあったの?」
「いや、大したことじゃないよ。ちょっとした勘違いで、獣人族の人達に襲われただけだから」
「なにぃ?そりゃどういうことだ!?」
シンリーとエキドナに獣人族とのいざこざを話そうとしたら、後ろで酒を飲んでいた溶岩の魔人が眉を釣りあげて睨んできた。
その表情に怒りも混じっており、その矛先は俺に向いている。
「いや、俺達が人攫いかハンターだと誤解されて襲われたんだよ」
「まさか貴様、獣人族を狙ってるんじゃねぇだろうな?」
「え?いやいやまさか!そんなつもりは全然無いし、その誤解だってもう解けてるよ!」
「ほぅ、ならいい」
溶岩の魔人に必死に弁解すると、彼も納得してくれたのか怒りを沈めてまた酒を飲み始めた。
一体何が彼の逆鱗に触れたのだろうか。獣人族と言うワードを聞いて怒りだしたから、彼は獣人族と仲がいいのかもしれない。
俺も溶岩の魔人や獣人族達とは仲良くしたいから、少し気をつけた方がいいかな。
「ごめんね灯ちゃん、あの人お酒飲むと物凄くお馬鹿になっちゃうのよ。だから灯ちゃんの話を聞いて、 獣人族が襲われたと勘違いしちゃったの」
「あ、そうだったんだ」
「そうそう、だからあまり気にしなくていいからね」
「分かった、そうするよ。ありがとうエキドナ」
「ふふ、どういたしまして」
どうやら単純に俺の勘違いだった様だ。
溶岩の魔人は酒に酔うと馬鹿になって、更に怒りっぽくなる。このことはよく覚えておこう。
酒を飲んでいる溶岩の魔人には近づかない、と。
それにしても、魔人は皆随分と個性的な性格をしている。
ドロシーは、昼寝してたら奴隷になるほどのアホで。
シンリーはずっと森に引き篭っていたせいで、簡単に人間に騙された世間知らず。
溶岩の魔人は、酒に酔うと怒りっぽくなる酒バカ。
「アホに引き篭りに酒バカか」
「それ、誰のこと言ってるのかなー?」
「いやっ、べ、別に誰のことでもないよ!」
頭で考えていただけのつもりが、うっかり口に出てしまっていた。
しかもその独り言をドロシーとシンリーに聞かれてしまうという、最悪の状況。
「ご主人様、サイテー」
「ダーリンのばかー!」
「痛い痛い!ちょ、悪かったから、蔓で殴るのはやめてくれ!」
シンリーは手から蔓を伸ばしてむち打ちしてくるし、ドロシーはジト目で俺を睨んでくる。
そんな2人の攻撃をしばらく身に受け続け、さすがに疲れたので、どうにか振り切って今日は早めに休むことにした。
「今日はもう寝るよ……」
「ははっ!災難だったな小僧。寝るなら2階のベッド好きに使っていいぞ!」
「助かる。有難く使わせてもらうよ」
「おう、ゆっくり休めよ!」
俺はクウ達を引き連れて、溶岩の魔人に用意してもらった2階のベッドに移動し、一足早く眠りについた。
――
翌朝、朝日を顔に浴びて目を覚ましたオレは1階に降りると、その惨状に目を疑った。
テーブルには酒やつまみやらが散らかり、床にも大量に溢れている。
そんな中でドロシー、シンリー、エキドナ、溶岩の魔人の4人が呻き声を上げて横たわっていた。
どうやら昨夜は一晩中飲んでいたらしい。やはり先に寝て正解だったな。
「こりゃ酷いな……」
正直こんな酷い状況見なかったことにして立ち去りたいが、溶岩の魔人には一宿一飯の恩があるのでそういう訳にもいかない。
覚悟を決めた俺は、手早くテーブルや床に散っているゴミを掻き集めて掃除をすませると、プルムを呼び出して全て消化してもらった。
「頼むぞプルム」
「!」
プルムは基本水だけで生きていけるが、どんなものでも長時間かければ消化できる体質を持っているので、こうして良く食べてもらっている。
最初は残飯をあげるなんてどうかと思っていたが、プルム自身が非常に喜んでいたので、気にしないことにした。
彼は結構綺麗好きなのだ。
「それじゃ俺は井戸に水を汲みに行くか」
この街では至る所に井戸があり水はタダだ。
俺は早速バケツを2つ持って、早速家を出て裏手にある井戸に水を汲みに向かった。
「クウー!」
「ガウガウ!」
「バウッ!」
「ん、なんだ?お前達も手伝ってくれるのか?」
井戸に到着して水を汲んでバケツに移していたら、クウ達がやってきた。しかも彼らはそれぞれ体にバケツを乗せている。
どうやら、水汲みを手伝ってくれるというのだ。正直1人だとあと数回は往復することになっていただろうから、この申し出はありがたい。
「じゃあ皆頼むぞ!」
「クウ!」
「ガウ!」
「バウ!」
クウ達のバケツに水を入れると、3匹は器用に体のバランスをとって運び始める。
朝から皆に助けてもらってばかりだな。お礼に今日の朝食は少し豪華にしてあげよう。
「よしっ、俺もさっさと運ぶか!」
俺も自分のバケツ2つに水を汲むと、3匹のあとに続いて家へと戻る。
中ではすでに残飯を全て体内に吸収し、現在は絶賛消化中のプルムが出迎えてくれた。
その周りでは相変わらず4人が、呻き声を上げながら横たわっている。
見るに堪えない状況なので、今汲んできた水をコップに移し、4人に支えるようにして飲ませてあげた。
「うぅ、頭いてぇ」
「ごめんね灯ちゃん、助かったわ」
「ありがとうダーリン」
「ご主人様、気持ち悪い」
4人はそれぞれ、少し楽になったのかそんな捨て台詞の様な一言を残して、2階へと姿を消していった。
最後のドロシーのは悪意はないんだろうが、なんかムカついたが。
ともあれこれで4人の介護は完了したのだし、後はクウ達の朝食を用意するだけだな。
「さて、お前達は何食べたい?」
「クウー!」
「ガウガウ!」
「バウッ!」
「!」
朝食の用意を進めながら、クウ達に何が食べたいか聞いてみたが、まぁ当然何を言っているかなど分かるはずもない。
動物の声が理解出来たらいいのに、なんて妄想を昔は良くしてたものだ。
ただ、これまでの旅のおかげで彼らの好みを把握することは出来た。
まずクウは、肉は好きだが茹でて柔くした方が好みのようで、マイラは逆に焦げ目が少し付くくらい固く焼いたものが好きだ。
プルムはさっきの残飯のおかげで、今は満足そうにしている。この後は暑くなってくるから、水を飲ませたらすぐモンスターボックスに戻そう。
そしてルベロはまさかの生肉が大好物だった。
体を壊しそうな豪快な食べ方だが、ルベロは美味しそうに食べてるし、体調を崩してるところを見たこともないので問題ないのだろう。
「今日はこいつを使うか」
俺は溶岩の魔人の家のキッチンを借りて、馬車から下ろしてきた肉を用意する。
これは街に入る直前、クウ達が狩ってきたガゼルの様な魔獣の肉で、味も歯応えも最高だった。
捕まえたのは三匹ほどだったことから、かなり個体数の少ないレアな魔獣なのかもしれない。昨日料理を食べた時には無かったし。
「さーて、今日は特別にたっぷり味付けしてやるからな!」
そんなことはさておき、俺は馬車から一緒に下ろしてきた数種類の香辛料を並べた。
香辛料はたかくて量が少ないから、普段は少量しか使わないのだが、今日はクウ達へのお礼だしバカ食いするアホもいないのでちょうどいい。
そうして珍しく濃いめに味付けした料理をクウ達に振る舞いつつ、俺も一緒に朝食を済ませた。
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