第65話 あなたを許さない
地下牢を飛び出し、俺はトマ師の部屋を訪ねた。扉を開けようとドアノブに触れると、トマ師の伝言が急に流れ込んできた。
わしはできるだけ味方を探して根回しをする。クロノ殿は魔女の塔と、姫様を頼みます。
魔法か。俺は手に意識を集中した。トマ師の声が頭の中で聞こえる。
出来得る限り、姫様は表に出さんでください。これ以上結婚が先延ばしになるようでは、どんどん条件の良くない相手になってしまいます。姫様のためにも、わしらで何とか。
トマ師は留守だった。
トマ師も走り回ってくれている。俺は魔女の塔に向かった。
ヨスコさんと、起きたばかりのヴィオさんを部屋に集めて、俺は状況を話した。
2人とも絶句していたが、理解は早かった。
「陛下がもう裁可されたのね?早過ぎるわ。もう筋書きは決まっていたのね」
「では、処刑が明日なのは、サリーがこのことを知り、出て来るまでの時間の猶予を作ったということか」
「何か、決定をひっくり返す方法はないかな?」
俺は必死に尋ね、2人も考えてくれたが、それは俺が思う以上に難しいことのようだった。
「相手がヤード公では、サリーが出てももしかしたら収まらないわ。陛下にまでご迷惑をかける」
「そんなことになったら、サリーは……」
俺は何もできずに2人の答えを待った。無為に時が過ぎる。
「……とにかく、動きながら考えましょう。時間がないわ。でも、魔女の塔としての決定を伝えます」
ヴィオさんが寝癖だらけの頭を上げた。
「サリーは、塔から出しません。議会には絶対に立たせません。カズミの処刑を阻止する方法がそれしかないなら、カズミには死んでもらうわ。ヨッちゃん、クロノ、いいわね」
「わかった」
俺は絶句したが、ヨスコさんはすぐに了承した。
「そんな、ヴィオさん、何か手はないのか」
「あったらそうするわ、でも、どうしようもなければせめてサリーだけは絶対に守る。カズミもそのつもりで処刑を受け入れたんでしょう。クロノ、これは絶対よ。あなたがどう思おうと、従ってもらうわ」
ヴィオさんが強く言い、俺はうなだれた。
3人の連絡用にと、ヴィオさんから鈴を渡された。鳴らして話すと声が届くのだそうだ。電話のようなものか。
「ヴィオ、サリーにはどう説明しようか」
ヨスコさんが淡々と尋ねた。ヴィオさんが少し考え、答える。
「そうね、今あの子に説明してしまって、無茶をされたらおしまいだわ。全て終わってから話しましょう」
「そうだな」
ヨスコさんがうなずくのに、俺はたまらず割り込んだ。
「待ってください。サリーさんには、ちゃんと話しましょう」
次の動きに移りかけていたヴィオさんが、改めて俺に向き直る。
「クロノ、それは私とヨッちゃんが決めるわ。サリーのことは、私たちの方がよく知っているもの」
「でも、知らないこともあるはずだよ。サリーさんは昨日、責任について考えたんだ。サリーさんはちゃんと自分で判断できるよ」
「そうしてサリーに重荷を背負わせてつらい思いをさせるの?私は反対よ」
ヴィオさんが冷たく俺を見る。怯みそうになりながら、俺は首を振った。
「黙っていてことが済んでしまってから話しても、サリーさんはつらい思いをするよ。ちゃんと話して、自分で決めさせよう。サリーさんは大人なんだ」
「子供よ、だからこんなことになったのよ!」
ヴィオさんが叫ぶ。
「もとはと言えばクロノ、あなたのせいじゃない!あなたは何度も、こうならないようにできたのに!全部、私の言うことを聞いてくれないで、あなたの思うようにしたからこうなったんじゃない!もう嫌よ、私に従って!」
「ヴィオさん、お願いだ。ちゃんと話そう」
俺はひたすら頼んだ。サリーさんなら、今のサリーさんなら受け止めてちゃんと考えてくれる。だから、一緒に苦しもう。後から後悔だけ渡されるなんて、そんなのダメだ。
「私は、クロノに任せてみたらいいと思うよ」
俺とヴィオさんが折り合えずいると、ヨスコさんが静かに言った。
「クロノはよくサリーのことを見ている。クロノがそんなに言うなら、任せよう」
ヴィオさんは怒りのこもった目でヨスコさんと俺を交互に見た。ヨスコさんは静かにヴィオさんを見た。
ヴィオさんが折れた。
「……勝手にすればいいわ。でも、サリーにまでつらい思いをさせるようなら、私はクロノを許さない!」
ヴィオさんは言い捨て、振り向きもせずに部屋を出て荒々しく扉を閉めた。
ヨスコさんが小さく息をついた。
「クロノ、ヴィオを許してやって。こんなことになって気が立っているんだ。本気で言ったんじゃないよ」
「うん。ヴィオさんの気持ち、わかるよ」
ヴィオさんもつらい中で決断している。それに従わずことを悪化させる俺は、許せなくて当然だ。
それでも、ヴィオさんを怒らせてしまっても、俺はやっぱりサリーさんにはきちんと説明し、サリーさんに判断してほしい。
「クロノ、サリーへの説明は任せるよ。ヴィオには私がついている。だけど、さっきヴィオが決めたこと、サリーを外へ出さないことは必ず守らせてくれ。私たちには他にサリーを守る方法はないと思う」
俺はうなずいた。
「サリーさんを危ない目には合わせないよ」
「クロノ、あなたもな。無茶はしないで」
「うん、約束する。俺もこの前みたいに、みんなを心配させるようなことはしないよ」
部屋を出る。ヨスコさんはヴィオさんとまずはカズミンに会いにいくそうだ。俺はサリーさんに状況を説明しよう。
別れ際、ヨスコさんが強く俺を見た。
「頼む、クロノ。師匠とサリーを守ってくれ」
「がんばるよ」
俺もうなずき、サリーさんの部屋に向かった。
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