15話 アルス・テルドロッテの決意表明

 アリーナ内空中でアクロバティックな軌道を描く2頭の竜。

 地上でシムルと火竜カエデによる肉弾戦が繰り広げららていた最中さなかうえではソラヒメとアルスの駆る翼竜カマイタチによる空中戦が繰り広げられていた。


『ハァッ!』


 体内で光粒子を圧縮し、雷撃音と共に放たれるソラヒメのブレス。

 その雷状に拡散しながら放たれるブレスの雨を急旋回、急停止を繰り返して回避するのは、アルスの駆る翼竜カマイタチだ。


(中々器用に避けますね)


 ソラヒメは内心驚いていた。

 まさか真竜とは言え、ワイバーンに自らの放つブレスをこうも容易く避けられるとは思っていなかったのだ。

 真竜ともなればタダのワイバーンとは格が違うとは感じていたがここまでとは。

 いや、翼竜の飛行能力が高い事は確かに予想外であったのだが、ソラヒメは翼竜そのもの以上に翼竜に跨っている騎乗者アルスに興味を示していた。

 雷の間を縫う様に操竜するなど、どの次元の神業かみわざか。

 全く、初日にここで手合せした時あっさり蹴散らせたのは一体どのような冗談だったのだろう。

 あのドラゴンライダー、アルスは相当な手練れである事を今更ながらソラヒメは認識する。


「次は、こちらから征くぞ星竜!」


 翼竜の輪郭がブレる。


『!』


 否、ブレる様に見える程早く動いたのだ。


「貰った!」


 アルスの声と共に自らの左下から竜巻状に渦巻く翼竜のブレスが放たれる。


『フン、甘いですね......ッッ!?』


 羽ばたいて急上昇。

 ブレスはソラヒメがいた場所を何事もなかったかのように通過するのみだ。


『なっ、コレは...!?』


 しかし、ブレスを上手く避けた筈のソラヒメは驚愕を隠しきれなかった。

 何故なら今のブレスについてソラヒメはその手で砕くつもりでいたのだが、それは叶わず咄嗟に避けてしまったからだ。


 通常、翼竜のブレスはワイバーン4種の放つブレス中で最も威力の低いとされており、それは星竜ソラヒメの甲殻を貫通するには余りにも脆弱な代物である。

 よってその翼竜が真竜になったとしても、そのブレスは地上の火竜程大した脅威にならない筈であり。

 警戒すべきはアルスの魔力解放による合体魔法フュージョンバーストのみになる、それがソラヒメの先程までの認識だった。


 一体どの様なカラクリが隠されているか分からないが、あのブレスの威力はワイバーン4種中、最も魔力を持つとされる地竜のブレスを優に上回る威力を誇っていた。


「まだまだ征くぞ、星竜!」


 アルスの操竜により高速でこちらの周囲を高速で旋回しながら再び竜巻状のブレスを放つ翼竜。

 3対6枚の飛膜の利点を生かしきり高速移動する翼竜はその起動力すら並みのワイバーンを軽く上回る。


『ワイバーンが、小賢しい真似を!』


 しかしながら、ソラヒメは竜種の最上位である竜王の娘たる竜姫だ。

 先程のブレスには驚かされたが、いなしきる事は容易い。


 ソラヒメは翼竜に向かってブレスを放ちつつ、翼竜に向って回転回避バレルロールを行う様に飛行。

 翼竜のブレスの弾幕を速度を活かして掻い潜り、アルスへと詰め寄る。


「クッ!」


 不利を悟ったアルスは一旦攻めを完全に捨て、回避行動に移る。

 アルスは一度ひとたびの攻め時を失った事を歯噛みする思いであったが、実際の所彼女が取ったこの行動は正しかったと言える。

 生憎、ブレスの打ち合いともなれば星竜の追随を許す竜種はこの世に存在しない。

 そのまま撃ち合っていたらアルスは間違いなく翼竜共々墜とされていただろう。


 アルスはソラヒメから繰り出される雷撃の嵐を潜り抜けながら、再び攻撃に転ずる機会を待つ。


 空中で行われる一進一退の攻防。

 そこに終止符を打ったのは、地上からの爆発音だった。




 アルス地上へ視線を落とすが、土煙で何も見えない。


 視覚は地上についての如何なる情報ももたらさなかったが、聴覚は観客席から上がる歓声を確かに捉えていた。

 模擬戦デュエル開始前にシムルに煽られた学園中の生徒達が、熱狂的に声をあげていた光景が脳裏をよぎる。


 これはつまり...そんな事が。

 アルスの心は最悪のケースを否定したがっていたが、彼女の優秀な頭脳は既に状況を冷静に把握していた。


 土煙が晴れる。

 火竜カエデが下された姿と共に、こちらを見上げてきたシムルと目が合う。


「そんな...馬鹿な」


 彼は何者なのか。

 概念干渉ノーネームの力はそれ程までに凄まじいのか。

 暫く呆気にとられていたが、シムルが右手の中指を立てて来た事で我に帰る。


「そうだ、貴様が誰であろうと関係はない。

 貴様はローナスの名に泥を塗り、生徒達の将来みらいを大きく妨げようとしている」


 生徒代表の名において、必ずやシムルは粛清しなければならない。

 高貴なるローナスに突如として現れた唯一の汚点。

 現状においてローナスの品格が疑われる唯一の欠点。

 それがシムルだ。

 卒業を半年後に控えた当代ローナスの卒業生達どうきたち

 その約束されたも同然の輝かしい未来は、ローナスの品格が保持される事によって生み出されるものだ。

 生徒とは謂わば、学園の作り出す「同一規格の製品」であり、学園の名が高ければ高いほどその製品の品質は高くなると言える。

 例えば、大きな企業の製品なら良い品質の物を購入できる、そう人々が考えるのと同じ様に。

 王立ローナス学園卒業生を誘致する王宮や企業も、ローナスの生徒であれば安心して採用できると考えて卒業生を王都の職場へと迎い入れるのだ。


 しかしこのローナスが誇る最大の強みを、突然現れたシムルが粉々に叩き壊そうとしている。

 ローナスへと星竜を攻め込ませ、その上大貴族の嫡男に手を上げ暴行事件を起こした張本人。

 また、このアリーナ内が今現在そうであるように、生徒達の規律を乱す存在とも言い換えることができる。

 シムルが起こした問題は1つ1つがこのローナスにおいては前代未聞、空前絶後の大事件だ。

 どの様な理由であれ、それら1つ1つが世間からのローナスへの信頼を失いかねない、あってはならない事だ。

 先代達が次代のローナスの学生へと受け継いで来た何にも代え難い宝とも言える王宮や企業からの確かな信頼。

 生徒達が何代にも渡って大切に守り抜いてきたそれを、シムルは何事もなかったかの様に破壊しようとしている。

 もしこれ以上の問題が起きようものなら、本当に取り返しがつかないだろう。

 また、その影響は当代の卒業生だけでなく、その後に続くまだ見ぬ後輩達にも影響を及ぼすだろう。

 これ以上ローナスの名が失墜する事など、あってはならない。


 消えるべきだ。

 シムルはここにいてはならない。

 如何に力が伴おうと、品性がまるで足りない。

 何故学園長は未だにシムルが学園ここに居ることを許しているのか、理解が出来ない。

 私は間違いなく正しい。

 この論理ロジックには蟻の子1匹すら入り込む余地はない。

 私には学園代表としての正義がある。

 生徒代表の名において、あの山猿には負けられない。

 負けるはずがない。

 背負っているものが違うのだから。


「やはり、貴様だけは許せん!

 当代ローナス生徒代表として、ここにいる全てのローナス生徒とまだ見ぬ後輩達の将来みらいを賭けて」


 そう、負ける訳にはいかない。

 絶対にだ。


「必ずや貴様を討つ!

 征くぞ、シムル!!」


 必ずやシムルを倒し、その行動を改めさせる。

 ローナス生徒代表、上級首段生アルス・テルドロッテは倒すべき敵について再認識し、再びシムルへと接近すべく翼竜カマイタチを操竜した。

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