1章 36. 最後の宴
全身にへばりつくグラスバイソンの唾液を拭った俺は、その後どうにかしてグラスバイソンを落ち着かせることが出来た。
現在グラスバイソンは、草原の草を食べたり昼寝をしたりと、各々自由に行動している。
「それでこれからどうするのよ?」
「まさか全部仲間にするの?」
「いやいや、それはさすがに多すぎるよ。荷台を引いてもらうだけだし、2匹くらいでいいんじゃないかな」
俺はそう言って、数十匹いるグラスバイソンの群れを見渡した。
この中から何匹か、俺の旅についてきてくれるグラスバイソンを仲間にする。
今はその為の選別方法を考えている。
「よし、決めた!」
しばらく考えた後、俺はグラスバイソンの選別方法を決定した。
俺は早速行動に移すべく、モンスターボックスを前に掲げた。
「出てこいマイラ、プルム!」
俺がマイラとプルムを呼び出すと、モンスターボックスから薄紫の光が2つ伸び、マイラとプルムが姿を現した。
「マイラちゃんにプルムちゃん!久し振りねー!」
「ガウゥ!」
「!」
マイラとプルムが出てくると、アマネが頬を気味悪く緩めながら抱きしめようとしだした。
しかし、2匹ともアマネの突撃を華麗に避けて俺の後ろに隠れた。
というか昨日も夕飯の時に会ってるし、久し振りではないだろうに。
「ちょっとー、なんで逃げるのよー」
「アマネが嫌われてるからじゃない?」
「えぇー!どうしてよ!?」
「むしろなぜ嫌われてないと思っているのか……」
アマネが不満そうに俺に文句を言ってきたので、もうハッキリと嫌われてると言っておいた。
本人は不服のようだが。
「それで、どうやって選ぶの?」
話が進まないと思ったのか、マリスはアマネを無視して先を促すように言ってきた。
「ああ、マイラとプルムと、それにさっき助けてもらったクウの3匹に決めてもらおうと思うんだ」
「あー、なるほどね」
これから旅をする上で、魔獣達には仲良くしてもらいたいので、それならいっそクウ達と仲良くしてる奴を連れて行くことにしたのだ。
「さぁ、3匹とも好きに遊んでこい!」
「クウー!」
「ガウガウ!」
「!」
俺の合図をきっかけに、3匹は各々自由に草原を駆け回り出した。
そんな光景を眺めていると、飼っていた犬をドックランに連れていった時のことを思い出し、少し心がほっこりした。
そうしてのんびりとクウ達の様子を眺めていると、次第にある1匹のグラスバイソンと仲良くなっていく様子を目にした。
「お、仲良くなれたのかな」
「みたいだね。でもあれって荷台を引くには適さないんじゃないかな」
クウ達がグラスバイソンと仲良くなったのを見て、俺とマリスは喜んだのだ。
だが、マリスは同時に荷台を引くには適さないと不安そうな顔もしていた。
確かにマリスの指摘も分かる。クウ達が仲良くなったグラスバイソンは、他のグラスバイソンに比べるとかなり小柄な体格をしている。
恐らくまだ子供なのだろう。
「確かに荷台を引くにはちょっと辛いかもな。でもクウ達が決めたのなら俺は信じるよ」
俺は心配するマリスの肩を軽く叩くと、クウ達と遊んでいるグラスバイソンの元へと向かった。
「どうも、遊んでるところ悪いけど少しいいかな?」
「ブ、ブオ!?」
俺の腰くらいの高さのグラスバイソンの視線に合わせるため、俺はかがんで話しかけた。
すると突然話しかけられたことに驚いたのか、グラスバイソンは後ろに小さく飛び跳ねた。
「クウ達がお前のことを気に入ったみたいでさ、だからこれから俺達の旅に力を貸してくれないか?」
「ブォ……」
グラスバイソンの頭や顎を優しく撫でつつ、旅の同行を頼んだが、グラスバイソンは下を向いて困ったような反応をしている。
「クウー……」
「ガウゥ」
「!」
グラスバイソンのそんな反応を見て、クウ達も悲しそうな鳴き声を上げながら俺に擦り寄ってきた。
「うーん、そう簡単にはいかないか……。無理に連れていく訳にも行かないしな」
グラスバイソンの方に迷いがあるなら無理に連れていくことは出来ない。
俺は最後に頭をそっと撫でて立ち去ろうしたところで、しかし2匹のグラスバイソンに見つめられていることに気づいた。
「ん?なんだ?」
俺がその視線に気づくと、2匹のグラスバイソンは、クウ達が仲良くしていた小さなグラスバイソンに近寄って舐め合ったり体を擦り寄せたりし始めた。
そう、その光景はまるで動物の親子のように。
「クウー!」
「ガウ!」
「!」
そんな1団にクウ達もすんなりと溶け込み、合計6匹で楽しそうに体を擦り寄せあっていた。
そして、クウが俺のズボンを噛んで引っ張って、輪に入れようとしてくれる。
「クウ、クウ!」
「分かったから、あんまり引っ張るなよ」
楽しそうにしているクウを見て、俺も自然と笑みが零れた。
この世界に来てから、こうして気ままに楽しく遊べることもなかったので、はしゃいでいるクウの姿がとても愛おしく思える。
俺は絶対にクウが幸せに暮らせる場所を見つけると、心に誓った。
「よし、じゃあ今度は3匹共に聞くけど、俺達の旅の手助けをしてくれないか?」
「「「ブオォ!」」」
2匹増えて3匹になったグラスバイソンに向けて、俺は再び旅の同行を頼んだ。
すると今度は、3匹息を合わせて力ずよく鳴き、俺に体を擦り寄せてきた。
俺はそれが了承の合図だとハッキリ分かった。
「ありがとう、これからよろしく!」
こうして俺は無事、グラスバイソンを仲間にすることに成功した。
その後、グラスバイソン達をモンスターボックスで捕まえた俺達は、気持ち高ぶったまま街へと帰っていった。
帰る間際にアマネがまだ帰りたくないと駄々をこねたのは、いつものことなので気にしない。
――
「おお帰ったかお前ら、もう宴の準備は出来てるぞ!」
本部に到着すると、ライノさんが出迎えてくれた。
今日の夕飯は、竜の蹄討伐達成のお祝いと、俺達のお別れの前の最後の食事ということで、豪勢に宴をすることになっている。
手の空いていた騎士の人に案内され、俺は席に着いた。
ドロシーは俺の横に座っている。
この場にはクウ、マイラ、プルムも呼び出していいとのことなので、3匹ともぎゅうぎゅうになりながらも俺の膝の上に乗っている。
グラスバイソンは大きすぎるので、外の馬小屋に移し干し草を食べ漁っている。
「さぁ、全員グラスは持ったな!それじゃあ竜の蹄討伐達成と灯達と俺達の新たな旅立ちを祝して、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
こうして宴会は始まった。すると早速お世話になった騎士団の人達が、何人か俺の元へとやってきた。
「どうも、灯君」
「あ、タックスさん。先日はお世話になりました」
タックスさんは回復班の班長で、先週は治療で色々とお世話になった恩人だ。
「手の調子はどうだい?」
「お陰様でもうバッチリですよ!火傷の跡もそこまで気になりませんし」
そう言って俺は、タックスさんに左手の甲を見せた。
「うん、問題無さそうだね。でも無茶はしたらいけないよ。これからは僕達とは別々になってしまうんだからね」
「はい、ありがとうございます。気をつけますね」
大人びた印象のタックスさんに注意されてしまい、俺はいたずらをした子供のように照れ笑いした。
その後は、野生で手に入る薬草など、旅で役立つ情報を沢山教えてもらってタックスさんは別の場所へと去っていった。
「灯君、今いいかしら?」
「ローネイさん、大丈夫ですよ」
しばらくクウ達と食事を楽しんでいると、今度はローネイさんがやって来た。
「灯君、今回の任務はお疲れ様。一般の人にはキツい任務だったけどどうだった?」
「大変でしたけど、こうしてクウ達や騎士団の皆さんと今楽しく食事出来てるのも頑張ったお陰なので、良かったです!」
「それなら良かったわ。もし困ったことがあればすぐに私達騎士団を頼ってね」
「はい!」
ローネイさんはお姉さんオーラの強いちょっとセクシーな印象だったが、話してみると慈愛溢れる聖女の様な人だった。
「ああ、それから隊長が何かおかしなことをしてたら私に教えてね」
前言撤回。ローネイさんは聖女ではない。ライノさんについて話す時のあの怪しげな笑みはまさに魔女だった。
でも面白そうなので、先日の拗ねたライノさんの話はしっかり伝えておいた。
「ねえ、料理無くなった」
「え?もう全部食べたの?」
「うん」
ライノさんの話を聞いてローネイさんが不敵に笑いながら去った後、ドロシーがそんなことを言ってきた。
料理は1人でも食べきれない程の量が用意されていたはずなのだが、ドロシーの前には何も残っていなかった。
「分かったよ。俺の分も食べていいから」
「ほんと?ありがとうご主人様」
「はぁ、どこの世界にご主人様からご飯をとる従者がいるんだよ……」
「ドロシーちゃんは相変わらずだね」
ドロシーの態度とは裏腹な呼び方に呆れてると、今度はアマネがやって来た。
「おおアマネか、そう言えばアマネには初めてあった時から色々とお世話になったな。これまでありがとう」
「急に改まってどうしたの?今更そんなこと気にしなくていいわよ」
俺はこの世界に来てすぐアマネと出会った時のことを思い出し、改めてお礼を言った。
しかし、アマネは若干頬を赤く染めつつも、俺の言葉を笑い飛ばした。
この見知らぬ世界で、こうして気兼ねなく話せる友達が出来たことが俺は嬉しかった。
「まぁでも、どうしてもお礼がしたいって言うなら、聞いてあげてもいいわよ?」
「え?どういうことだよ?」
「ふふふっ、ク、クウちゃん達を抱かせてくれたらこれまでのことはチャラにしてあげるわ」
アマネはさっきまでとは一変して、充血した目でヨダレを垂らしながら、クウ達に手を伸ばした。
「おい、何かこれ前にもあった気がするんだが……」
「き、気のせいよ……。それよりも、は、早くクウちゃん達を……」
「やめろ変態女が!皆逃げろ!」
「クウー!」
「ガウゥー!」
「!」
「あっ!逃がさないわよー!」
俺の合図でクウ達は一斉にその場から走り去り、アマネも慌てて追いかける。
会場は一気に騒がしくなってしまった。
「おいアマネ!いい加減にしろ!」
「ひいぃ!た、隊長〜!」
やがて間もなくライノさんに捕まったアマネは、別室に連行されこっぴどく叱られた。
「ははっ、先輩は相変わらずだね」
「マリスか。そうだな、でもあの明るさにはたまに救われるよ」
「確かにっ」
アマネの一部始終を傍観者として楽しんで見ていると、マリスが隣にやってきた。
「はぁー、今日で灯君とはお別れかー」
「マリスにもだいぶ世話になったからな。俺も名残惜しいよ」
「もうこのまま灯君も騎士団に入っちゃえばいいのに」
「無茶言うなよ、魔力も使えない奴がいたって邪魔なだけだよ」
マリスは別れを惜しんで騎士団への入団を勧めてきた。
ただそれは冗談だと分かっているから、軽く流してお互い笑い合った。
「そういえばグラスバイソン達には名前を付けたの?」
「あー、それはまだだよ。今夜考えて明日出発の時に教えてやるよ!」
「ははっ、期待してるよ」
「うるせー」
俺のネーミングセンスはマリスにとって何故かツボらしく、いつも聞いては笑ってくる。
だが、今回こそは笑われないように、俺も気合を入れて名前をつけてやるさ。
「それじゃあまたね、灯君」
「あ、最後に1ついいか?」
「ん?何?」
「そのさ、名前に君付けはやめてくれねーか?俺達付き合いはまだ数日かだけど、マリスはもう俺にとって親友なんだしさ」
出会ってまだ2週間も経っていないが、俺とマリスはその間ほとんど行動を共にし、俺にとっては唯一無二の親友になっていた。
「……確かにそれもそうだね。分かったよ“灯”」
「おう、またなマリス!」
こうしてマリスとの友情を深めて、最後の宴はお開きとなった。
ちなみにライノさんとはアマネの説教のせいで話せなかった。
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