1章 2.クウーって鳴くから、「クウ」でどうだ?
「な、なんだよこの生物……」
初めて見る生物の存在に、俺の警戒心は一気に上がっていく。俺は恐る恐るその生物の前まで近づいたところである異変に気づいた。
その生物は、体の至る所から赤い血が流れていて、今にも死にそうなほど衰弱していたのだ。
「な、なんて傷だ、ボロボロじゃないか!」
俺は慌てて自転車を降り、その生物に近寄ろうとした。
「グアァ!」
しかし、その生物は僕の存在に気付き、牙をむきだしにして吠えて威嚇してきた。
だがその姿には力強さは無く、目も虚ろな状態だ。明らかに平常な状態ではない。
「大丈夫、俺は君の味方だ。酷い怪我じゃないか。すぐに治療しないと」
俺は普段動物達に接する様に優しく話しかけ、静かに刺激しない様に近づいた。
「クウゥ……」
そっと体に触れると、暖かい温もりが伝わってくる。綺麗な白い毛には泥や血の塊がこびり付いていた。まだ少し警戒はしているようだが、俺の体質のおかげもあるのか威嚇は抑えてくれたようだ。
「このまま放置は出来ないよな。ひとまずは家に連れて行って手当するか」
俺はその謎の生物を自転車のカゴに乗せて急いで家に帰ると、親に見つからないように素早く自分の部屋へと向かった。
部屋に入った後は、濡れたタオルと消毒液などを持ってきて体に付いている血や泥を落とし、すぐさま傷口に消毒液を垂らした。
「クウゥ!」
「辛いだろうが我慢してくれ」
手早く傷口に消毒液を垂らしたら、傷口に塗り薬を塗って手早く包帯を巻いた。
「それにしてもこの姿に翼、もしかしてドラゴンなのか?」
体は小さく、背中からは6枚もの翼が生えている。俺の想像していたドラゴンとは少し違うが、大差はない。
しかしなぜこんな生物が、あんな何の変哲もない道端にいたのか色々と疑問は後を絶たないが、いくら考えても結論は出る訳もないないだろう。
「取り敢えず何か食べるか?水なら飲めるかなちょっと待ってて」
僕はペットボトルの水を飲みやすいように大皿に入れて持っていった。
「ほら、飲めるか?」
俺が水撥をドラゴンの前にそっとおくと、ドラゴンは恐る恐る一口飲んで、そこからペロペロと舐めだした。
「水は飲めるみたいだな。後は……、犬用の缶詰めでも持ってくるか」
犬用の缶詰めを皿に出して置くと、白いドラゴンは警戒しつつも、少しずつだが食べてくれた。
「よかった、缶詰めは問題なさそうだな」
安堵した俺はなんとなく軽くドラゴンの頭を撫でてみた。毛はフサフサとしていて手触りがとても気持ちいい。
「クゥー」
すると白いドラゴンは、喉を唸らせながら首を手に擦り寄せてきた。その表情には出会った時の警戒心はもう無い。
どうやら俺に心を開いてくれてるみたいだった。恐らく体質のお陰だろうが、死なせずに済んで良かった。
「美味いか?好きなだけ食べていいんだぞ」
「クウー!」
俺の言葉に答えるようにドラゴンは鳴いた。
そんな白いドラゴンを見て、俺は名前を付けることに決めた。いつまでも白いドラゴンじゃ呼びにくくてしょうがないからな。
「名前はそうだな……よし!クウーって鳴くから、「クウ」でどうだ?」
「クウ?クウー!」
クウは俺の言葉に一瞬首をかしげたが、どうやら気に入ってくれたみたいでパタパタと羽をバタつかせ、尻尾を左右にちぎれそうなほど降っている。
もう出会った時よりもだいぶ元気になったようだし、名前も気に入ってくれたみたいなので安心した。
「気に入ったか?それじゃあ「クウ」で決定だな!」
抱きあげて優しく抱きしめると、クウも体を俺に委ねてきた。暖かい体温と、ふわふわで肌触りのいい体毛が心地よくずっとこうしていたいと思える。
「クウゥー」
クウも気持ちよさそうに鳴いているようで、出会った頃の怯えた様子もなく少し安心した。
しばらく抱いて背中を撫でていると、クウの目が虚ろになってきた。疲れて眠くなったのだろう。
「そろそろ寝ようか、クウはここで寝るんだぞ」
バスタオルを集め、籠に敷き詰めて作った簡易なベッドの上にクウを下ろした。
「クウー」
するとクウはすぐにバスタオルにくるまって気持ちよさそうな表情で眠り出した。
かなり疲労が溜まっていたようで、バスタオルにくるまってから5秒もしないうちに眠ってしまった。
クウの背中に、そっとタオルを被せながら俺は今後のことを考えた。
初めは飼い主を探そうかとも思ったが、正直飼い主なんているのか疑問だ。
それなら暫くは俺が面倒を見るしかない。だが、いつまでもこのままという訳にも行かないだろうな……。
――
「よし、怪我はだいぶ良さそうだな!」
クウを家に入れてから3日。怪我はもうほぼ完治してきた。そろそろ飛ぶことも出来るだろう。
「クアー!」
クウも翼をバテつかせており、飛びたそうにしている。
「まぁまぁ落ち着いて。今飛んだらかなり目立つんだから夜まで待ってろよ」
今にも飛び出しそうなクウをなだめると、俺は学校に行く準備をした。
「それじゃ、行ってくるから今日も大人しくしとくんだぞ」
「クウー……」
軽く頭を撫でて別れを告げると、クウは寂しげな声で喉を鳴らした。
クウと出会ってからの3日間、図書館やインターネットでドラゴンについて調べたが、当然物語や神話の生物としてしか情報は出てこず、俺のような実例はなかった。
当たり前といえば当たり前だか、全く知識のない生物を育てるというのはやはり不安が残る。
いくら懐かれやすい体質だとしても、怪我や病気を防げる訳では無いのだから。
「そろそろ帰らないとな」
情報を集めているうちに時刻は4時半を回っていた。今日はクウとの散歩の約束もあるので、日が沈まないうちに急いで帰宅した。
「大人しくしてるといいけど……」
ドラゴンという未知の生物の事だ、いつ何が起きていてもおかしくはない。急いで帰宅しなければ。
家に着くと真っ先に階段を駆け上がり、勢いよく扉を開けた。
「ただいま!ごめんクウ、遅くなった……え!?」
しかし部屋の扉を開けると、そこにクウの姿はなかった。
「隠れてるのか?いや、違う」
隅の方に隠れてるのかと思い部屋の中を探そうとしたが、そこで部屋の窓ガラスが割れていることに気付く。
「まさか、外に出て行ったのか!」
顔から血の気が引いて真っ青になった。窓の外を見渡すが窓の近くにクウがいる気配はない。俺は慌てて家を飛び出したが、探すあてもないのでまずは初めて出会った場所に向かった。
「取り敢えずここに来てみたけど、やっぱりいないか」
初めて会った場所にもいないとなるともうあてはない。次にどこを探すか考えていると、突如森の中から爆発音が聞こえ、音のした場所から煙が上がっているのが見えた。
「な、なんだ一体!?まさかあそこにいるのか?」
嫌な予感を覚えながらもすぐさま爆発のあった場所に向かうと、森の中なのに1箇所木が1本も生えていない場所に出た。
そこの地面はえぐり取られ、隕石が落ちたようにポッカリと穴が空いており、恐らくそこにあったであろう木々が周辺に吹き飛ばされたように、炎を燻らせながら散り散りに倒れていた。
そしてその中心では、クウと1人の男が対峙するように立っていた。
「クウ!大丈夫か!?」
俺はクウを見つけるとすぐさま呼び掛けた。
「クウー!」
するとクウも元気よく俺の声に答えてくれた。その声からして、初めて会った時のような怪我はしていないようで安心し、すぐさま駆け寄った。
しかしもう少しで手が届くという所で、俺とクウの間で何かが爆発し衝撃で数メートルまで吹き飛ばされた。
「ぐふっ!な、なんだ一体……?」
「このドラゴンは俺の獲物だ。邪魔をするというのなら死んでもらうぞ」
俺は地面に這いずりながら目線をあげると、黒いローブに白いラインの入った男が殺気立った声音で、フードの下から鋭い眼光でこちらを睨んでいた。
言葉の内容から男もクウのを狙っている様子だったが、どう見ても話し合いで解決出来る相手じゃなさそうだ。
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