5話 大夢と理央
ファミレス店内。
鈴森はミートソーススパゲティ、
東坂はハンバーグを頼み、食していた。
黙々と無言で食べている2人。ミートソーススパゲティを無言で食べる鈴森。
一色は鈴森をチラッと見ながら、
「しかし、なぜ急に食事に誘ったんだろう? 理央さん?
……まぁ、いいや。食べよう食べよう」
とハンバーグを食しながら思っていた。
「ひろちゃん」
「は、はい!」
急に鈴森から名前を呼ばれたので、ビクッとしながらも返事をした。
「山中と高松の件、どう思った?」
と鈴森は質問してきたので、東坂は
「ああ、あの2人な……俺は絶対に許せないわ。あれ、わざとでしょ……」
「私も同意見よ」
「一色くんのことが気に入らないからって、
わざとミスして、失点させるとか……ほんとありえない!!!」
と鈴森はフォークとナイフを握りしめ、
ミートソーススパゲティを睨みつけながら言った。
だよな……山中の悪送球も、高松が落球したのも、
わざとだろうな……
一色は山中と高松から嫌われている。そして、
山中と高松だけじゃない。レギュラー捕手である犬仲や、他の野球部員からも嫌われていた。
一色を嫌っていなかったのは、引退した3年の野球部員と、俺、東坂と、理央さんだけだ。なぜ多くの野球部員に嫌われているのか、俺にも、一色にも、理央さんにも、わからない……鬱憤晴らしなのだろうか……
一色を嫌っているから、山中と高松は謝らなかったし、態度も悪かったのだ……
「いくら一色くんのことが嫌いだからって、
その感情を試合に持ち込むなんてどういうことよ!
選手として三流よ三流!!
挙句の果てに、監督は一色を叱責して、ミスした山中と高松にはしょうがないと擁護。さらには、1点しか取れなかった打線に対しても、相手投手が凄かった、打線は悪くないと擁護!!もうどうしようもないわ!」
と鈴森は怒りながらミートソーススパゲティを頬張る。
そうだよな……監督の発言も気になった。
試合後のミーティングで監督はこう言っていた。
「9回ツーアウト、完全試合達成すると思って浮かれていたんじゃないの?
こんなピッチングしてたら、背番号1、剥奪するよ」
監督は部員全員の前でそう言った。冷ややかな目で監督、他の部員は一色を見る。
まさに一色の公開処刑だし、完全達成まであとワンアウトまでこぎつけた投手に対して吐いていいセリフではないと思う。
監督は続けて、
「打線はよく頑張った。山中と高松のミスは仕方のないことだ。
相手投手陣が素晴らしかったから、取れなかったのは仕方がない」
と完全に擁護していた。
打線が頑張っていた? ふざけるなって話だ。
たしかに、作商学院の投手陣は良かった。
だけど、それ以上に、明乃森の打線は酷かったじゃないか。
東北大会王者に相応しくない打撃をしていたではないか。
打線、全然仕事してなかっただろ。
初級凡退。ボール球には手を出す。バント失敗、ゲッツー諸々。
東坂はどうだったって?
俺の3打席は四球、ファーストゴロ(進塁打)、中安打だった。
客観的に見て、この成績で活躍しましたとは言い難いのだが、
俺以下の成績のやつが他の部員にゴロゴロいるから、
相対的に活躍したということになっちゃっている状況である……
言っておくけど、高校野球での俺の成績は決して優れているわけではないぞ。
だからこそ、もっと打線に喝を入れなきゃいけないのに、監督のあの発言。
ちゃんと試合観てたか?と疑いたくなる。
東坂はハンバーグを頬張りながら、鈴森を見てそう思っていた。
ミートソーススパゲティを食べ終わったあと、フォークとスプーンを置き、
「……勝ちたかったな……試合……神宮大会初勝利……したかったな……」
と鈴森の頬にはポロポロと涙が流れていた。
「な、泣かないでください!!!」
東坂は急に泣き始める鈴森にアタフタしていた。店内も、鈴森の行動にざわつき、
2人に視線を集めていた。
ヤバい。これはいらん誤解を招きかねない……
と思っていると、
「ご、ごめんね。こんなとこで泣いちゃって……迷惑だよね……」
と鈴森は涙を手で拭いながら、震えながら言った。
そりゃそうだよな……足の引っ張り合いなんてしてる場合じゃないのに……
実を言うと、明乃森高等学校の硬式野球部は、甲子園出場経験はあるものの、神宮大会での勝利は1度もなかった。
だから、この試合勝てば、明乃森高等学校は神宮大会初勝利という快挙だったのだ。
だが、神宮大会初勝利という快挙は、部員のエゴと我儘により逃すことになった。
自分のエゴのために、味方の足を引っ張った結果、試合に負ける。
最悪の展開である。
今までマネージャーとして
献身的に硬式野球部のことを支えてきた鈴森さんが可哀想だ。
高松、山中がますます許せなくなった。どういう神経してんだよと。
東坂はイライラを抑えるために大きく息を吐く。
ただ、不幸中の幸いなことは、この事件が、甲子園で起きなかったことだった……
甲子園という高校球児の誰もが憧れる聖地で舐めたプレーしていたら……
俺はこれ以上に怒っていただろうな。
最悪、鉄拳制裁もあったかもしれない。鉄拳制裁なんてしたくないのだけれども……
東坂はそう思っていた。
少し時間が経った後、
「俺、頑張るよ。甲子園で」
「え?」
と東坂がサラッと発言すると、鈴森は顔を上げた。
「まだ決まってないけど……」
と東坂は照れると、続けて口を開いた。
「一色のことは俺が全力で守るし、部員からの嫌がらせにも決して屈しない。
甲子園では、一色、鈴森が甲子園に来てよかったと思えるよう、全力で頑張るよ。
だから見ててくれ。」
と東坂は宣言した。
鈴森は涙を拭きながら
「うん……ありがとう」
と笑顔で言った。
鈴森の笑顔に東坂は完全に照れている様子だった。その様子を見た鈴森は
「おっと~~なんで顔が赤くなっているのかな?」
「う、うるせえよ」
と東坂をからかった。
「じゃ、この冬しっかり練習して、選抜頑張ろうね。私も全力でサポートするから」
「そうだな」
と鈴森が笑顔で言い、東坂は頷いた。
そう決意した東坂と鈴森。
それから、3か月後のことだった。
理事長室に入る一色、鈴森、
理事長から告げられる真実。
それは、春の選抜甲子園を辞退するということだった。
原因は、女子高生私物窃盗事件に硬式野球部員のほとんどが関与していたこと
だった。
理事長から告げられたことは春の選抜甲子園辞退のことだけではなかった。
犯行に関わったとされる硬式野球部員は全員退学処分。監督、コーチも退職処分となった。
さらに、硬式野球部の成敗は退学、退職という処分では終わらなかった。
理事長は、硬式野球部に対して、無期限の活動停止と部員受け入れ禁止を告げた。
部員受け入れ停止ってことは……硬式野球部は……
鈴森は泣き崩れていた。
彼女の泣き声が室内に響き渡っている。
そして、東坂は泣き崩れている鈴森を慰めている。
一色は完全に呆然と立ち尽くしていた。
関与してた部員の全員退学……そして、無期限の部員受け入れ停止ってことは……
硬式野球部は実質廃部ってことではないか……
東坂さん、鈴森さん、俺で3人。
部の成立には最低5人必要というこの学校での規則がある。5人だけじゃ足りない。野球をやるには9人必要……
部員を補充しようにも、部員の受け入れ停止ってことでそれもできない……
ってことは、俺、どうすりゃいいんだ……
一色は目の前が真っ白になっていた。
そのころ、明乃森高等学校とは違う学校の、とある理事長室。
ドアをノックして、ある女性が入ってくる。
「失礼します」
その女性というのは、山口塔子。とある学校の硬式野球部の監督をしている。
「急に呼び出して申し訳ありません。山口先生。こちらに」
と、理事長が、山口先生をソファへと誘導する。2つソファがあり、その1つにはすでに副理事長が座っていた。
「すまないのう。山口先生。急に呼び出して」
「いえ、私は大丈夫です」
2人に温かいお茶が出される。
「最近、とある宮城県の学校内で女の子の私物が盗まれたり、盗撮される事件が発生してだな……知っておるか?」
「はい、明乃森高等学校のことですよね」
「そうそう。その学校じゃ」
と副理事長が言うと、とある雑誌の、あるページを広げる。
「この投手を知っておるか?」
「知ってます。一色颯佑投手。右投右打。身長はそれほど高くないものの、回転数が多く、伸びのあるストレートが持ち味の投手。ストレートだけでなく、スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップといった変化球を持っており、変化球でしっかりカウントが取れる、三振を奪える力があるのも魅力。タイプ的には、日本ハムの伊藤投手、楽天イーグルスの則本投手に近いでしょう」
「めちゃくちゃ詳しいなお前……」
と副理事長が山口先生の知識っぷりに呆気にとられていた。
「ま、単刀直入に言うと、明乃森高等学校にいる一色くんをスカウトしてこの学校に転校させてほしいのじゃ」
「え?……でも、この学校って転校生は入れない方針なのでは……」
「今回限りは特別じゃ」
と副理事長は山口先生に告げた。少し間を開けた後、
「どうして一色くんを?」
「山口先生言っておったじゃろ? 甲子園に行くためにも、梶谷くんに次ぐ投手が欲しいと……だから、心優しいワシが途方に暮れている一色くんをこの学校に転校させたらどうかなって思ったわけ」
「で、ですけど……Dランクの硬式野球部が有望株を転校生として引き入れるとった特例処置なんてしてもいいんですかね……SランクとかAランクの部活動とかが怒ったりしません?」
「問題ない。これは副理事長命令じゃからな」
と副理事長は笑っていた。
「わかりました。今すぐ一色くんに連絡を」
「山口先生、頼みますぞ」
と山口先生はソファから立ち上がり、副理事長室を後にした。
山口先生が退室した後、
「……本当の理由を言わなくてもいいのでしょうか」
理事長が心配そうに声をかけるも、
「問題ない」
と副理事長は理事長の心配を一蹴し、ソファに寝っ転がった。
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