第11話 今日のことは今日のうちに
ヨスコさんは訪ねて行った俺を見て驚き、その後ろのサリーさんを見て顔をこわばらせた。
「ほら、サリーさん」
促すと、サリーさんはタオルを握ってもじもじしていたが、はっきりと言った。
「ヨッちゃん、ごめんなさい」
ヨスコさんは目を逸らした。サリーさんは思い切ったようにヨスコさんの手に触れた。
「本当はわかってる、ヨッちゃんがどれだけ私を思ってくれているか。それなのにわがままを言って、本当にごめんなさい」
ヨスコさんはうつむき、答えた。
「サリー、私こそごめん。あなたがベラのことが大好きで、さびしがっているのをわかってるのに」
「ヨッちゃん、お願い、そばにいて」
「サリー、大好きよ」
2人とも泣き笑いのような顔をして、ぎゅっと手をつなぐ。俺は女の子の仲直りを見てほんわかとした気持ちになった。結婚もしていないのに、もうお父さんの心境だ。
「ヴィオは?」
「これから謝るの」
「きっと大丈夫。私もヴィオも、サリーが大好きなんだから」
頑張ってね、とヨスコさんが微笑む。サリーさんもうなずいた。
「おやすみ、クロノ。ありがとう」
去り際、ヨスコさんは俺にも声をかけてくれた。さっぱりした顔をしていて、ほっとした。
「このお礼は明日の訓練でね」
しかしその後扉が閉まる直前付け加えられたひと言に、俺はうう、と重い気持ちになった。
サリーさんはまた俺の背中に隠れた。
「ヨッちゃんはすぐに怒るけど、本当はヴィオが一番怖いの。本当に反省してるってヴィオを納得させない限り、笑ってるのに許してくれないの」
それは怖い。俺はその盾にされているのか。
ヴィオさんの部屋を訪ねると、ヴィオさんもやはり驚いていたが、後ろのサリーさんを見るとにっこりと微笑んだ。
「まあ、仲良くなったのね。見せに来てくれたの?ありがとう、よくわかったわ。おやすみ」
「ヴィオ!」
扉を閉められそうになり、サリーさんは慌てて前に出た。
「あの、さっきはごめんなさい!」
「さっき?何のこと?」
ヴィオさんは微笑んでいる。心当たりがないのではなく、反省している内容が正しいかどうか言わせるための質問だ。怖い。
「あの、私が、わがままを言って」
「どんなだったかしら」
「ベラは……もうあの部屋には戻らないのに、クロノに意地悪を言ったり」
「そうね。それから?」
ひとつ正解したようだ。サリーさんはタオルをぐにぐにと握った。
「私のことを心配してくれるヨッちゃんやヴィオより、ベラの方がいいって言ったり」
「それはサリーの自由よ。好き嫌いは理屈じゃないものね。私は悲しいけどね」
正解ではなかったようだ。サリーさんはますますタオルをもみくちゃにした。
「そう、ヴィオとヨッちゃんが悲しむようなことを言ってしまったわ。私のことなんかどうでもいいって、投げやりに」
ヴィオさんはようやくふっと力を抜いて、微笑むのをやめた。
「そうよ、サリー。私は私の大好きなあなたが、自分をそんな風に言うのがとてもつらいわ。何度も教えたでしょう、あなたを大切にして、って。私もヨッちゃんもあなたが姫だから大切にしているんじゃないのよ。お願いよ、わかって」
「うん、ごめんなさい」
「好きよ、サリー」
ヴィオさんは嬉しそうに笑って、サリーさんを抱きしめた。
「ヨッちゃんには謝れた?」
「うん、許してくれた」
「良かった。私もヨッちゃんもサリーが大好きだから、ケンカしたままじゃよく眠れなかったわ」
ヴィオさんの豊かな胸の中で、サリーさんは私も、と恥ずかしそうに答えた。俺はまたほんわかした。
「じゃあもう遅いから休みましょう。お風呂の順番もあるものね」
俺ははっとした。俺の時間は決まっているからいいけれど、みんなの入る時間が短くなってしまったんじゃ。
「大丈夫よ、私たちはその時は一緒に入っちゃうから」
俺の心配を見透かしたようにヴィオさんが言う。俺は思わずそれを思い浮かべてしまいそうになり、慌てて頭を振った。サリーさんが俺を不思議そうに見上げ、ヴィオさんがおかしそうに笑う。
「どうしたんですか、クロノ?」
サリーさん、そこは聞かないでほしい。言葉に詰まる俺に、ヴィオさんはふんわりと微笑んだ。
「ありがとう、クロノ。あなたがいてくれてよかったわ。これからよろしくね。おやすみなさい」
ヴィオさんはそれからサリーさんにも頬を寄せて挨拶し、また明日、と笑顔で扉を閉めた。
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