第166話 魔法の5分間に、君に告げる。君が好きだ

 サリーさんはにこやかに笑っていたが、急に驚いたように俺の背後を見て声を上げた。

「あら」


 何かと思い、俺は振り返った。同じように後ろにいたシーラさんも、その後ろの2人も、穴掘りの3人もそちらを見る。

 その最中に不意に手を強く引かれ、俺は木陰に引っ張り込まれた。

「な」

 俺は驚いて手の先を見た。楽しそうな、輝くような笑顔のサリーさんが俺の手を掴んでいる。

 何だ、と思う間もなくサリーさんは突然俺を抱きしめた。

「わ」

「声を立てないで」


 俺の腰に手を回して、サリーさんが言う。そ、そんなこと言ったって。

「さ、サリーさん、ダメだよ、こんなところで」

 焦る俺に、サリーさんが悪戯っぽく笑いかける。

「魔法を使ったの。発動してから視線を切ると、そこから5分だけ、誰も私たちを意識できなくなるのよ。大声を立てたりすると見つかってしまうけど」


 俺はおそるおそる木の影のみんなの様子を伺った。みんな何だか狐につままれたような顔をして、ぽかんとしている。だが、確かに俺たちを探そうとしてはいないようだ。

「ね」

 サリーさんが甘えるように俺の胸に頬をこすりつけ、得意そうな顔を上げる。


 こんな明るい、景色のきれいな、気持ちのいい外で、君のこんなに楽しそうな笑顔を腕の中で見られるなんて。

「嘘みたいだ」

 俺も嬉しくなってサリーさんを抱きしめた。

 夢みたいだ、本当に。こんな風にしてみたかった。

「嬉しい、サリーさん」

「うふふ。うん」


 サリーさんは俺の胸の中でうなずき、俺の背中をそっと撫でた。

「クロノ、つらそうな顔をしてた」

 俺は思わずサリーさんを抱く腕に力を込めた。

 抱きしめ合うとお互いの顔は見えなくなる。しかし気持ちや温かさはより近く感じられるから、顔を見たら言えないことも話してしまえそうになる。


 俺は、小さくうなずいた。

「少しだけ、怖くなっちゃったんだ」

「今のうちに逃げちゃおうか、2人で」

 サリーさんがまんざら冗談でもないように呟いた。

「あなたとなら私、どこまでも行けると思うの」

「……俺も」


 俺はサリーさんの髪に顔を埋めた。いつもと違うシャンプーのにおいがする。

 このまま2人で、どこまでも行けたら。何もかも投げ出して、君と2人で生きていけたら。

 もちろん、そんなことはできないし、しない。そのことを理解して、相手を信じているからこそ言えた弱音だ。

 君は、俺は、逃げない。


 頬でサリーさんの髪の感触を確かめながら、俺は湖を見た。

 猪苗代湖に似ている気がする。遠くに大きな山が見える。きれいな湖だが、あの金ピカだけが邪魔だな。

「きれいなところだね。いつもここで王子とデートしてたの」

 俺はちょっとだけやきもちを焼いてみせた。サリーさんが慌てたように俺の腰に回した手に力を込める。

「あれは、違うわ。だってあの時は、クロノにまだ会っていなかったんだもの」

 抱きしめているサリーさんの体がほわと熱くなる。俺は期待した通りの反応に満足して笑った。サリーさんがもう、と少し怒ったように俺の体を押す。


 5分。サリーさんがくれた魔法の時間だ。あとどれくらい残っているのだろう。


 サリーさんを離せないまま、俺はぼんやり思った。抱きしめることだけしか考えられないまま時は過ぎ、サリーさんがそっと体を離す。

「そろそろ、終わりだわ」

 サリーさんの淡い瞳が、極光のように揺らめく。その揺らめきは若さ故の短絡さと、だからこその情熱の熱さだ。


 俺も、その炎が欲しい。


 俺はサリーさんを見つめた。サリーさんも応えた。

 あと、どれくらいだろう。魔法の時間は。

 俺は、あと何分、いや何秒こうしていていいのだろう。


「サリーさん、好きだ」

 過ぎていく時間に押し出されるように、言葉が出た。サリーさんが目を丸くする。


「クロノ、わ」

 サリーさんの言葉を待てず、唇を重ねた。

 君の思いがほしい。情熱、冷静、怒り、喜び。

 サリーさん、俺は戦いたい。君のために。君の誇りのために。みんなが君に求める、君がみんなに与えたい、みんなの幸せのために。そして、その結果としての、君の幸せのために。


 好きだ。サリーさん。

 俺は夢中でサリーさんを求めた。


 好きだ。

 俺の姫魔女。

 俺のサリーさん。


 俺は君のために戦う。

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