揺れるお前らと共にいたい
海沈生物
第1話 真夜中の話
真夜中人間さん
2022/10/22 02:15
>真夜中にすいません。今、俺は友達二人とシェアハウスをしています。特に不仲というわけでもなく、最近までは上手くやっていました。ですが、先月の暮れでしょうか。家に帰ってきたら突然。本当に突然ですよ? 「二人で付き合うことにした」と言ってきました。
まぁ前から距離が近い二人だったので、「そういうこともあるよなぁ」と思って了承しました。ですが、二人が付き合ってからというもの、どこか二人に「壁」のようなものを感じてしまいます。どうすればこの気持ちを解決できるでしょうか。
コングラチュレーションアンサー
空気系男子さん
2022/10/22 02:30
>嫌なら引っ越せば? シェアハウスは信頼関係の下に成り立つものだ。壁を感じて苦しいぐらいなら、適当な理由を付けて引っ越した方が良いものだと考える。今の時期なら引っ越し閑散期だし、引っ越すなら早くした方が良い。
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これはとても正論だと思った。嫌なら引っ越せばいい。それは当然のことだ。俺は別にここへ住まなくても生きてはいけるのだ。それは家賃が高くなるみたいな問題はあるが、貯金だって十分に溜まっているのだ。そもそも、この家を男三人でシェアハウスするようになった理由だって「三人でいることが都合が良かった」からだけに過ぎない。
俺たちは高校を卒業してからすぐに就職した。最初の内は一人暮らしをして、家賃や光熱費等のやり繰りに苦しんでいた。しかしある時、俺たち三人のムードメーカーである相馬から「どうせだし、シェアハウスで一緒に住まない?」と提案があった。そう言って見せてきたのが、今住んでいるシェアハウスの広告である。家賃もそこそこ、三人で折半すれば今住んでいる場所よりも破格と言っていいほど安かった。ついでに、俺たちそれぞれの職場からも程よい距離だった。そんな二つの「都合の良さ」が重なったからこそ、三人でシェアハウスすることを決意したのだった。
最初の頃は高校時代の延長線みたいで楽しかった。三人で折半して買った最新ゲーム機で対戦したり、それぞれが千円札一枚を片手に買ってきた材料で闇鍋をしたりした。「ジャンケンをして負けたやつが一日だけ他二人の言うことを聞く」という王様ゲームみたいなこともしたし、泥酔するぐらいお酒を飲んで、翌日二日酔いで三人全員がフラフラになりながら出勤したこともあった。
そんな楽しかった日々も、二人が付き合ってしまってからというもの、亀裂が入ってしまった。その原因は断じて二人ではない。俺が原因である。
俺は二人が付き合うようになってから、なんだか二人と距離を置くようになってしまったのだ。「別に今まで通り二人と過ごせば良いのではないか?」と思うかもしれないが、二人の恋愛対象は「男」なのだ。これは俺が変に意識しすぎなだけなのかもしれないが、「好き」同士の二人の間に「俺」という人間が挟まるという事実に酷く嫌悪感を覚えたのだ。
言わずもがな、俺は二人のことが今でも変わらずに「好き」だ。それは恋愛的な「好き」ではなく、友達としての「好き」である。高校時代からずっと仲良しであり、それは二人が付き合ったとしても揺るがない事実だ。
だからこそ余計に、「俺」という存在が二人にとって邪魔者ではないか? という意識が強まってしまうのだ。二人のことが大切で大好きだからこそ、余計に疎外感
のようなものを感じていた。
今日も眠れないままネットサーフィンをしていると、
しかし、私の耳に聞こえてきたのは「君は甘い天使だベイビー」とドロ甘い恋愛ソングだった。すぐに音楽を停止したが、耳元にドロ甘い女性歌手の声が消えずに残っていた。さっさとバラードに変えて気持ちを切り替えようとする。
爽やかで大好きなバラード。これで耳を浄化しようと思ったが、どうにも先程の女性歌手の声が耳に残って離れない。あの歌詞の続きは何だったのか、とか、あの二人はこういう甘ったるい恋愛ソングみたいなことを今考えているのか、とか、つい色々と考えてしまう。いつまでも消えない残響みたいな甘ったるさに、やがて私は敗北した。しんみりとしたバラードを停止すると、甘ったるいとしか思えない恋愛ソングを再生した。
『君は甘い天使だベイビー 夜になると 私は チョコレートみたいに 溶けていくの』
『君は酷い悪魔だベイビー 朝になれば 私を置いて ただ一人で旅立つわ』
『Ahー君に溶けていくわ それでも 私たちのこの夜は 誰にも止められない』
歌詞を聞いている途中、何度もヘッドホンを投げかけた。そんな失恋ソングみたいな刹那的な恋を許すなよ。何が「朝になれば 私を置いて ただ一人で旅立つわ」だ。ただのヤリ逃げだ。そんな最低の男に縋るな。”もっと亮太みたいな執着心の強い男と付き合うべきだ。あるいは、相馬みたいな心が優しい男と付き合うべきだ”。
はぁ、はぁ、とまだ一曲のサビにすら到着していないのに疲れてしまう。それと同時に、自分がついさっき思ったことを思い出す。
時間差で恥ずかしくなってきた。もちろん、これはそういう「好き」ではないのだ。それは真実だ。俺は恋愛に全く興味がないわけではないが、あの二人に対する感情はそういうものではない。恋愛なんてありふれた関係性よりも、もっと貴重で大切な関係性。絶対に関係性を壊したくない、大切な友人たち。
「……大好きな、友達」
ふと気が付くと、隣からの喘ぎ声がいつの間にか止まっていた。その代わりに足音が聞こえてきたかと思うと、半裸姿の二人が部屋に入ってくる。俺はあまりに突然のことに動揺していると、二人はティッシュペーパーで俺の頬を拭ってきた。どうやら気が付かない内に、俺は号泣していたらしい。
「マジで大丈夫か、
「ちげぇし……」
「えっ、狭間ちゃん彼女いたの? てっきり一生独身貫くのかと」
「ちげ……か、彼女は昔一度だけできたことはあるからな!? お前らと高校で出会う前に」
「意外とモテるんだな、お前……ほらティッシュならまだまだあるから、遠慮せず泣け」
「そのティッシュって、絶対さっきまでお前らが使ってたやつだろ……あぁもう」
呪いだ。この二人と俺は一種の呪いで繋がっている。俺に付きまとう、最悪で切り離せない……大好きな呪い。だからもう、無理だ。いくら俺が疎外感を感じて離れたく思った所で、この二人はそれ以上に俺という人間に絡んでくる。付き合っているとか付き合っていないとか関係なく、俺という人間に関わってくれる。「壁」なんて、そんなものが最初から存在しなかったように破壊してくるのだ。
また一段と涙が流れてきたのに二人は「やっぱり失恋したのか!?」「ねぇねぇ付き合っていた彼女ってどんな子だったの!?」と喧しく聞いてくる。俺はその二人に精一杯の笑みを見せる。
「……うるせぇよ、バカ」
イカ臭い二人にもみくちゃにされながらも、短くて長い夜は更けていった。
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