1章 35. 唯一にして最悪の特技

 翌日、俺とアマネとマリスはグラスバイソンという魔獣の捕獲のために街の外へと出発した。


 ドロシーも来るかと聞いたが、彼女は面倒臭いからいいと断った。


 俺をご主人様と呼ぶくせに全く敬う気配がない。それならもう名前で呼んで欲しいものだ。




「灯君、荷台は貰えたの?」




「おう、バッチリだぜ!ついでにマイラの故郷についても詳細を紙で貰えたよ」




「うぅ、本当は私達がマイラちゃんを故郷まで送り届けるはずだったのに……」




 俺とマリスが昨日の話の続きをしていると、横にいたアマネが急に泣き出した。


 だが、アマネならそれも仕方ないだろう。


 昨日マイラは俺たちに任せるとライノさんが言ったら、アマネが号泣しながら食い下がってたからな。


 今は受け入れてくれているが、まだ納得は出来ていないらしい。




「仕方ないですよアマネ先輩。僕らだとまた逃がす可能性もありますし、それに他の任務だってあるんですから」




「むぅ、分かってるわよ」




 後輩であるマリスにまで諭されて、アマネは不貞腐れてしまった。




「そう言えばアマネ、グラスバイソンってどんな魔獣なんだ?」




「あ、その話題は……」




 これ以上この話題を続けるのは面倒だと思い咄嗟に話題を変えたが、選択をミスったかもしれない。


 マリスが慌てて止めようとしたが、少し遅かった。




「グラスバイソンはね、草原に生息してる薄緑色の体毛の闘牛なんだよ!普通の牛と違って全身が芝生みたいにフサフサしていて、撫でるととっても気持ちいいの!でも触る時には要注意だね。何もしなけれれば攻撃してくることもないんだけど、触ろうとすると物凄く怒るの。私もそれでも何度吹き飛ばされたかわからないわ。でも、灯君がいるなら大丈夫ね!なんたってキマイラや伝説のドラゴンですら灯君には懐いちゃうくらいなんだから!いいなー、羨ましいなー。あ、それと他にはねー……」




 そうしてアマネは、目的地である草原に到着するまでの小一時間、グラスバイソンについて語った。


 俺とマリスは最初の数分くらいから話を聞くのを止め、適当に相づちを打つだけになっていた。




「はぁ、ようやく草原に着いたか……」




 街から草原まではそこまで距離がある訳では無いが、なぜか無駄に疲れた気がする。




「なにだらしない声出してるのよ。これからグラスバイソンを捕まえるんでしょ?元気出しなさい!」


「誰のせいだよ誰の!」




「えぇ、何で急にキレるのよ」




「相変わらず自覚ないんですね……」




 アマネは魔獣のことになると、夢中になり過ぎて周りが見えなくなる時がよくある。


 マリスはそれをよく理解しているのか、俺の見方をしてくれた。




「何よもう、それより早くグラスバイソンを見つけましょ」




「そうですね、グラスバイソンはすぐに見つかるんですか?」




「うーん、それはタイミングによるわね。グラスバイソンは食事の時には草原に出てきて草を食べてるけど、それ以外はほとんど森の中に隠れて昼寝してるから、森にいる時は発見が難しいのよ」




「なるほどね、だから草原に来たのか」




 グラスバイソンと言うくらいだから、ほとんど草原にいるのかと思ったが、そんなことは無いらしい。


 でも森にいるからと言って、そこではほとんどが隠れていて見つけるのは困難。


 だから森の中を無作為に探すよりも、草原で待っててグラスバイソンが食事のために出てきているのを探す方が早い、というのがアマネの作戦のようだ。




 こうして俺達は草原を一通り見て回った。


 しかし、結果グラスバイソンに出会うことはなかった。




「全然見つからないな」




「おかしいわねー、この時間ならいつもは何匹か食事のためにいると思ったんだけど」




「灯君、この後はどうする?グラスバイソンが出てくるまで待つ?」




「うーむ、明日は出発だからあまり時間はかけたくないなー」




 草原で待っていれば、そのうち食事の為にグラスバイソンは出てくるかもしれない。


 しかし、それを待っていたら何時間かかるかも分からない。それよりも最悪グラスバイソンには出会えずに、1日を無駄に過ごすことになる可能性だってある。




「森に行っても見つかる可能性は低いんだし、待つしか選択肢は無いわよ?」




「そうか……。仕方無い、あれをやるか」




「え?」




「あれって何するのよ灯君?」




 俺はそう言うと、親指と人差し指で輪を作って、口にあてた。


 その様子を見たマリスとアマネが、不安そうな声を上げている。




「まぁ見てなって」




 俺はマリス達の不安を軽く拭って、指で作った輪に勢いよく息を吹き込んだ。




「ピィーーーー!」




 すると草原一帯に甲高い笛の音のような音が鳴り響いた。


 俺が行ったのは指笛だ。それをたっぷり10秒程鳴らすと、口から指を離した。




「き、急に何するのよ。びっくりしたじゃない!」




「ははっ、ごめんごめん。まぁ見てなって、すぐに分かるからさ」




 驚いたアマネが俺に突っかかってくるが、俺は軽く謝罪すると草原を見るように仕向けた。




「はあ?すぐに分かるって、一体なに、を――」




「ア、アマネ先輩、あれって」




 アマネとマリスが見た視線の先には1箇所、高らかと土煙を上げながら迫って来る集団がいた。


 その集団をよく目を凝らして見てみると、何と数十匹にも及ぶグラスバイソンの群れだったのだ。




「ちょっと灯君、あれどういうことよ!?」




「どうって、見ての通りグラスバイソンを呼んだんだよ」




「呼んだぁ?あんた何馬鹿なこと言ってんのよ!そんなこと出来るわけないでしょ!」




「馬鹿じゃねぇよ、現に今ああやって群れでこっちに向かってきてるじゃんか」




 アマネは迫り来るグラスバイソンの群れを前にして混乱しているのか、俺の胸倉を浮かんで物凄い形相で問い詰めてきた。


 その後ろでマリスが若干呆れ混じりに不安そうな顔をしている。


 そんなアマネとマリスに俺は事の原因を説明した。




 動物に好かれる体質の俺には、唯一にして最悪の特技がある。


 それは、指笛を吹くことで、笛の音の届く範囲にいる動物を俺の元へ呼び寄せることが出来るというものだ。




 これが発覚したのは小学校中学年の頃。当時クラスの間で指笛が流行っており、当然俺もその波に乗っていた。


 毎日どこでも練習していて、学校の帰り道で遂に音が鳴る様になった。


 しかし、それは俺にとっては災を呼ぶ音色だった。


 俺の指笛の音を聞きつけた周囲一帯のカラスや野良猫達が、一斉に俺の元へ集まってきたのだった。


 集まった動物達は好き勝手に鳴き喚きながら俺に擦り寄ろうとするものだから、近隣住民の間でちょっとした騒動にまで発展してしまった。


 それ以降俺は、指笛を禁止された。




 ただ、禁止された後も、中学で色々あった俺は山へ赴きこっそりと練習してたりもしたが、それは別の話だ。




「――とまあ、そういう訳だよ」




「はは、随分と変な特技を持ってるね」




「いいなぁー、私もその特技欲しいー!お願い、ちょうだい!」




「やれねぇよ!」




 俺の話を聞いたマリスは苦笑いをしていて、アマネは羨ましそうにしていた。




 と、そんな風に長話をしていると、いつの間にかグラスバイソンの群れが目の前にまで迫って来ていた。




「うわっ、ちょ、ちょっと待って……!」




「ああ!長話し過ぎて全然気づかなかった!」




「平気か、灯君!?」




 俺達がグラスバイソンに気づいた頃には、もう手遅れだった。


 俺はグラスバイソンの群れに一斉に囲まれ、無数の舌で全身を舐め尽くされ、頭や体を擦り付けられ、揉みくちゃにされていた。


 アマネとマリスも俺のことを助け出そうとするが、あっという間に俺はグラスバイソンの群れの中心まで流されてしまい、手が出せなくなっていた。




 俺は手探りで首に掛けてあるモンスターボックスをなんとか手にした。




「ク、クウ、助けて、くれ……!」




 そして霞む視界の中で、微かに天を見つけるとモンスターボックスを突き出してクウを呼び出した。




「クウッ!」




 クウはモンスターボックスから飛び出すや否や、俺をワープで救出してくれた。


 グラスバイソン達は、突然俺がいなくなったことには気づかず、未だに俺のいた場所を揉み漁っている。




「クウ〜ありがとう、助かったよ」




「ク、クアッ」




 俺は助けてくれたクウを抱きしめようとしたが、全身にグラスバイソンのヨダレが付いており、物凄く嫌そうな顔をされてしまった。




「そんな……、クウが近づこうとしないなんて……!」




 これまでクウにあんなにも真っ当に拒否されなたことは無かったのでかなりショックだ。


 もう二度とグラスバイソンには、舐めさせないと俺は心の中で誓った。




「おのれ、許さんぞグラスバイソン……!」




「ま、まぁ、無事にグラスバイソンも見つかったんだし、結果オーライじゃない?」




「きゃー!こんなにグラスバイソンがいるなんて感激、ぐうっ!」




 怨念めいた俺の顔を見たマリスは慰めてくれて、アマネはグラスバイソンの群れに感動し突撃していたが、見事に玉砕していた。


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