第2話 おおきなケーキ ~あなざあ~
ある王国に4人のお姫様がいました。
4人のお姫様はそれぞれある力を持っていました。
王国の中央にある塔で、4人の内の誰かが過ごすと国に変化があるのです。
暑くなったり、寒くなったり、実が実ったり、花が咲いたり。
そう、季節を操る力です。
お姫様達が順番に塔で過ごす事で王国は平和な日常を送っていました。
そんな王国には王子様が1人いて、お姫様達と仲良く暮らしていました。
そんなある日のことです。
王子様がお姫様達にケーキを買ってきました。
いつも塔で王国のためにがんばっているお姫様達に何か御褒美をあげたかったからです。
今は冬のお姫様、ローレンシアが塔で過ごす時期。
でもほんの少しの間なら塔から出ても大丈夫なので、塔の前の広場で皆でお茶会することになりました。
夏のお姫様、マーガレット、秋のお姫様、ララ、冬のお姫様、ローレンシア、春のお姫様、フェミナが嬉しそうに広場で待つマーク王子の元へとやってきました。
お姫様達が揃うのを見て、マーク王子がお姫様達をテーブルへと誘い、今日のために用意したケーキを取り出しました。
ローレンシアは思う。
(あのケーキ、1つだけ大きくはないでしょうか・・・)
マーク王子が用意したケーキ。
真っ白な綺麗さがありながらも、ホイップでデコレートされたショートケーキ。
美味しそうな苺がその赤色で、より白さを際立たせているショートケーキ。
あの苺。あれが問題です。なぜ1つだけ大きいのでしょう。そしてなぜ苺なのでしょう。
やれやれ、王子はまた、やらかしましたね。前に私達を同列で扱うようにそれとなく注意したというのにまだ分かってません。
1人だけ特別に扱われると他の3人が拗ねると分かってないのは頂けません。
ほら、皆、お互いを牽制し合っています。
マーガレットは思う。
(ふふ、見える。見えるぞ。フェミナ、君の動きが!)
そう、今私はフェミナとどちらが先にあの1つだけ大きなケーキを取るのかを競い合っている。
奪い合いなどという醜い争いを王子の前で見せるわけにもいかない。だけどあれだけは譲れない。
この中でわたしと同じ素早さで動けるのはフェミナ、君だけだ。君を制すればあのケーキを制する事が出来る。
さあ、隙を見せるといい。その時に素早くあのケーキを取って見せよう。
ララは思う。
(不利ですわ)
フェミナはともかく、運動神経抜群のマーガレット相手にあのケーキを死守するのは困難です。
でも私は技巧派。マーガレットとフェミナが牽制し合っている隙をついてあのケーキを取ればよいのです。
それまでは下手に動かずに。下手に動こうとすればマーガレットが先に動いてしまいます。
フェミナは思う。
(ああ。王子、あれは私の為ですね)
程よく柔らかそうなホイップで包まれた真っ白なケーキ。その上にたった一つ乗せられた苺。
余計なものなどついていない。あの苺の赤が王子の愛情。そうに決まっています。
なら誰にも譲れません。だって遠慮すれば王子への愛を疑われますもの。
ええ、たとえマーガレット相手でも負けるわけにはいきません。
ですが、王子の前でマーガレットと取り合う姿を見せるわけにもいきません。
もしあのケーキを落としてしまったらそれこそ大変な事になります。
マーク王子は思う。
(あれ?皆このケーキ好きじゃなかったっけ?)
いつもは皆喜んで、大抵はマーガレットが先にケーキを取るのだけども、今日はやけに静かだ。
なにやら皆で見つめ合っているようでケーキに手を伸ばさない。
このケーキでは嫌だったのかな。
マーク王子がそう思っていると、不意に伸びる1つの手がケーキが乗っている皿の1つを取った。
「あ」
マーガレット、ララとフェミナは思わず言ってしまった。
ローレンシアが、皆が気にしていたあのケーキの乗る皿を取ったのだ。
あのローレンシアが。他の誰よりも鈍いローレンシアが取るまさかの行動に3人は驚き、動けなかった。
ローレンシアは鈍い。運動も、恋愛も。本当に王子が好きなのかよく分からない言動をしたりとあまり外からその感情を、その表情からも読み取らせない。
だから3人は動けなかった。ローレンシアはいつも最後にケーキを取っていたからだ。
(やれやれ、王子。これ以上は庇えませんよ)
ローレンシアは皆が見つめる中、ケーキの先端を割り裂き、口へと運んだ。
ホイップの軽やかさと程よい甘み、スポンジの確かさも絶品です。確か王国でも随一のお店だったかしら。では苺も名高いあの苺ですね。
だからこそ問題です。至高の一品すぎて特別な事を王子はわかっていません。
本当、王子には困ったものです。
軽く溜息をつきながらもローレンシアは王子を見る。
王子はケーキを食べながらも自分を見つめるローレンシアににこやかに笑みを返した。
(だからそれが不味いというのです)
ローレンシアは心の中で思わず呟いた。
どうにも王子は女性の機微を分かっていない。普段はそつなくこなすものの所々に粗が出る。
それがまた大きな問題につながるところが実に王子らしい、とローレンシアは思っている。
そんなローレンシアを見ていたマーガレットとララは、仕方ない、という表情を浮かべながらもケーキへと手を伸ばした。
だがフェミナだけは違った。
(ローレンシア・・・。それ・・・あなた・・・王子・・・一番大きい・・・)
恋愛に関しては多感な春のお姫様、フェミナ。譲れない事がある。
皆一緒。それは初めに決めたルール。でもやっぱり王子には良く見て欲しい。
そんなフェミナの気持ちは揺れ動き、ある行動を取る。
「ローレンシア・・・、ひどい」
そう言い残してフェミナは走り去った。
フェミナの突然の行動に驚いたマーク王子はその後ろ姿に声をかける。
「フェミナ!?どうしたの?」
その言葉に答える事なくフェミナは走り去って行った。
呆然と眺めるマーク王子を気にせずマーガレット、ララ、ローレンシアは仲良くケーキを食べている。
ローレンシアはちらりと王子を見て思う。
(それもまた間違いです。王子)
フェミナが走り去ったお茶会から数日が経ちました。
昨日がローレンシアとフェミナが交代する日だったのだがフェミナは来ませんでした。
(やっぱり来ないわね。フェミナ。さて、王子はどうするのでしょう)
どうせ王子の事だから執務に追われてあの後フェミナの事なんか忘れているに決まっています。
マーガレットやララも数日もあればフェミナの機嫌が治ると思っているに違いないわ。
ああ、でもね。違うの。フェミナにとっては重要な事なの。
ああ、なぜ王子はそれがわからないのでしょう。
そんな日の昼に王子はマーガレットとララを連れて塔へとやってきました。
塔の前の広場でまたお茶会をする事になったのです。
(ああ、またフェミナがどう思うか。でもこればかりは避けられないのね)
などとローレンシアは思う。
恐らくは今ごろは遠見の水晶球でこちらを見ているでしょう。
なぜならここに王子がいるから。
王子はお姫様達3人をテーブルへと招き、今日はクッキーを用意していました。
(ああ、こんな日に割れものなんて。王子。あなたはなんて罪深いのでしょう。せめて一口サイズのものにすれば良かったのに)
王子のそんな性格は良くも悪くも働く事を知っているローレンシアはそれ以上は考えない事にしました。
そんなローレンシアの思いなど気付かない王子はお姫様達3人に話しだします。
「ララ、どうしてフェミナは来ないか知らない?」
(王子。あなたという人は)
ララは心の中で溜息をつく。なぜ自分達はこの人を愛してしまったのかと思う時がある。
それでも愛してしまったのだから仕方がない。
時折、この王子は不意をつく。
あれは図書館での事。勉強をしている時にふと顔を上げるとそこには黙って微笑む王子の笑顔。
あれは部屋に入る時。さも当り前という雰囲気で、先に歩き扉を開けてくれる。
あれは体調を崩した時。誰よりも早くに王子が気付いてくれた。
そんな王子だからララは王子の為を思いこう言いました。
「そんなの決まってます。王子が迎えにいかないからです」
王子は予想だにしていなかった返事に驚きますが、マーガレットもローレンシアでさえも頷いています。
王子にはなぜそうなるかよくわかりませんが、彼女達がそう言うからにはそうなんだろうと思う事にしました。
そんな王子にマーガレットは言いました。
「本当はローレンシアに行ってもらった方が良いと思うんだけどローレンシアは今は塔から離れられないから。私達も行くから。ね、王子、お願い」
マーク王子はよくわからないながらもフェミナを迎えに行く事にしました。
(どうしてわたし抜きでお茶会をして平気なの!)
それを見ていたフェミナはなんとも悔しい気持ちになりました。
それに王子。なぜ貴方様はあの時追いかけてくださらなかったのでしょう。
わたしの事などどうでも良いのでしょうか。
ああ、追いかけてくださらなかったからわたし、戻るに戻れませんわ。
どうやってマーガレットやララ、ローレンシアに会えと言うのでしょうか。
王子、わたしの事なんて本当にどうでも良いのでしょうね。
ああ、今更来てくださってもわたし、会えませんわ。
でも・・・
あれはそよ風の気持ち良い日。穏やかな日差しが良く似合う笑顔で話しかけてくれた。
あれは庭園での事。花言葉を添えて花束をプレゼントしてくれた。
あれは二人きりの事。惜しげもなく愛の言葉を紡いでくれた。
あの時の王子の姿が目に焼き付いて離れません。
王子。なぜあなたは追いかけてくださらなかったのでしょう。
フェミナはただただ王子との日々を思い返し過ごしていました。
マーク王子、マーガレットとララの3人はフェミナを迎えに行き、ローレンシアは塔でお留守番になりました。
そんなマーク王子率いる一行がフェミナの居る城へと向かう途中、王子一行の前にフェミナの領地の兵隊が立ち塞がりました。
兵隊達は言います。
「王子さま。この先へは行かせません。どうしても行くというならこのパイを受けてもらいます」
そうなのです。兵隊達はホイップクリームがたくさん塗られたパイを持っていたのです。
さあ、困りました。マーク王子はパイで汚れたままの姿でフェミナに会うわけにもいきません。
かといって、強引に通ろうとすればパイで汚されてしまいます。
マーガレットとララはひそひそ話をします。
「あれね。フェミナが恥をかかされたと思っているのね」
「そうね。だから王子も顔を汚されてしまえ、って事なんでしょうね。でも王子を汚させるわけにもいかないわ。余計拗れるもの」
「ええ。フェミナだってそんな王子見たくないに決まっています。だって王子はいつだって王子様らしくいてくださらないと困りますもの」
「その通りだわ。ではここはわたしの出番かしら」
マーガレットは思う。
あれは太陽が輝く暑い日。男勝りなわたしを王子はけなす事なくむしろ褒めてくれた。
あれは乗馬の練習中。風の中を二人で駆け抜けた。
あれは果樹園での事。熟れた果実をわたしの為に取ってくれた。
そんな王子だからマーガレットは王子のために動こうと決めます。
ですが先に王子が言いました。
「わたしはフェミナに会いたい。どうあってもここを通る」
そう言って前に進もうとした王子に対して、兵隊達は王子の顔めがけてたくさんのパイを投げようとしています。
「あぶない!」
マーガレットは王子を庇い、前へ出ます。
パイはなぜか運良くマーガレットを避けました。
「ここはわたしにまかせて王子は行って」
マーガレットは飛んで来るパイを避けながら、兵隊達にパイを投げ返します。
兵隊達はマーガレットの行動に困った顔をしながらもパイを投げ続けます。
マーガレットの言葉に聞いて、王子とララはその間に兵隊達から離れてフェミナの元へと急ぐ事にしました。
王子とララはフェミナのお城に辿り着きました。
そして、王子とララの前にフェミナがいます。
フェミナはすこし遠い所で王子を待っています。
王子が歩きだそうとすると、ララが王子を止めてこう言いました。
「ララが先に歩きます。何かあっても王子は気にせず行ってください」
王子はよくわからないながらも頷いてララの後に付いていきます。
ララは物を良く見る事が多いので、ちょっとした違いを見付けるのがうまいのです。
そんなララですが今回ばかりはうまくいきませんでした。
突然ララの足元が開き、落し穴に落ちてしまいました。
ララはその穴一杯に入った苺ジャムで胸から下を濡らしてしまいました。
(やっぱりね。苺で出来た距離。フェミナらしいわ。ちゃんと胸まで浸るようになっているところもフェミナらしいわ。わたしの場合、もう少しで首までだけど)
でもララは気にしないでこう言います。
「王子は行って」
ですがフェミナと王子の間にはジャムの池があり、ジャム塗れにならないとフェミナの元に行けそうもありません。
(そう、なら、多分あれね。フェミナも王子を憎めないから置いてあると思ったわ)
するとララがあるものを指さします。
そこにはスポンジで出来たクッションがありました。
「多分あのふわふわで飛び越えられる」
ララの一言を信じて王子はスポンジクッションの上で跳ねてみると、ばねのように大きくジャンプしてジャムの池を飛び越える事が出来ました。
王子は心配しながらもフェミナの元へと急ぎます。
王子が来た事でフェミナはうれしそうにしています。
(ああ・・・王子。来てくださったのですね。さあ、お言いになってください)
「フェミナ。迎えに来たよ。一緒に行こう」
フェミナはそれに答えません。
すると追い付いたマーガレットとララが、王子に目線を向けながらこう言いました。
「ローレンシアはああいった事にはあまり気付かないの。悪気はなかったの。許してあげて」
「そうよ。それに一番王子に心配してもらったのはフェミナよ。もういいでしょう?」
(そうね。ここまで来てくださったんですもの。気付かないところも王子らしいわ)
ようやくフェミナは答えました。
「王子。皆一緒にしてくれる?」
王子はフェミナに答えます。
「もちろん。皆大事な僕のお姫様だよ」
フェミナは花が咲いたような満面の笑顔で王子にこう言います。
「じゃあ、もう一度、皆でケーキを食べましょう。ローレンシアも一緒に」
そうして同じ大きさの苺のケーキを皆で食べて仲良く過ごしました。
皆満足した後にフェミナは塔に入り、王国に春が訪れました。
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