第134話 早く帰ろう(副題 いつキシ狂想曲)
飛ぶように走る車の中で、俺はサリーさんの結婚の日取りが改めて決まったこと、そして魔女の祝福のことを話した。
「ごめん、話してなくて。結婚のこと、サリーさんに口止めされてたんだ」
「ベラのことをまず済ませたかったんだろう。サリーならそうするよ」
緩いカーブに車が軋み、俺は座席にしがみつく。アクセルをほぼ踏みっぱなしで、ヨスコさんはごく普通に話した。
「サリーはクロノには何でも相談するんだね。さすが、魔女の祝福を与えただけのことはあるね」
「それも言ってなくてごめん。サリーさんの魔法が使えなくなったんじゃないこと、サリーさんにも秘密にしてたから。封印のおかげでサリーさんも何とか無事だったし、トマ師とそうしようって決めてわわわわ」
「皮肉じゃないよ、本当にそう思っただけ」
さっきより急なカーブに差し掛かり、俺はまた車にしがみついた。思い切り良くブレーキが踏まれ、手早くギアを操作し、ものすごい勢いでハンドルをさばきながらヨスコさんが笑う。手をケガしているとは思えない。
「前なら、少し悔しかったかもしれないけど。今はわかる。私もリック様には何でも話せるし、頼ってしまうから。塔のみんなのことはとても信頼しているけれど、また少し違うんだ」
車はカーブを越え、また飛ぶように走る。
「でも、クロノならサリーを任せられるって、私はずっと思っていたよ。決闘する前から。好きだって言ってしまえばいいのに」
「言えないよ、俺じゃサリーさんにはふさわしくないから。でも、あの王子と結婚することだけは許せない」
俺はポケットの伝鈴に触れた。さっきも連絡を試みたのだが、ヴィオさんも、トマ師すら応答がない。
「大丈夫だよ、塔から出なければ。ヴィオも警戒している。手出しできるはずかない。とにかく早く帰ろう」
ヨスコさんはまたもものすごい勢いでカーブを突っ切った。
国境に着いた。おそらく往路より1時間以上早い。ヨスコさん、飛ばしたなあ。
予想通り国境の検問所はさっきよりも大勢の兵に堅められていた。
車を止められる。やはりヤード公の手が回ったらしく、すんなり通してもらえなくなった。
「話してみるけど、ダメなら2、3人斬る。不意打ちなら俺でもそのくらいいけると思う。そしたら隙ができるだろうから、突っ切ろう。ヨスコさん、そのつもりでいて」
「クロノ、……わかった」
ヨスコさんは何か言いたそうだったが、了承してくれた。
俺は車を降りた。何だか感情が鈍くなっている。何もかも面倒だ。
「そ、その車、待て!緊急の通達により、ここは」
俺が降りたことで相手の警戒が強まった。兵士たちが後ずさりながら叫んでいる。
早く行きたいのに。面倒だなあ。
俺は話してみるとは言ったけれど億劫になり、剣に手をかけた。
「あ!その剣!」
その時、兵士のひとりが素っ頓狂な声を上げた。
「布で巻いて、黒いリボン。そうだ、黒い服。間違いないよ。不死の剣士、クロノさんだ!」
「え、は、はい」
俺は突然名前を呼ばれて驚いた。知り合い?まさか。
「すごい、本物だ!今、いつキシで話題になってるんです、姫魔女と、その侍従の不死の剣士のこと!」
「は、え、いつキシ?何ですか?」
話が見えない。しかし相手は、というかここの兵士たちは、間違いなく俺を知っているらしい。緊張していた兵士たちが、わっと騒ぎ出す。
きらきらと目を輝かせている国境を守る兵士たちはみんな若くて、城の若い衛士たちより更に幼く子供に見えた。
戸惑っているとヨスコさんも不審そうに窓から顔を出した。
「クロノ、どうしたの?」
「わあ、不死の剣士といるんだから、緑の服のあの人って、フローレンス侯爵令嬢ヨスコッティさん、魔女の徒花!?」
「本当に女の人なんだ!しかもきれいな人だ」
ヨスコさんも変な顔になった。
笑顔でわいわいしている兵士たちに、俺は慌てて言った。
「あの、急ぐんです、通してもらえませんか」
「それは」
盛り上がっていた兵士たちがすんとおとなしくなる。
「通達が来ていて、ダメなんです。この車を通すなって」
兵士の1人が書類を広げる。やっぱり斬るか。
「お願いだ、私たちの主人の姫殿下が危ないかもしれないんだ」
ヨスコさんが窓から身を乗り出した。兵士たちが騒つく。
「姫魔女が?」
「どうしたんです?」
口々に尋ねられ、俺はサリーさんが望まない結婚を強いられそうになっていることを説明した。
「またあの王子?」
「姫魔女を断って侍女と結婚した癖に!」
「こんな辺境の兵士でも、ずいぶん詳しいんだなあ」
憤慨している兵士たちを眺め、半ば感心したようにヨスコさんが呟く。もう、早く行こうよ。
俺がイライラしていると、さっきから話の輪に加わらないで書類を見つめていた数人の子たちが、はっとしたように顔を上げた。
「クロノさん!これ、車は通すなって書いてあります!」
それはさっき聞いた。
「わかったよ、でも通してほしいんだ。頼むよ」
「車だけです!」
「え?」
きょとんとした俺に、兵士の子たちが満面の笑みを浮かべてみせる。
「車だけ、置いていったらいいんです!」
「クロノさんたちは、俺たちが送ります!」
ああそう、と俺とヨスコさんはぽかんとしてうなずいた。
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