2章 29. ご主人様は裏切らない

 森の茂みから現れたのは、見覚えのある2人の人影だった。


 片方は何日も旅を共にしてきた俺達の仲間で、頼りになる存在。


 そしてもう片方は、この森で出会ったばかりの中だが、妙に俺は好かれていて、今は協力関係にある仲間だ。




 現れたのは、ドロシーとイルだった。




「グオォッ!?」




「ご主人様、大丈夫?」




「灯、ボロボロではないか!良くぞここまで戦ってくれた!」




 2人は茂みから飛び出すと同時にイー目掛けて飛び蹴りを食らわせて、吹き飛ばして俺の元へ駆け寄ってきた。


 イーは何度も転ばされてて同情するよ。




「助かったよ、2人とも……」




「フラフラではないか!おいドロシー、そなたは何か回復系のアイテムなどは無いのか!?」




「無い。でも多分ご主人様が持ってる」




「ああ、俺のバッグの中に回復薬があるから、悪いけど出してもらえるか」




「分かった!待っていろ、すぐに出すぞ!」




 イルはやたらとテンション高く俺背に回って、バッグの中を漁って回復薬を取り出してくれた。


 俺はそれを受け取るとすぐに飲み干した。お陰でみるみる体の傷が回復していく。


 この薬は何度飲んでも不思議なものだ。




「ふぅ、助かったよイル、ドロシー」




「何気にするな、我らは仲間なのだからこれくらい当然だ!」




 イルは俺の体が回復したのを見て、安心したように笑った。




「何だその奇っ怪な化け物は?」




 そうしていると、先程までドロシー達が突然現れたことで呆気にとられていた騎士が、とうとう口を開いた。




「何……?化け物とは失礼な。我こそは、この森で昆虫型の魔獣を統べる、魔蟲王・イルであるぞ!」




「知らんな。人形の虫とは気持ち悪い!」




「この人間風情が……!虫達の餌にしてくれるわ!」




「落ち着けイル」




「分かったぞ灯!」




 俺は、挑発に乗って今にも襲い掛かりそうになってるイルの片手を握って止めた。


 その際イルに両手で手をがっちり掴まれたのには驚いたが、まぁ止まってくれたのだから良しとしよう。




「しかし、何故止めるのだ?あやつは我らの敵であろう?」




「ああ、だからこそあいつらのことを説明しとこうと思ったんだよ」




「そういうことか。分かった、話してくれ」




 俺はイルにあの騎士と、横で倒れているイーのことについて説明した。


 その話を聞いた途端、イルの顔が一瞬で憎悪にまみれていった。


 正直こうなるだろうなとは予想していたが、それでもあいつらを見つけるのは俺の役目だったし、イーはイルが倒したいだろうから、俺の知っている全てを話した。




「そうか……。灯よ、恩に着る。これでようやく我の目的が果たせそうだ」




「余り無茶はするなよ。危なくなったらすぐ助けに行くからな」




「うむ、助かる。ではあそこに倒れているゴブリンの相手は我に任せておいてくれ」




「分かった、騎士の方はこっちでなんとかしておくよ」




「ああ、頼むぞ!」




 こうして、ようやく合流出来たイルと共に、俺は再び戦場に戻った。


 クウとマイラも騎士を睨みつつ、俺の復活を大いに喜んでくれた。




「クウとマイラも心配かけたな。もう大丈夫だ、やるぞお前達!」




「クウ!」




「ガウガウ!」




「次から次へとうっとおしいな。だが、お前達程度私1人で十分だ!」




 騎士は俺達の仲間が増えたことに苛立ちを隠せない様子だったが、それでもまだ余裕あり気な表情で剣を構えてきた。


 こうして俺達と騎士の戦いは火蓋を切った。




 俺はもう先程のような不意打ちは食らわないようにと、常にモンスターボックスを手に握り、木や茂みを壁にして騎士の直線上には立たないように、意識して立ち回った。


 その間にもクウ達へ指示を出すのは忘れずに、隙を作らせないように連続で騎士に攻撃を叩き込む。




「クウ、騎士の剣を絶対にマイラに触れさせるな!マイラは鎧の隙間を狙って牙を刺しこめ!」




「クアッ!」




「ガウゥ!」




「くっ!ちょこまかと面倒な!」




 マイラの毒ならかすり傷でも致命傷だ。だからこそ僅かな隙間でも狙うように指示を出した。


 騎士はそんな攻撃を煩わしそうに対応していた。


 クウのワープのせいで、剣を振っても全く当たらず、マイラの牙は、少し刺さっただけで致命傷だから、盾や剣を駆使して必死に避ける。




 そうした攻防戦が、しばらくの間続いた。












 ――










 俺達と騎士が戦っている頃、ドロシーは森の魔人の所にいた。




「酷いざま」




「……うっさい」




 ドロシーのいつもの無感情な態度が、今の森の魔人には見下してるようにしか思えなかった。




「後は私達がやるから、そこで大人しくしてて」




「ふざけないで、誰も助けてなんて頼んでないわよ!」




 ドロシーのあまりにも余裕そうな態度が気に入らず、森の魔人は思わず声を荒らげた。


 しかし、ドロシーはそれに対して何も思っていないかのように、表情は変わらない。




「あなたに頼まれてなくても、ご主人様がやるって決めたんだから私はそれに従うだけ」




「何よ、人間の言いなりになんかなっちゃって。随分と信頼してるのね」




「うん、ご主人様は命懸けで私を必死に助けてくれた。だから私もご主人様を助ける」




 これまで一切表情を変えなかったドロシーだが、灯の話をする時だけは口の端が少し上がって、声のトーンも明るくなっていた。


 その変化に気づいた森の魔人は、ドロシーが本気で灯のことを信頼しているのだと分かり、心が揺れた。




「ふん、人間なんか信じても無駄よ。どうせ最後には裏切るんだから」




「大丈夫、ご主人様は裏切らない」




「そんなの、何の根拠も無いでしょ!」




 ドロシーの揺るがない心に、森の魔人はつい声を荒くなった。だが、そんなことをされても、ドロシーにはなんの意味もない。




「根拠なんていらない。ご主人様はこれまで会った人間とは違う。絶対に見捨てない」




「……何でそこまで信じられるのよ」




「それは、私にも分からない。だけど灯は私を絶対に裏切らない。それだけは変わらない」




 どれだけ強く当たっても、全く揺るがないドロシーの心に、森の魔人はある感情を抱き始めた。




 森の魔人が手に入れられなかったものを、ドロシーは持っている。


 森の魔人が失ってしまったものを、ドロシーは持っている。


 森の魔人が切ってしまったものを、ドロシーは持っている。


 ドロシーは、人間との信頼関係を築けている。


 森の魔人は、そのことに対して嫉妬していたのだ。


 自分が得られなかったものを、目の前の魔人は純粋な心で手にしていることに対し、森の魔人は言い知れぬ敗北感を受けていた。




「……」




 いつしか森の魔人は、完全に黙って考え込んでしまっていた。


 ドロシーはそれを見て、もう話すことは無いのかと判断し、灯の下へ戻ろうとした。




「それじゃあ私はそろそろ行くから、ここで大人しくしてて」




「……待ちなさいよ」




「何?」




 その場を去ろうとしたところで、森の魔人に呼び止められドロシーは足を止めて振り返った。


 するとそこには、下半身が完全に生え何事も無かったかのように堂々と立っている、森の魔人の姿があった。




「私もあなた達に協力してあげるわ」




「ご主人様を信じてくれるの?」




「勘違いしないで、私は人間なんか二度と信じないわ。でも、さっきは助けられたし、貸しを作ったままは嫌だから手を貸してあげるだけよ」




「そう、分かった」




 森の魔人の表情からは、いつしか嫉妬の念は消えていた。


 ドロシーは森の魔人がどうしようとあまり気にしなかったが、やはり同じ魔人同士ということもあり、手を貸してくれるのは素直に嬉しく、頬が緩んでいた。




「それに、あの人間には何年分も恨みが溜まってるしね。ちょうどいいからそれもまとめて返すことにしたのよ」




「ふふ、素直じゃないね」




「うっさい!」




 ドロシーの言葉に再び森の魔人は強く言い返したが、しかしその表情はにこやかで、苛立ちなどは一切無かった。




「それじゃあいくわよ」




「うん」




 森の魔人とドロシーは2人並んで歩きだし、灯達の下へと戦いに向かった。


 森の魔人にもう迷いの曇りは一切無い。


 あるのはただ純粋に、灯達の力になりたいという思いと、ジェリアンへの恨みだけだった。

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