第8話
にやけ面の男が遅れて出勤してきて、男は入り口へ顔を向けた(若イノニコレホドマデ撓メラレテ、四十歳ヲ超エル頃ニハドレホドノ顔ニ変形スルダロウカ)。作り笑いの常態化による固定された表情に、意図せずに作られた自動的な偽りのあせりを浮かべつつ、自らの愚かさを皆に喜んでもらうべくへりくだった態度をさらに低下させて、なぶり者にされる心根の良さを図図しく表している。数分という業務にはほとんど影響のない遅刻のおかげで、ストレスをそれほど溜めていなくても、先の大きな負担の為に今のこの機会で吐き出すかのように赤ら顔の男はにやけ面の男を叱責するので、他からの譴責を引き出すだけでなく、無駄に増幅させて自身を痛めつけるという非凡な能力を有する遅れてきた者は、同僚の中で最も小さい顔面をタールにつけたようにだらしなく皺を寄せ、最も背の高い細身の体を曲げて下賤と調和する諧謔の小さな上下運動をして、犬の尻尾のような感情表現をする。鷲の眼の男に調教されているにやけ面の男は、肥えた大男から一切の嫌味ない情のある小言をかけられて安らぎ、他の同僚からも適当な罵りをもらってから、飼い主から徹底して馬鹿にされた。男は顔に笑みを浮かべながらも内心の多くは救いようのない性質に対しての軽侮に占められていて、腹を立てるわけではなく、負の感情をどれほども引き出されなかった(マッタク、本当ニドウシヨウモナイ)。
かすれた青色の二トントラックに鷲の眼の男とにやけ面の男は乗りこんで回収現場へと向かい、ドレッドヘアの男、赤ら顔の男、南米風の男のそれぞれ三人は軽トラックで外へ出て行き、リフト機能付きの白い二トントラックは肥えた大男の運転で敷地内の入口近くにゆっくりと停められた。その側には、ゴムを剥かれた自転車の車輪やスチールラック、昔の足踏みミシンの台、鍋、薬缶などが集められていた。トラックの荷台はコンパネによって木製の塀が築かれていて、後部から顎の長い男と肥えた大男が様様な形状の鉄をつかんで放り込み、荷台の上で待ち受けている男は適当にそれらの物を奥へ積み込んでいき、鉄と鉄の骨に伝わる荒っぽい音が次次と鳴り続け、冷え切った金属を動かすことで三人の体は直ちに温まった。高度経済成長期に作られた製品の具材として、鉄は今の物よりもずっと重みがあり、軽量化されていない分だけ魂を濃く注入されたようにこの当時の日本人の生命力がそのまま与えられているので、足踏みミシンの解体などでうまく運べず、つい力任せに壊そうとすると必ず物からのしっぺ返しがあり、脛をしたたか強打してきたり、投げつけた際に手や腕などを引っ掛けて切り傷や青あざを容赦なくつけてくる。男は慎重に足踏みミシンの台を螺旋状のマットレスの骨組みの上に載せると、簡単には取り外せないように無数の輪の中を鉄の足が通ってしまい、同じ材質とは思えない軽さと重さがぎこちなく繋がれた。アルミニウムやステンレスに似た質感のラックや作業台も、磁石に反応したがゆえにこの荷台に積み込まれて、性能に合わせて使われていた時は雑であってもそれなりに大切に扱われていたこれらも、今ではいくら踏みにじっても構わない状態にあり、積荷する三人からいくらも注意を払われず、戦争を想起させる井戸のポンプや、錆びついて動かない古い型の電動サンダーなど、その価値をとうに失ったこれらはとある者には価値を見出されるが、わざわざどこの誰かも知らない今必要とする持ち主を探す手間などかけられることなく、波打つトタンや、ゴムを除かれた自転車のフレームと一緒に渾然となっている。男は酷く潰れた千夜一夜の灯油ストーブをつかまえて奥へ放った(コレナンカ、凹ンデイナケレバ売レタノニ)。夏ならばすぐに熱を持つ鉄はトラックの荷台に積載されて、コンパネの壁の中で冷やかに、静かな朝の林の作業場で眠っている。
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