2章 プロローグ
商業都市リベンダの一角、騎士団赤軍支部の支部長は頭を抱えていた。
「支部長、大変です!また森から魔獣の群れが押し寄せてきました!」
「むぅ、またか……。これで今週もう5回目だぞ、一体どうなってるんだ」
リベンダに駐在して街の治維持に務めていた騎士団だったが、ここ数日は何故か大量発生している魔獣の群れの対処に追われていた。
「仕方ない、部隊を送れ!冒険者と協力して魔獣を殲滅しろ!」
「はっ!」
支部長の元へ報告に来た騎士は、新たな指示を受け慌ただしく支部長室を後にした。
「はぁ……、また迷いの森から魔獣が押し寄せてきたのか」
騎士が出て行った後部屋に残った支部長は、眉間に皺を寄せながら件の森へと支線を向けた。
――
リベンダと迷いの森を隔てる草原のとある場所では、騎士と冒険者に共闘して魔獣と戦っていた。
「防御班盾を張れ!弓撃班、放て!」
「「「はっ!」」」
リベンダ支部の1部隊を率いる隊長、エルフルーラは的確に部下に支持を飛ばし、戦線を維持していた。
そして彼女自身も弓兵として戦闘にも参加し、魔獣の殲滅に尽力している。
しかしそんな騎士達の努力も虚しく、戦術などお構い無しに手当り次第に戦闘をする冒険者達を前に、彼女は腹を立てていた。
「くそっ、冒険者どもが雑な戦いをして!これでは戦線が維持出来ないではないか!」
冒険者は本来、魔獣を討伐して売るのが一般的な収入源だ。
だから今回の騒動でも、自分の利益を優先して動く彼らと連携を取るのは不可能だった。
「隊長!このままだと街まで魔獣が行ってしまいます!」
「ダメだ!魔獣は1匹も通すな!」
「ですが、どうすれば……!」
押し寄せてくる魔獣の波に対し、冒険者との共闘では戦術など意味が無い。
こうなってしまっては、犠牲を覚悟の上で、我々騎士団も乱戦に持ち込む他ない。
しかし、そんな戦い方は彼女のこれまで培ってきた騎士道に反するものであり、部下を危険にさらることにもなる。
だから中々その判断を下せず、唇を噛み締めて苦悩していた。
「隊長!もうそこまで魔獣が来てます!指示を下さい!」
「くそっ、全班各個迎撃せよ!」
「「「はっ!」」」
悩んでいても魔獣はすぐさまやってくる。もう彼女に選択の余地はなかった。
しかし、エルフルーラが一瞬判断を躊躇したせいか、魔獣の進行が思ったよりも速く、騎士達は防戦一方となっていた。
「こ、このままではっ!」
これ以上攻められたら街に被害が出てしまうというところで、背後から無数の足音が聞こえてきた。
「全班突撃せよ!」
「「「うおぉぉーー!」」」
そこに現れたのは騎士団の援軍だった。彼らは盾と槍を起動し、隊列を組んで魔獣に攻め入ることで戦線を復活させた。
このままいけば街に被害は出なくて済むと思うと、彼女は自然と安堵の息をついた。
しかし、彼女のそばまで来ていた援軍部隊の隊長にそれを目撃されてしまった。
「何を気を抜いている。まだ戦闘は終わっていないぞ!」
「っ!申し訳ありません!」
エルフルーラを指摘した彼の名は、ジェリアン。このリベンダの隊長の中では1番の古株で、次期支部長候補の筆頭でもある。
彼らは同じ隊長ではあるが、エルフルーラ自身が彼の元隊員で、騎士都市ての師匠としても尊敬している存在である。
対してエルフルーラはまだ隊長となって1年も経っていない新米隊長で、ジェリアンには頭が上がらない。
「戦場では一瞬の気の迷いが死を招く。部隊を率いる者なら己を信じて立ち止まるな」
「……はい」
隊長としてはまだまだ未熟であるエルフルーラは、自分の不甲斐なさを改めて思い知り、悔しさで血が流れるほど拳を強く握り締めた。
「さぁ、まだ戦いは終わっていないんだ。お前も自分の部隊に戻り責務を果たせ」
「はっ!」
頭が真っ白になるほど悔しさに塗り潰されていたが、ジェリアンの声で我に返り、慌てて自身の部隊へと戻った。
その後は、ジェリアン率いる援軍部隊のお陰で戦線を回復出来たこともあり、多少の被害を出しながらも無事に魔獣を殲滅することに成功した。
――
「はぁ〜、また失敗しちゃったよ……」
魔獣を殲滅し、後始末を終わらせたエルフルーラは1件の酒場で酒を飲み漁っていた。
「もー、しっかりしてよエリー。まだ慣れてないだけなんだから大丈夫よ」
「貴方はいいわねー、騎士を辞めてから毎日楽しそうで」
エルフルーラは一緒に飲んでいる冒険者の女性に、雑に当たった。
恐らく今日の戦闘での冒険者の態度が気に入らず、強く当たってしまったのだろう。
そんなエルフルーラのことを親しげにエリーと呼ぶ、もう1人の女性はティシャ。
数年前まで騎士団に所属していたが、マイペースな性格と騎士団の規律正しい性格が性に合わず、退団してからは冒険者へと転向した、エルフルーラの友人だ。
「そんなに言うならエリーも冒険者に転向したらどうなの?」
確かに今回の冒険者の行動は目に余るものがあった。
しかし、だからと言って自分に当たられるのは不愉快なので、嫌味混じりに言い返した。
対してエルフルーラは、悲しそうに縮こまりながら小さく応えた。
「ダメよ、私の家は代々騎士の家系で、辞めると言ったら追い出されるわ」
「あー、確かにあんたの家厳しそうだもんね」
以前エルフルーラの誕生日でお祝いをしようと家に訪れたら、庭で父親に滅多打ちにされている姿を目撃して若干引いたことを思い出した。
誕生日まで傷だらけにするほど、騎士として誇りを持っている家系なのだ。
あの光景を見たティシャはエルフルーラに同情した。
「だいたいなんでこうも頻繁に魔獣が群れで襲ってくるのよー!」
だいぶ酔いが回ったエルフルーラは、声を荒らげて愚痴をこぼした。
しかしそれに対しては、冒険者であるティシャも同調した。
「確かにそうねー、最近の森はどこかおかしいわ」
「はぁー、ほんとに何が起こってるのかなー」
エルフルーラは空になったグラスを最後の1滴まで口に煽りながら、森のある方向に視線を向けた。
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