1章 5.誰がド変態女だ

 どれ位の時間が経っただろうか。俺は森の中で気を失っていたようだ。


 クウの作り出した巨大なワープホールに吸い込まれた後、目覚めて周囲を見渡したがまだ森の中だった。


 ただし俺の知っている山とは雰囲気が違うようだ。雰囲気と言うよりは、山全部が違うというべきか。


 別に俺は近所の山の地形をすべて覚えているという訳では無いが、ここまで違いがはっきりしていれば誰だって気づくだろう。


 木が違い、鳥が違い、虫が違う。明らかに俺の知っている生物たちじゃない。


 まだ夢の中なのかと錯覚してしまいそうだが、さっきの戦いの時の傷は痛み、クウは俺の腕の中にちゃんといる。ここは明らかに現実だ。


 現実だが世界は違う。


 どうやら別の世界に来てしまったようだ。




「ク……クアッ……」


「クウ、起きたか」


 


 クウも目が覚めたようだ。見た感じだと大きな怪我もないようなので、ひとまず安心した。




「クウ、ここは一体どこなんだ?」


「クアッ?」


 


 とりあえずここに飛ばしてきた張本人であるクウに聞いてみたのだが、クウは不思議そうな顔をして首をかしげている。


 よく分かってないらしい。




「どこに行けばいいんだか、そもそも俺は元の世界には帰れるのか?」


「クウ~」


 


 俺が困っているのを察知したのか、申し訳なさそうな声を上げていた。




「し、心配するなよ、何とかなるさ。それにクウがあの時ワープホールをだしてくれなきゃ、俺達どうなっていたか分かんなかったし助かったよ。ありがとうな」


「クウ!」


 


 落ち込んでしまったので、慌ててお礼を言い褒めると嬉しそうに鳴き声をあげた。


 実際あの場でクウがワープホールを出さなかったら俺は死んでいただろうし、クウは攫われていただろう。


 クウが擦り寄ってきたので頭を撫でていると、森の奥から何かが近づいてくる足音が聞こえてきた。




「クウ、俺の後ろに隠れろ!」


 


 クウを背中に隠し、近づいてくる足音に警戒する。足音は大きくなるにつれて、それが走って近づいているのがわかった。


 またあの連中かと思ったがどうやら違うらしい。この足音は小動物のものだった。


 そしてついに足音が目前まできたというところで、それは姿を現した。


 その頭から判断するにそれはライオンであった。ただしまだたてがみも生えていない子ライオンだ。


 だが残念ながら目の前の生物をライオンと言い切るわけにはいかなかった。


 なぜならその胴体はヤギであったからだ。真っ白な体毛に細いしなやかな足だ。




「ライオン?ヤギ?どっち!?」


「ガウゥ……」


 


 俺が混乱していると、その生物は飛び出してきた勢いのまま俺の背後へと身を隠してきた。そっと視線を落とすと、その生物の体は明らかに震えていた。


 そして俺の背後に隠れたことで気付いたのだが、この生物尻尾が蛇だ。


 どう見てもヤギの尻から蛇が生えている。そして口や首の動きからして、蛇は蛇で別で自立して生きているようだった。


 ここまで見ればこの生物の正体は分かった。この生物は空想上の生物「キマイラ」だ。


 ドラゴンについて調べてた時にちらっと出て来たから覚えてる。


 ただし正体が分かったところでこんな混合生物なんて、見たこともないので混乱は深まるばかりだが。


 まぁドラゴンだっているのだし、別の世界ならいて当然なのかもしれない。その辺の事実は追々調べるしかなさそうだ。


 そしてキマイラが俺の背後に隠れた様子を見ると、一応俺の体質はキマイラにも効果があるのが分かる。


 だが、またしても茂みの奥から足音が聞こえてきた。俺は身構えると姿を表したのは人間であった。


 ローブは着ていないので、さっきの連中とは関係なさそうだが、油断は出来ない。




「キマイラちゃーん!どこ行ったのー?」


 


 次に現れたのは女性だったが、まだ気は抜けない。さっきの連中みたいにこの子もクウを狙ってくるかもしれない。


 このキマイラを探してるみたいだし。




「お、お前は何者だ?あのローブを着た男達の――」


「ねえねえねえ!君今キマイラ見なかった?こっちの方に来たと思うんだけど」


 


 だめだ。どうやらこの人話聞かないタイプの人だ。面倒臭そう。




「あー!なんだ足元にいるじゃない!ちょっとあなた隠してたの!?言っとくけど私が先に追いかけてたんだからね!」


 


 俺の方を睨みながら、渡しなさいよと手を差し出してきた。悪い人ではなさそうだけど、この人ちょっと怖いな。


 ひとまずキマイラを渡しとくか?いや、でもキマイラ完全に怯えてるよ。


 大きさ的にまだ子供だし、ここは穏便に済ませた方がよさそうだな。




「ちょっと待って。キマイラも震えて怖がってるしさ、一旦落ち着きなよ」


 


 彼女を何とかなだめようとしたが、どうもこれが裏目に出てしまったようだ。




「何?君には関係ないでしょ?邪魔するって言うなら容赦しないわよ」


 


 明らかに目付きが悪くなり機嫌が悪くなってしまった。今にも攻撃してきそうな程の勢いだ。


 しかし彼女が奪い取ろうと迫って来た時、急にキマイラが吠え出し次の瞬間口から炎を吹いた。




「ガルウゥゥ!」


「あっつ!今度は何だよ!?」




 キマイラの吹く炎は高火力で広範囲に渡り、このままでは森を燃やす勢いだ。




「ちょっと!どうするのよこれ!?」


「どうするってあんたのせいだろ……、あ!そうだ!」


 


 この場をどう切り抜けるか考えているところで、クウの能力の事を思い出した。


 ワープなら炎を遠ざけられるかもしれない。




「何かいい考えでもあるの!?」


「ああ、頼むぞクウ!」


「クアッ!」


 


 俺はクウを右腕に乗せ、そのまま炎を吹いているキマイラの口元にワープホールを出現させた。


 そして出口を炎が森に届かない程の上空にワープさせた。




「ふぅ、ぎりぎりだったな。助かったよクウ」


「クウッ!」




 上空にワープさせた炎はひとしきり空を焼くと消えていった。だが、いつの間にかキマイラの姿もいなくなっていた。




「あれ?キマイラちゃんは……?」




 彼女はキマイラが逃げたのに気付き、悲しそうな声を上げながら、泣きそうになっていた。


 それにしてもクウにはここ何回か助けられてばかりだな。後で何か恩返ししないと。


 今は頭撫でるくらいしか出来ないが。




「クウゥ」




 クウは頭を撫でられて嬉しそうに喉を鳴らしている。




「あれ?そういえばあなた達、よく見たら酷い怪我じゃない!」


「ああ、そういや色々あって忘れてたな。クウも大丈夫か?だいぶ無理させたけど」




 さっきの男達との戦闘で、かなり痛めつけられたからな。この世界に病院でもあればいいんだが。




「随分と無茶をしてきたみたいね。とりあえずこれ飲みなさいよ」




 そう言って彼女から手渡されたのは、2本の青い液体の入った小瓶だった。




「これは何?」


「何ってただの回復液よ。完全には治らないけどそれで大分マシになるから」


 


 彼女にいきなり変な色の液体を手渡された。回復液とか言ってるが、どうにも怪しい。




「本当に大丈夫なのか?」


「信用出来ないの?ほら貸しなさい私が毒見してあげるわよ」


 


 彼女は俺が持っている瓶を奪うとそれを少し飲んでみせた。その後の反応を見てみても、特に異常がある訳でもなさそうだった。




「そ、それじゃあ頂きます。ほら、クウも飲め」


「クウ!」




 彼女に貰った回復液なるものを飲むと、あっという間に見事に傷の痛みは治まり体に力が戻って来た。




「す、凄い!ありがとう、かなり楽になったよ」


「どういたしまして。それよりもそのドラゴンは何なのよ?」




 彼女はクウのことが気になっている様子だった。確かに何の説明もなくいきなり炎が空にワープすれば驚きもするが。




「クウはちょっと前に出会ったドラゴンで、実はワープ能力が使えるんだよ」


「そんなこと知ってるわよ」


 


 え……、知ってる?




「私が聞きたいのはなんでディメンションドラゴンと一緒にいるのかってことよ!」


 


 ディメンションドラゴン?何だそれは。




「ちょっと聞いてるの?早く答えなさいよ」


 


 そんな事言われてもたまたま近所の山で出会っただけだし、でも別の世界から来たなんて言っても信じてもらえるか怪しいし、どう説明すればいいのか。




「えーっと、なんて言ったらいいのかな……」


「焦れったいわね、はっきり言いなさいよ」




 まぁここで1人で悩んでても仕方ない。それに彼女は、クウのこと何か知ってるみたいだし、ここは詳しく説明して様子を見てみるしかなさそうだ。


 そうして俺は彼女に一連の流れを説明した。




「別の世界?なんだか信じられない話だけど、それでこんな山奥で私と出会ったって訳ね」


 


 どうやらひとまず彼女は俺の言ったことを信じてくれたようだ。




「まぁそういうことだ」


「それで、あなたはこれからどうするつもり?」


「どうって言われても、取り敢えずはクウをあの悪党共から守るのと、俺が元の世界に帰るのが今のところの目標だけど、ただどうすればいいのか全く分からないからな……」


 


 こんな得体もしれない未知の世界にいきなり放り込まれて、今後どうしようかなんて全く見当もつかない。


 森をさ迷っていてあいつらに出会すのも危険だ。




「それなら私の所においでよ」


「え?」




「私こう見えても騎士団に所属してるから、そこに来ればクウちゃんなりその悪党共なりの情報が入ってくるかもしれないし、宿も手に入るわよ」


 


 クウちゃんて、馴染むの早いな。というか騎士団ってこの世界騎士がいるのか。




「本当にそこまでしてもらっていいのか?」


 


 俺としてはとても有難い話だけれど、そこまで迷惑はかけられないし、後から何か請求されるかもしれない。


 だがあいにく今の俺にお礼をするほどの何かは無い。だから迂闊に人には頼れないのも事実だ。




「いいのいいの、困ってる人がいたら助けるのが騎士団のモットーだから!それに一応さっき助けてくれたお礼もしたいし」


「そうなのか?」


「うん!」




 彼女の話を聞くと、どうやらこの世界の騎士団は俺の世界でいう警察みたいなものなのか。


 それならお言葉に甘えて少しお邪魔させてもらおう。


 まずはこの世界の仕組みを知らないと話にならないからな。




「あ、でも騎士団に来るには1つだけ条件があるわ」




 やはり当然見返りは必要なようだ。当たり前な話だが、何を要求されるのだろうか。高額な謝礼金か、それとも別世界の知識か。


 て言うかこの人何でさっきからヨダレ垂らしてこっち見てるんだ?いや、彼女が見てるのはクウだ。すごい物欲しそうな目で見てる。この人やはり危ないな。




「騎士団に来る条件、それは……」


「それは……?」


「クウちゃんを抱っこさせて!」


「はぁ?」




 何だこの人、何が目的なんだ。


 クウを抱っこさせて?意味が分からない。


 何がしたいのか分からない。




「あの、ちょっと意味が分からないだが、それが見返りなのか?」


「いや、実はね……、私魔獣が大好きなのよ!でもまだドラゴンは触ったことどころか見たこともなくて、それで……」


「それで?」


「だ、だからね、ちょっと抱っこしたいなーなんて、ダメかな?」


「いや、ダメっていうか」




 大丈夫かこの人?目が血走ってるしヨダレ垂らしてるし、ただの変態じゃないか。


 クウもかなり怖がってる。こんな嫌そうな顔みたことないぞ。




「クウちゃん抱っこさせてくれないと騎士団へは連れてってあげないよ」


「人助けがモットーはどこ行った!?」


 


 困った。こんな都合のいい展開そうないだろう。


 またあの連中がいつ襲ってくるかも分からないのに、丸腰で相手をするのは危険すぎる。


 それならちょっと抱っこさせて上げるだけなら有りか?いや、でもそれでクウに辛い思いをさせるなんて出来る訳ない。




「悩んでいるようね、でもこのチャンスを逃したらかなり痛手なんじゃない?さっきの話からするとあなた森の出口も知らないようだし、うろうろ迷ってるうちに飢えて死んでも知らないわよ~?」


「くそっ!」


 


 痛いところを突いて挑発して、それで煽ってるつもりか。


 だが実際、残念なことに彼女のいうことは正しい。今の俺にこの世界で生き抜く手段はない。




「ク、クウッ!」




 突然俺の腕の中にいたクウが、突然覚悟を決めたような表情で見つめて来た。




「クウ、お前行く気なのか?あのド変態女のところに」


「誰がド変態女だ」


 


 どうやらクウはもう覚悟を決めたようだ。ならもうクウの覚悟を無碍にするなんてこと出来ない。


 ここはクウにお願いしよう。




「クウごめんな、お前には辛い思いばかりさせて何も返せてないのに。すまない、近いうち必ずこの恩は返すからから。無力な俺を許してくれ」


「クア!」


「失礼ね、そこまで言われると流石の私も傷つくんだけど。そんなに乱暴しないわよ」


 


 そんな心外みたいな顔されても、さっきの表情のせいで全く信用出来ない。




「さあおいでクウちゃん!優しく抱き締めあげるわ」


「ク、クゥ……」


 


 クウは覚悟を決めて、あの危ない女の元へと行ってしまった。




「ふわぁ~~!なんて柔らかいの!ああ、この羽毛の様な滑らかな肌触り、たまらないわね~」




 楽しんでいるところ悪いが、俺は知っている。昔から無理矢理動物に戯れようとしたやつの末路を。




「あまりすりすりし過ぎるなよ。噛みつかれても知らないからな」


「まさか~、こんなに可愛いのにそんなことするわけないでしょ?」


「クアッ!」




 油断した彼女の腕に鋭い牙が突き刺さった。




「い、痛い痛い痛い!」


「だから言ったろうが。さぁ、もう条件はクリアしたんだ。騎士団に案内して貰うぞ」


「うぅ、あなたもなかなか鬼ね。分かったわ、それじゃ騎士団へ向かいましょう」




 かくして僕らは騎士団員を名乗る彼女……、そういえばまだ彼女の名前を知らない。




「そういやまだ名乗ってなかったな。俺の名前は竜胆 灯だ。これからよろしく頼むよ」


「あ、そういえばまだ自己紹介してなかったわね。私はアマネよ、よろしくね灯君!」


 


 気を取り直して、かくして俺達は騎士を名乗る少女アマネと共に、騎士団の支部へと向かうのであった。


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