ショートストーリー 「神無月の雨」

柚 美路

第1話

嫌な事があった。

仕事での事だった。


その日は朝から嫌な予感がしていたたんだ。


僕は毎朝、起きてすぐに着替えて歯磨きをする。パジャマのままだとダラダラしてしまうから、着替えて気持ちを切り替えるのと、寝起きの口の中が気持ち悪くて食事が出来ないから歯磨きをしてから朝食をとる。みんなからは、食べ物が歯磨き粉の味にならない?って言われるけれど、習慣だから仕方がない。

その歯磨きをする時に歯磨き粉を服につけてしまって着替えなければならなかったのが始まりだった。


次は目玉焼きだ。

黄身を半熟にして食べる時にトロっと流れるのが好きなのに、フライパンのフチで殻を割り、落とした時には黄身が破れてたから上手く焼くことが出来なかったのがショックだった。

そんな事で?って言われそうだけど、これは大問題なんだ。爽やかな朝食をとる事が一日の始まりには必要だったから。


そして、出かける時靴を履いた瞬間違和感を感じたから、脱いで中を覗いてみたら小さい小さい虫の死骸が入っていた。下駄箱にずっと入れっぱなしだったから、いつの間にか勝手に入ったんだろうけど、勝手に死なれちゃ困るんだよ。もともと潰れていたみたいだから靴下は汚れなかったのが幸いだった。


気を取り直して仕事に向かい、通勤自体はすんなりいったのだけれど、職場のタイムカードが通らなかった。

なんだよ、仕事するなっていう事ならこのまま帰ってもいいんだぞ!なんて、出来るわけないか…

仕方なくそのまま事務室に行って事務歴10年の小林さんに声をかけた。何が原因かを確認するからとタイムカードを彼女に預け、更衣室へと着替えに行った。


着替えるといっても上着を脱いでその服のまま上にエプロンをするだけなんだけど、一人に一つロッカーをあてがわれているので、ハジから二番目のその扉を開けながら、今日はなんだかついていないと今朝の出来事を振り返っていた。


「おはようございます。」

反対のハジのロッカーにいた佐々木さんが声をかけてきた。

「あ、おはようございます。」

人見知りな僕は、それ以上声をかけられないようにと背を向けてロッカーの中のカバンをゴソゴソと、中の何かを探す素振りをして佐々木さんが居なくなるのを待ってみた。案の定、それ以上の会話をして来る事はなく、部屋を出て行ってしまった。


煩わしいのは嫌いだった。

上辺だけの会話なんて、必要ない。


くだらない話、くだらない笑い、何が楽しいのか毎日毎日飽きもせず、そんなに話す事などないであろうに、他愛ない天気の話でもまるで大発見なように盛り上がって話している。

くだらない!


また誰かに話しかけられないうちにと早々に支度を終えて、更衣室を出てきた。


朝礼を終え、皆それぞれの配置について毎日の決まった業務にとりかかる。


この仕事を続けていられるのは、共同作業が少ないからだった。全くないわけではないが、70%は自分だけの仕事だったから、残りの時には相槌だけしていればこなす事ができる。

それでも皆はおしゃべりをする。

対人の仕事なら、そんな事など出来ないであろうが、ここでは自由きままにおしゃべり三昧。上司が来なければ皆楽しく仕事をしている。僕はその中で黙々と仕事をこなす。それで良いと思っている。


ミスはその30%の共同作業中に起きた。僕は間違ってない。だけど、僕のミスとされてしまった。確かに確かめもせずに行ったのがいけなかったのかもしれないが、皆も目の前で見ていたのだから、一言僕にそれは違うと言えば直ぐに気が付いた事だった。そして、目の前にあればそのまま作業するに決まってる。ここに置いた奴がいけないんだ。皆の責任なんだ。


上司に僕を含めてその場にいた4人が呼ばれ、謝罪をさせられ、おまけに報告書を提出するように言われてしまった。僕だけじゃなくて当然だ。

皆がその後一言も話さず業務にとりかかる。なんて仕事しやすいのだろう。毎日こうだといいのに…

でも、流石に報告書は凹む。今後このような事が起こらないために皆に周知をするための報告書だからと言われていても結局は始末書なんだ。凹むに決まってる。

それぞれが、時間をずらして業務を抜けて報告書を仕上げた。上司に提出して今日の仕事はようやく終わった。


疲れた。


そもそも朝からついてなかった。


そんな事を考えながらの帰り道、いつも通る抜け道の公園に、一人のお婆さんがいる事に気が付いた。ベンチに座っているのだが、ブツブツと独り言を言っている。なんか気持ち悪いな…


通り道だからそこを通るしかなかったから仕方なく近づいた時、お婆さんの直ぐにそばのベンチの脇にロープに繋がれた動物がいる事に気が付いた。犬の散歩なのかと思ったら、「リード」と呼ばれるその赤いロープの先に繋がれていたのは一匹の猫だった。

お婆さんはその猫に話しかけていたのだった。



第2話へ続く




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