教室の忘れもの

葛西 秋

第1話

「三十九度の熱って、どんな感じだった?」


 夜の十時。スマホからは聞きなれた祐介の声。

 僕達は一ヶ月前の四月に中学三年生になったばかりで、去年に引き続き同じクラスになった。


「なんかグルグルして気持ち悪かった」

「へえ」


 聞いてきたのは祐介なのに興味なさげな声。

 でもそれはお互い様で、僕の方にも祐介に聞きたいことがあった。


「それよりさ、祐介。僕が風邪で休んでいる間に席替えがあったじゃん。僕、どこの席になった?」

「なんでそんなことを俺が知ってなくちゃいけないんだ」


 僕が休んでいる間、プリントやノートを毎日メールで届けてくれたのと同一人物だと思えない不愛想な言葉。

 僕はそっと息を吸って、祐介に訊いてみた。


「祐介は頭良いからさ、僕の席ぐらいなら憶えてるよね?」


 スマホの向こうから、ふん、と祐介の鼻息が聞こえた。


「真ん中の列、前から二番目」

「なにそれ最悪」


 真ん中の列、前から二番目。

 教卓に立つ先生から見て最も指しやすい席。

 

「あきらめろ、翔真は先生のお気に入りなんだ」


 もったいぶった祐介の声を聞きながら、僕は脱力した。


 次の日の朝、久しぶりに教室に入った僕は軽く溜息をつきながら祐介に聞いていた自分の席に座った。


 後ろを見ると祐介は廊下側の後ろの席にいて、「深海の生物」図鑑を読んでいた。あそこは教室の中でいちばん目立たない席だ。


 僕の視線に気づいた祐介がこっちを見てニヤリと笑う。なんか腹立つ。

 前に向き直ると、空いたままの前の席が気になった。


 いちばん人気がない真ん中の列の一番前。もうHRホームルームが始まるのに誰も来ていない。誰の席だろう。


 僕の隣の席では、几帳面系男子の中島が教科書とノートの角をしっかり合わせようと奮闘していた。その中島に聞こうとして、だけどその前に教室の前扉が勢いよく開き担任の木原先生が入ってきた。


「お、田中、ようやく学校に来たな」


 僕はひょこん、と座ったままで頭を下げた。


「これでまだ学校に来ていないのは佐原だけか。佐原は今日病院に行ってから来るそうだ」


 佐原さんも僕と同じく風邪をひいて休んでいたのか。

 去年まで隣のクラスだった大人しめの女の子の顔を思い出す。じゃあ僕の前の席は佐原さんか。


 病気で休んでいた二人が揃ってこんな席。

 クラスの運営に問題があるのではないでショウカ。


 僕はガハハと笑う木原先生を至近距離で見上げながら、そう思った。

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