第124話 真心と報い

「ヨッちゃん、やめて!」

 サリーさんが悲鳴を上げるのと同時に、ヨスコさんの剣でうさぎの背中が切り裂かれる。

「ごめん、後で直すから」

 ヨスコさんは言いながらうさぎの中に手を突っ込み、しばらく探って、小さな袋を取り出した。


 袋の中から出てきたのは、涙型にカットされた、美しい透明な石のペンダントだった。


「……お母様の形見が、どうして……」

 ヨスコさんにペンダントを渡され、サリーさんが言葉を失う。

「……同じものを用意したの?さすがヨッちゃんね」

 マリベラさんがぎこちなく微笑む。

「いいえ、間違いなくこれよ。お母様の形見は、ここにイニシャルが刻んであるの」

 俺には小さくて見えなかったが、サリーさんが目を凝らしていたから、そこに刻まれていたのだろう。


「それに私、これは、ベラにしか見せたことがないわ」

「でも、お母様の形見のペンダントがあるって、教えてくれたことはあったでしょう」


 ヨスコさんがまだ少し赤い目で微笑んだ。

「吹雪の日、暗くなりかけてからベラがわざわざ外に出て、城の裏の水路に何か投げ捨てたのを見かけてね。気になって探してみたんだ」

「……吹雪の日……ペンダントをあげた日、夕方から吹雪になったわ。でもお使いがあるからって、珍しく吹雪の中をベラが外出して、珍しいなって思って……まさかそんな……」


 サリーさんがペンダントを握りしめる。

「ヨッちゃん、そんな時に水路に、冷たい水に入って、これを探してくれたの?……そうだ、ヨッちゃん、そのあと風邪引いてた。いつも体調に気を付けてるのにって、不思議だった。ヨッちゃん……」

「事情がわからなかったからそのまま返すのもどうかと思って、でもサリーのそばにあった方がいいものだろうと思ったから」

 まだ赤い目で照れたように微笑むヨスコさんに、ありがとう、とサリーさんが声を詰まらせる。


「形見なんて言うからどんなに高価なものかと思ったら、ただの雨粒石レインドロップなんだもの。子供のおもちゃかっての。売る気にもなれなかったのよ」

 マリベラさんが吐き捨てた。

 サリーさんは肩を震わせてしばらくペンダントを抱きしめていたが、じきにほっと息をついて顔を上げた。


「マリベラ」

 サリーさんは泣いていたが、声は落ち着いていた。

「あなたの考え、よく、わかった。ここは魔女の塔。私があるじよ」

 サリーさんは涙の残るその大きな目で、真っ直ぐにマリベラさんを見つめた。


「あなたには、出て行ってもらうわ」


「サリー、今のは、嘘よ」

 マリベラさんがとろけるように甘く微笑んだ。 

「あれは手が滑ったの。なくしてしまって、あなたにはずっと謝りたかった。ごめんね、サリー」


 サリーさんは首を振った。

「赤ちゃんを捨てた場所を詳しく教えなさい。言わなければ、あなたを城に引き渡して、国同士で話をするわ」

 聞いたこともない厳しいサリーさんの声に、マリベラさんが真実を引きずり出される。

「……国境の……いつも、あなたと王子が面会をしていたゲートから見える、東の桟橋……」

「赤ちゃんを入れたカバンの形と柄は」

 問われるままにマリベラさんが小声で答え、サリーさんはうなずいた。

「ヨッちゃん、至急、その辺りで赤ちゃんが見つかっていないか確認して」

 わかった、とヨスコさんが答えて俺とサリーさんの間を駆け出していく。


 マリベラさんが甘い瞳を涙でいっぱいにして膝をつき、体を投げ出すようにしてサリーさんにすがりついた。

「サリー、サリー、嘘なの、信じて、私あなたが大好きよ。ずっと2人で過ごしてきたじゃない。私とあなたと2人でこの塔で暮らしましょう。2人ならうまくいくわ、私、あなたにしかわかってもらえない」

「マリベラ。それが私のためについてくれた嘘じゃないって、今なら、わかるわ」

 サリーさんがマリベラさんを見つめた。

「あなたは、大伯母様の修道院に入りなさい」

「えっ……」


 マリベラさんが絶句した。

「……嫌よ、あなたの大伯母様の修道院って、山奥の辺鄙な場所にある、私たちがいたところと比べ物にならないくらい厳しいところじゃない。しかも、山の頂の向こう側、国外よ。そんなところに入ったら私もう、2度と出られない」

「ええ」

 サリーさんがうなずく。

「あなたは国外に追放するわ。一生神に仕えながら、あなたのしたことの意味を考えるのよ」


 マリベラさんががくがくと震えて、必死に首を振った。

「嫌、嫌よ、修道院なんてもう真っ平よ。ごめんなさいサリー、謝るわ、何でも言うことを聞くからお願い、嫌よ!」

 サリーさんは踵を返した。

「みんな、来て。今後のことを話しましょう」

「サリー、お願い、行かないで、嫌よ、嫌、嫌、ごめんなさい、助けて、サリー、ヴィオ、クロノ!」

 うさぎを抱いたヴィオさんが振り返りもせず俺の横を通り抜け、マリベラさんが這うようにしてすがりつこうとする目の前で、


 俺は扉を閉めた。

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