3話 背番号1
時系列はさらに遡り、明治神宮大会初戦の日。
一色颯佑は1年生ながらも、今夏、ベンチ入りを果たすと、今秋には
背番号1を背負い、明乃森高等学校のエースとして、チームを牽引してきた。
一色をエースに据えた今秋、明乃森高等学校の硬式野球部は
明乃森高等学校は宮城県大会を準優勝だったものの、東北大会は優勝。
明治神宮大会へとコマを進めた。
そして、舞台は明治神宮大会。
初戦の対戦チームは、作商学院高校。夏の甲子園栃木県代表校であり、今秋の栃木県大会優勝と関東大会王者。
また、夏の甲子園には10年連続で出場している。まさに強豪。
明乃森高等高校の先発投手はもちろん、背番号1を背負う一色颯佑だった。
作商学院打線を相手に、どんなピッチングをみせるか、注目である。
両校の挨拶が終わり、プレイボール前のマウンド上には、
背番号1の一色と背番号12の東坂がいた。
マウンド上で、今日のピッチングの方針について会話をしていた。
「東坂さんに任せますよ」
一色はサラッとそう答える。一色の発言を少し心配してか
「いいのか? 俺に任せちゃって……」
と東坂は困惑した表情で一色に対して聞いた。
「任せちゃって問題なし! 強気なリードで、チームの勝利に貢献したら、監督の評価も爆上がり!東坂さんも控え捕手からレギュラー捕手に昇格ですよ!!」
とニコニコしながら一色は言う。明治神宮大会という大舞台でも緊張しないどころか、この試合を楽しんでいるようだった。
「インタビューの時に「東坂さんのリードのおかげです!」とエースの俺が言えば、またしても東坂さんの株は上がりまくり! レギュラー捕手待ったなし!」
と一色はさらに言葉を続けた。一色の目はキラキラしていた。
「そうか……」
とそんなウキウキな表情をしていた一色に対して、東坂はホッとしていたようだ。
全国大会という大舞台だから緊張するかと思ったが……そうでもなさそうだ。
東坂は少し間を置いてから、
「ありがとうな……正捕手の大仲さんよりも、控え捕手の俺と組んでくれて……」
「どういたしまして!!」
と一色は満面の笑みをして敬礼する。
「エースの俺が、監督に直談判した甲斐がありましたわ!! 東坂さんと組ませてくださいってね!!いや~~東坂さんとバッテリー組めて最高ですわ!!
ありがとう!!ありがとう!! 監督!!」
と一色は東坂とバッテリーが組めることに嬉しい様子だった。
東坂は一色の嬉しそうな表情を見て、
「というか、なぜ、控え捕手の俺をスタメンにしてほしいなんて、監督にお願いしたんだ……てっきり同学年の犬仲とバッテリーを組むのかと……」
と疑問に思っていた。
「大仲? あいつ、俺たち同級生がミスしたらすぐに暴言吐いてて、なーんか、感じ悪いんだよね。で、先輩たちには媚び媚び。気分悪いわ。
ああいう態度でいられると、組みたくなくなっちゃうんだよな……」
と一色は、大仲のこれまでの行いを思い出しながら、嫌な顔をして言った。
「ま、犬仲のことは置いときまして……東坂さん、作商学院打線をカチコチに凍らせてやりましょう!!」
「もちろん! そのつもりだ!!」
と東坂と一色はお互いにグータッチをして、東坂は定位置へと向かっていった。
東坂は、深く深呼吸をし、心を落ち着かせてから、キャッチャーマスクを被り、
キャッチャーミットを構える。
「一色と……監督から貰ったチャンス。このチャンス、絶対にものにしてやる!!」
東坂はそう決心していた。
プレイボール!!
審判のコールが球場中に響き渡っていた。
時は流れ、9回裏。ツーアウト。
1-0。明乃森高校、1点のリード。
この1点は、7番四球、8番の東坂の進塁打から、
9番の一色のセンター前のタイムリーヒットで得点したものである。
まさにジエンゴである。
そして、ここまでの一色は、作商学院打線相手に一塁を踏ませないピッチングをしている。
そう、あとワンアウトで完全試合達成である。
「完全試合達成か……出来すぎだな……」
一色は大きく息を吸いながら、心の中でそう思っていた。
「で、次のバッターは……」
一色は、代打でバッターボックスに立つ大道を見て、大きく息を吐いていた。
大道はフルスイングしてからバッターボックスに入る。
ただえさえ、一色よりもひと回りも大きい大道。圧のある彼がフルスイングすることによって、圧がより一層伝わってくる。。この打者が代打で待機が……
さすが、強豪の作商学院。激戦区関東を制しただけのことはある。
だけど、一色は大道に打たれるのではという気持ちは感じなかった。
「打たせないよ」
一色はそう呟き、険しい表情を見せると、おおきく振りかぶって、
初球のストレートをキャッチャーミットにぶち込む。
ストライクだ。133kmを計測していた。
一色のストレートは130km代と、決して早いというわけではない。
中学生で150kmのストレートを投げる投手がいる今の時代だからね。
そんな決して早くのないストレートを投げたとしても、会場はどよめき始める。
あと2球、ストライクを入れれば……
あと1つ、アウトを取れれば……完全試合達成だからだろう。
会場の雰囲気にのまれないよう、一色は心を落ち着かせる。大きく息を吐く。
プレイボール前は緊張しなかったけど、完全試合がかかっているとなると、
なんだか落ち着かない様子だった。そう、一色は緊張していた。
無理もないはずだ。人生で初めての完全試合がかかっているのだから。
そして、第2球目には、大きく曲がるスライダーを投げ、
大道は空振り。キャッチャーミットに吸い込まれていった。
これでツーストライクだ。またさらに会場がどよめき始める。
当たり前である。
1人の1年生投手が、何度も甲子園を経験している強豪作商学院を相手に、
完全試合を達成しそうだからである。
あとワンアウトで完全試合達成。
あとワンストライクで完全試合達成。
一色は完全試合が頭の中でよぎる。
ダメだ。欲を掻くな……落ち着け……平常心……
一色は深呼吸して落ち着かせる。
「一色!! 思いっきり投げてこい!!」
東坂が一色に向かって声をかける。
一色は大きく頷く。汗が額を流れる。
ロージンを手に取り、再度、気持ちを落ち着かせる。大きく息を吹く。
そして、第3球目は、下方向に大きく変化するフォークを投げる。
大道は一色のフォークを打ち、ボテボテのショートゴロとなった。
よっしゃ!! これで完全試合達成!!
そう思っていた。一色だけでない。この会場全体がそう思っていただろう。
しかし、完全試合という夢は、あっけなく散るのであった。
ショートの山中が悪送球。ボールはファーストの頭上を超え、
記録はエラー。打った大道は1塁でストップした。
大きなため息が会場を包んだ。作商学院側のスタンドはというと、エラーとはいえ、同点のランナーが出たことから、盛り上がっていた。
「マジか……これで完全試合は達成ならずか……」
一色は悔しそうな表情で、一塁にいる大道を見ていると、
「まだノーヒットノーランが残ってるでしょ」
と、東坂がタイムをかけ、マウンド上に駆けつけてきてくれた。
「た、たしかにそうですね」
「というか、それよりも、山中……謝りにこいよな……」
と東坂は、ショートの山中がマウンド上にやって来ないことを嘆いていた。
山中は俺は悪くありませんみたいな表情をしていた。なんか……腹立つな……
謝りに行くぐらいはしろよ……
「俺のことが嫌いだからじゃないですかね?」
「え!?」
東坂は驚く。それを見て、
「はははは! 冗談ですよ冗談!!……と言いたいところですが、俺が山中から嫌われているというのは、ほんとの話です……」
「おいおい、仲良くしろよ……」
と一色は最初は笑っていたが、徐々に苦笑いになっていく様子に
東坂は心配していた。声のトーンの変わりように一色の発言が冗談ではなく、
ガチっぽさを感じていたからだ。
「まぁ、大丈夫っすよ! 完全試合は逃したとはいえ、まだノーヒットノーランは継続中ですからね!達成しましょう! ノーヒットノーランと神宮大会初戦突破!!」
と一色は、ポジティブに、笑顔でそう答えていた。
「よし! そうだな!! ノーヒットノーラン、達成しようじゃないか!!」
東坂が一色を鼓舞して、定位置に戻っていく。
試合が再開された。
次の打者は、1番に回り、2年の塩崎がバッターボックスに立つ。
関東大会打率4割打っている強打者だ。左打者である。
一色は、塩崎相手に初球から大きく曲がるスライダーを投げた。
そのスライダーを塩崎はフルスイングし、捉えた。
打球はライト方向に伸びていくが、打球が高くあがりすぎだ。これはライトフライになりそうだ。
よし……ノーヒットノーラン達成だ……
一色はそう思っていると、
ライトの高松がフライの目測を誤り、後ろに逸らした。
「え?」
ボールが転々と高松の後ろを転がっていく。
嘘でしょ。
なに平凡なフライ落としてんだ? おい、高松。
小学生でも取れるフライだぞ。
しかも、フライを落とした後、ちんたらボールを取りに行ってるじゃねーか。
「おい!!早くボール取りに行けよ!!」
「おい!! 高松!! はやくバックホーム!!!」
一色と東坂が叫ぶ。
ここにきて、ノーヒットノーラン、完封、完投だけでなく、
チームの勝利まで逃すのか。
チームの勝利を逃すのだけは嫌だ。それだけは嫌だ。
東坂がそう思っているのも空しく、
一塁ランナーの大道がホームイン。
そして、バッターランナーの塩崎もホームイン。
サヨナラランニングツーランホームランだった。
ゲームセット。
一色は膝から崩れ落ちてがっくりとうなだれていた。
明乃森高校対作商学院高校との試合は、
1-2で作商学院のサヨナラ勝利で幕を閉じたのだった。
整列の時でさえ、一色は終始うなだれていた。
しかし、エラーした山中と高松はヘラヘラした顔をしていた。
一色と山中、高松の表情はまさに対照的だったのである。
何でこいつら……ヘラヘラしてんだよ……
彼らの行動に、東坂は怒っていた。
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