第150話 腹に据えかねる状況証拠
「やめて、クロノ。いい加減にして!」
サリーさんが、手首を掴んでいた俺の手を強く振り払った。
「いくらクロノでも許せないわ。私を売り買いするみたいなこと、言わないで。どんなに高価なものと引き換えだと言われても、すごく、不快よ」
サリーさんが嫌悪の色を浮かべて自分の肩を抱く。
そうか、確かにそんな風に言われたら嫌だろう。それは俺が悪かった。けれど。
「王子は、君の……対価として鉱山の半分を払ったんだよ。間違いないよ」
「やめて。確かに結婚は契約よ、でも、その言われ方は嫌よ。それに、鉱山は個人の自由にはならない。クロノが間違ってる」
「俺は確かに聞いたんだ」
俺はサリーさんを見つめた。サリーさんは怒っている、しかし揺れている。
俺は渾身を込めて、尋ねた。
「サリーさん、俺と王子と、どっちを信じる?」
サリーさんが大きな目を怒らして俺を見つめる。
「もちろん、あなたを信じているわ。でも、勘違いしているんだと思う」
そういえばサリーさんは頑固だった。俺は厄介なことを思い出した。納得したら早いんだけど、そこまでが長い。
それは仕方ない。とにかく俺の事実を積み上げる。
「あれだけの言葉、勘違いのしようもないよ」
「でも、だって……鉱山は国のものだし、大叔父様もゴーベイ様も、責任ある王族なのよ。国の大切な財産をそんな風に使うはずがない。クロノはまだわかってないのよ」
「そうかもしれないけど、俺は聞いたんだ。サリーさん、お願いだ。俺を信じて。嘘じゃない。それならどうしてそうなったのか、考えて。サリーさん」
どうか、お願いだから。
俺はすがるようにサリーさんを見つめた。俺の言葉に、サリーさんの目が揺れた。
届いた。
「お願いだ、サリーさん。よく考えて」
俺の知ることは全て渡せた。あとはサリーさんが先入観を取り払って考えてくれれば、俺と同じ結論になるはずだ。
サリーさんは両手を頬に当てた。そして、ものすごくむにむにし始める。可愛い頬が心配だが、俺はじっと耐えて見守った。
かちり、と部屋の鍵が開いた。そちらに全く注意していなかった俺は驚いて、とりあえずサリーさんを背中にかばった。
現れたのはさっきお茶を取りに行った2人だった。忘れてた。ずいぶん遠い給湯室だったな。
「姫殿下、まずいです。王子殿下が暴漢に襲われたと裸で飛び出して、大騒ぎになっています」
急いで、その割に優雅な手つきでお茶を淹れるエリアさんの声が、きれいになっている。さっきまで渋いお茶を一気飲みしたせいでがさがさだったのに。
お前ら、ちょっとだけとか言い訳してお茶を嗜み、おしゃべりしてきただろう。わかるんだからな。
彼らに対すると、俺の疑心暗鬼が捗って仕方ない。
「クロノさんがいないこともバレました。じきにここに来ます」
ほら、トミヨ君の声も元に戻っている。全く、場所も場合もわきまえず、若い2人ときたら。
「……いやまずいだろ!」
俺は飛び上がった。その誤解を防ぐためのお前らだろう。いなかったじゃないか。どうするんだ。
「大丈夫です、私たちがずっと一緒だったと証言します」
湯気の立つ香り高いカップを俺にも差し出し、エリアさんがこわばった顔で保証する。俺の顔もこわばった。
あの、あなたたちは今その騒ぎの中を抜けてここに戻ってきて、ここになかったお茶を淹れてくれているんだよね。この香りのいい、上品な器の、湯気の立つこれを。
エリアさん、トミヨ君。正直なのはいいことだが、嘘が下手すぎないか。
「ここへ……そう、それならちょうどいいわ。こちらから出向きましょう」
サリーさんはお茶を一息に飲もうとしてすぐにやめ、カップを置いた。サリーさんはひどい猫舌だ。
「サリーさん」
俺が戸惑って呼びかけると、サリーさんは厳しい目で俺を見た。
「ゴーベイ様に確認しましょう。それが一番話が早いわ」
「え、ちょ、ちょっと待って!」
カップを持っていたので初動が遅れた。
サリーさんはスカートをひるがえし、ずんずん歩き出した。
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