2章 28. 第2ラウンドに突入

 森の魔人は上半身と下半身が別れて、地面に倒れていた。


 こんな状態ではあるが、魔人なら死ぬことは無いんだろう。


 ドロシーは粉々になっても元に戻ったしな。




「おい、竜胆と言ったか、貴様の目的はなんだ?」




 森の魔人の安否を確認してると、騎士が話しかけてきたので、そちらに向いた。




「目的はあんた達だよ」




「私達だと?」




「そうだ、俺は魔獣の研究をしている奴を探していたんだ」




 俺がそう答えると、騎士は明らかに不快そうな顔をした。




「……それをどこで知った?」




「言うわけないだろ。ただ、隠し事なんてのは意外と簡単にバレるもんなんだよ」




「そうか、なら無理にでもその口を割ってやろう。やれ、イー!」




「リョウカイデス」




 騎士の命令でイーと呼ばれた人造ゴブリンが、戦斧を地面に叩きつけながら向かってきた。


 冷静な言葉遣いとは裏腹に、目は血走り息は荒く、そのギャップが不気味さを醸し出している。




「クウ、マイラ来るぞ!」




「クウ!」




「ガウガウ!」




 クウとマイラは、牙を剥き出しにしてイーを睨みつけている。彼らも気合いは十分なようだ。


 モンスターボックスにはまだプルムやグラス達もいるし、戦力としては申し分ない。


 大型の敵とは何度も戦ってきたんだし、勝てるはずだ。




「フン!」




 イーはいきなり戦斧を振り回すと、俺達目がけて放ってきた。






「クウ、飛ばせ!」




「クアッ!」




 クウはそれをすぐさまワープで防ぐと、イーの真上に戦斧を出現させ、カウンターを入れた。




「ヌッ!」




 しかし、イーは上から降ってくる戦斧をいとも容易くキャッチしてみせた。


 これじゃあただ敵に、武器を返してあげただけになってしまった。


 これなら遠くに飛ばした方が良かったかもと思ったが、そんなことは結果論でしかない。


 今は反省よりも次どうするかを考えるべきだ。




「ガウッ!」




 クウがワープで戦斧を防いでいる間に、マイラはイーに肉薄していた。


 森の中で炎は危険だから、マイラには事前に近接戦を任せていたが、上手く隙をついて近づけていたようだ。




「ナンダコノネコハ?ウットオシイ!」




「ガウガウ!」




 イーは足元をちょろちょろするマイラを煩わしく思ったのか、戦斧を何度も地面に叩きつけるが、マイラはそれを上手く交わしてイーを撹乱させている。




「うお、何も見えない!」




 イーが乱暴に地面に戦斧を振り下ろし続けたせいで、辺りには土煙が充満し、何も見えなくなってしまった。




「クアッ!」




「ガウッ!」




 しかし、クウにはマイラの居場所が分かるようで、ワープでマイラをイーの頭上に出現させた。


 イーはそのことに気づいていないようで、未だに地面を叩き続けている。




「ガウァッ!」




「シャー!」




 イーの頭上に出たマイラは、すかさず首筋めがけて尻尾の蛇を伸ばした。




「グハッ!」




 マイラの尾の蛇は的確にイーの首筋を捉え、体内に毒を注ぎ込んだ。


 イーは首から肉が焼けるような音を上げながら、白い煙を上げていた。


 マイラの尾の毒は酸性で、岩すら溶かす程強力なのでそれを首に受ければ一溜りもない。




「ウガアァァァァ!」




 イーは両膝をついて、戦斧を落とし首に手を当て、呻き声を上げながら倒れ込んだ。




「よし、決まった!」




「クウ!」




「ガウガウ!」




「よくやったぞクウ、マイラ!」




 マイラの毒を食らって生きていられるはずもない。


 俺は勝利を確信して、駆け寄ってきたクウとマイラを撫で回した。




「毒か、思ったよりもやるな」




「へっ、後はあんただけだぜ騎士さんよ!」




 俺は妙に余裕を見せる騎士に指をさし、次の狙いはお前だと言ってやった。


 しかし、騎士のその顔からは焦りの色は一切見えない。


 そのことを不思議に思っていると、倒したはずのイーが動き出すのが見えた。




「な、なんでマイラの毒を食らって動けるんだ!?」




「くくっ、私の魔獣がその程度でやられる訳が無いだろう?いつまで寝ているんだ。さっさと立ち上がれ!」




「リョウカイデス、ワガアルジヨ」




 騎士の声に反応するように、イーはその重そうな巨体を軽々と持ち上げて立ち上がった。


 その首筋は先程まで煙を上げていたはずなのに、綺麗さっぱり元通りになっている。




「再生……したのか?」




「そうだ、私の生み出したこのゴブリンは、再生能力を兼ね備えている最高傑作なのだよ!」




 騎士は俺の驚いた反応が面白かったのか、嬉しそうに説明しだした。




「魔獣を物みたいに扱いやがって……!」




 だが俺は、魔獣を実験の道具としてしか見ていない目の前の騎士に、怒りを抑えられなかった。




「これも全て、そこで寝ている魔人のお陰だ!そいつの再生能力を研究したからこそ、イーにその能力を与えることが出来たのだ!素晴らしいとは思わんかね?」




 俺の苛立ちなどお構い無しかのように、騎士は次々と自分の研究を誇らしげに語りだした。




「クズが……!魔人も魔獣も、誰もお前の研究なんか求めていない!」




「愚かな、別に私は魔人や魔獣の為に研究などしている訳では無い。凡人にはこの研究の素晴らしさは分からぬよ」




「そんなもの、分かりたくもないな!」




「グアッ!」




「ガルルゥゥ!」




 騎士の言葉の数々に、クウとマイラも怒りを剥き出しにしている。


 ちらりと森の魔人に目を向けると、彼女も唇を噛み締め、その顔には悔しさと怒りが滲み出ていた。




 森の魔人の怒りを晴らす為にも、この戦い負けられない。




「しかし、貴様らも中々やるようだな。仕方ない、今度は私も相手をしてやろう」




 騎士はイーの横に立つと、鞘から剣の柄を抜きそこから赤く光る刃が伸びた。


 マリスの使っていた剣は青かったが、赤軍は赤い剣を使うということらしい。




「上等だ、行くクウ、マイラ!」




「クアッ!」




「ガウガウ!」




 こうして俺達とイーと騎士の戦いは、第2ラウンドに突入した。




「行け、イー」




「リョウカイデス」




 騎士の命令で、イーは俺達の元へと突進する勢いで走りだした。




「クウ、ワープで落とし穴を作れ!」




「クアッ!」




 イーの突進を止めるような、力のある仲間は今はいない。


 となれば転ばすなりして足止めをするしかない。


 転ばすならプルムの専売特許だが、あの勢いの下に入ると、潰されて無残なことになる気がする。


 だからここはクウのワープに頼ることにした。




「ムッ」




 イーはクウのワープに見事に足を取られ、前のめりに倒れ込んだ。




「よし、今だ攻め――ぐふっ!?」




 イーを転ばしチャンスだと思ったところで、目の前から何かが急接近してきて顔面を強く強打して、後ろに吹き飛ばされた。




「ク、クウ!?」




「ガウ!?」




 意識が朦朧とする中、クウ達の声が遠くの方から聞こえてくる。耳鳴りが酷いせいか聞き取りずらい。


 何が起こったのか分からず体を起こそうとするが、体中をけだるさが覆い、上手く力が入らない。




「悪いな。弱いやつから狙うのは当然のことだ」




 微かに騎士のそんな声が聞こえてきたので、首だけでも起き上がらせて見てみると、奴は盾を構えた状態で立っていた。


 地面には急激に止まったような跡があることから、恐らく俺はシールドチャージを受けたのだろう。


 確か騎士の鎧は魔力を込めることで、身体能力を上げることが出来るということだったはずだ。


 その強化された速度で俺は、シールドチャージを貰ったらしい。




「ぐうっ、痛っ……!」




 痛みが強すぎるせいか、立ち上がろうとしても足がふらつく。


 横に生えている木を支えにすることで、なんとか立っていられる状態だ。




「お前はもう役には立てないだろう。何をしでかすか分からんからな。そこで大人しくしていろ」




「くそ、迂闊だった……!」




 地面に倒れていたイーも、もう既に立ち上がっている。


 これでは実質的に2対2となってしまった。


 俺なんかいてもいなくても変わらないが、数の上で有利というアドバンテージは大きかったはず。


 このままではクウ達に負担をかけることになる。




 ここは、もうプルムやグラス達を出して、戦闘に参加させるべきか。


 だが、それだとモンスターボックスの、奇襲が出来るという利点が無くなる。




「んぐっ、ど、どうすればいい……」




 何が最善手か分からない。




 そう悩んでいると、森の茂みから何かが飛び出してくる気配があった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る