14話 爆炎の真竜

「この試合に、必ず勝ぁつ!

 そして、勝った暁には必ずお前に告白してやんよ、テーーーラァァァァッ!!!!」


 会場中にシムルの絶叫が木霊する。


「「「ワァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」」」


 それに応えるように湧き返る生徒達の声。

 その中には


「必ず代表に勝って告白しろよ、この色男!」

「クゥッ、最高だあの転入生!」

「テーラちゃんと幸せにな!」


 といった声も混ざっていた。

 クラスや食堂で聞いた様なシムルを敬遠する声は丸でない。

 まさかシムルがこのタイミングで想いを伝えてくるとは思わなかった。

 それ以上に、あんな態度を取ったのにどうして好いてくれるのかが分からない。

 それにいつからシムルは私の事を想ってくれていたのか。


 唐突な事だらけで頭と心がぐちゃぐちゃだ。

 それでも嬉しい。

 とっても嬉しい。

 だから。


「ちゃんとテルドロッテ代表に勝って、キチンと告白しに来なさい」


 ソラヒメ様の事は許してあげるから、今度は私にちゃんと構いなさいよ。

 そう思ってテーラはシムルの勝利を祈るのだった。




翼竜カマイタチ火竜カエデ!」


 アルスが翼竜カマイタチ火竜カエデをそれぞれ素早く操竜。

 アルスを乗せた翼竜カマイタチは翼竜の本領を十全に発揮できる空へと舞い上がり、火竜カエデは地上に残って身体中の魔力結晶を発火させる。


 業火纏う火竜のその姿は正に、地獄からの使者と呼ぶにふさわしい。

 先制攻撃として灼熱の業火をソラヒメとシムルに見舞うべく、体内のコロナに凝縮させた真竜特有の膨大な魔力をブレスとして放出せんとする。


 ドラゴンライダー同士の戦闘において、戦闘開始時に相手のドラゴンライダーの使用魔法が分かっていない場合、基本的に竜のブレスによる牽制を重ね、相手のドラゴンライダーの力量を探る所から闘いは始まる。

 この流れは当然と言えば当然なのだ。

 ドラゴンライダー同士の戦闘で最も避けなければならないのは、相手によるドラゴンライダーと竜との合体魔法フュージョンバーストの直撃である。

 また、この合体魔法フュージョンバーストはドラゴンライダーの力量により威力や特性が大きく変わるので、ドラゴンライダーの力量を見極める事は勝負を分ける大きな要因となる。

 よって、お互いに魔法はここぞと言う時まで隠し切る事がドラゴンライダー同士による戦闘での鉄則だ。

 では、魔法を使わずどうやって相手にダメージを与えるか?

 消去法で結果だけを言えば、竜のブレスを使うのだ。

 竜はその外見上の特徴により、どのような種類でどの様なブレスを吐き出すかが凡そ判明する。

 つまり、ブレスは隠す必要がほぼ皆無である貴重な攻撃手段なのだ。


 今回の模擬戦デュエルにおいて、戦闘序盤で最も重要なブレスの先制権を獲得したアルスはこれ以降も戦闘を優位に進めるだろう。

 例え相手が星竜だとしても、真竜2頭を従え先制攻撃権をも手に入れたアルスは手数と物量差で優位に立てる。

 それはアリーナ内にいる全員の共通認識だった。


「ソラヒメ!」


 しかしながら、火竜カエデがブレスを放出するモーションをかけると同時に。


『はい!』


 ソラヒメはブレスを回避するどころか体を回転させ、シムルを火竜の前に投げ飛ばす。


 火竜の口から炎が迸る。

 その口は人体など容易く焼き尽くす地獄の釜の入り口だ。

 それを真正面から見据えてなお、シムルの表情には一点の恐怖すらない。


「さぁ、行くぜ!

 nearly equal!!」


 魔法陣を右腕に展開、大きく振りかぶる。

 目標はーーー生徒代表パツキンと同じく無駄に高ぇその鼻っ柱だ!


 シムルの詠唱と火竜カエデの口からブレスが発射されたのはほぼ同時だった。


真竜咆哮ネオバーストッッッ!」




「なっ!」


 アルスは驚愕した。

 あの星竜は何を考えているのか。

 火竜カエデのブレスを飛んで回避するのではなく、自らの主人を灼熱地獄に叩き落とそうと言うのか。


火竜カエデ、やめ...!」


 シムルの事が気に入らないとはいえ、アルスとて殺めるつもりは毛頭ない。

 ブレスを止めるよう遠隔操竜。

 ...間に合わない。

 操竜術により火竜カエデの体内に魔力をすみずみにまで送り込んでいるアルスには、火竜カエデの状態が手に取るように分かった。

 最大限まで魔力の溜められたコロナからはブレスが既に発射寸前だ。

 シムルは数秒の後に、灰すら残さずこの世から消える。

 それは確定となった。


 その、逃れられぬ死の定めをーーーーー


「nearly equal:真竜咆哮ネオバーストッッッ!!!」


 ーーーーーアルスの目の前で、シムルは詠唱と共に搔き消した。


「!?」


 再び驚愕するアルス。

 魔力がぶつかり合い、この世の法則を破壊するかのような爆音と共に目の前で拮抗する真竜のブレスとシムルの魔法。

 あり得ない。

 先日も暴走したワイバーンを2頭を単身で沈めたと噂されていたが、幾らなんでもこんな事が起こり得るのか。

 いや、起こり得ない。

 真竜のブレスは星竜でさえ防ぐ事が難しいとされる。

 それを如何なる魔法を使えたとしても、人間1人が止められる訳がない。

 いや、よく見ると僅かではあるがシムルが押しているように見える。


「これは...一体......!?」



 アルスは現状、目の前の光景について「あり得ない」の一点張りで片付けようとしているが、それはある意味正しいと言える。

 何故なら、常識的に考えてあり得ないモノは目の前に現れても常人ならば「あり得ない」と言うしかないからだ。

 人は自らの常識の範疇で物を考え、行動する。

 理解を超えたもの、それに対して人は「あり得ない」と言う判断を下すのだ。

 それは今回の場合も然り。

 人と真竜の力の差、質量の差はこの世の法則がどう頑張ってもひっくり返りはしない。

 それが常識である。


 ...だが、常識もまた誰かによって提唱された所から始まる、世の人に最も支持されている「仮説」に過ぎない事をアルスはこのとき知りもしなかった。

 いや、今まで常識が常識である事を疑いもしなかったが故の落とし穴に嵌っていた。

 それに加えてアルスは目の前の出来事に目を奪われて大切な事を忘れている。

 シムルの使う魔法は概念干渉ノーネームの一種。

 存在してはいるものの証明も説明もできない、よって名前すらない異端中の異端。

 また、証明も説明できないとはつまり裏を返すと。


 それは我々の知るありとあらゆる常識から外れていると言うことであり、概念干渉ノーネームについて唯一語れる言葉であると言う事だ。

 それをアルスが認識するのは、もう少し後の事である。




「ハァァァァァァァァ!!!」


 火竜のブレスを受け止めて数十秒。

 ついでに翼竜の上に鎮座ましましてやがる生徒代表パツキンが惚けた顔でこっちを見つめてから数十秒。

 へっ、お前なんざに見られたって嬉しかねーよ。

 どうせならテーラにだな...「ビキビキッ」

 クソッ、体が軋む音は何度聞いても慣れねぇな。

 筋肉を通して骨が湾曲する感覚が伝わる。

 先日このまえと同じだ。

 竜のブレスを人の身で受ける代償。

 それをこの世の常識ほうそくとやらが俺の体を壊す事で俺自身に払わせようとしている。


「クソがっ、しゃーねーかッッ!」


 これを使うと言う事は俺の肉体は竜のブレスに耐えられないと言う事であり、己の未熟さを遺憾なく公表すると言う事だが。


「チッ...くたばっちまったら、何にもならねーからなぁ!!!」


 更に魔力を解放、魔法陣を右腕だけではなく体全体を覆う様に展開。


「nearly equal:竜骨格ドラゴスケルトン!」


 詠唱と同時に魔法陣の力でブレスを吐いている火竜の体を解析スキャン

 その体の身体性能の近似値ニアリーイコールを、潰れかかった俺の体にゼロコンマ秒で叩き込むーーーーー!


 骨格の素材そのものが作り替えられる。

 断線しかけていた腕の筋繊維が再生する。

 全身の筋肉そのものの質、皮膚の強度、再生能力。

 更に視力を始めとした5感全てが人間の範疇を超えていく。

 体に力が溢れる。

 人間の体、その概念は尽く塗り替えられ。

 今この場においてシムルの体は人ならざる領域へと到達する。


「ーーーーよし、トバすぜッ!!!!!」


 火竜の体の耐久性及び身体能力を瞬時に獲得した俺は、このまま火竜を押し切れると確信した。

 現にジリジリと少しずつではあるものの、真竜咆哮ネオバーストは火竜のブレスを押している。

 後はこのまま火竜がガス欠になるのを待つだけだ!


「させるか!」


 俺の意図を読んだ生徒代表パツキンと翼竜がこちらに向かって飛来する。

 チッ、もう少し惚けた顔を晒してくれると思ってたんだがな。

 でもお前は少し焦りすぎだ。

 重要な事を見落としているぜ。


『シムル、こちらは任せてください!』


「くっ、翼竜カマイタチ!」


 ソラヒメの放った雷撃ブレスを回避する為に再び空へと舞い上がる生徒代表パツキンと翼竜。

 そうだ、この決闘は何も1人でやってるんじゃない。

 俺には頼れる相棒が付いてる。


「ソラヒメ!

 暫くそっち任せた、こっちは任せろ!」


 それを聞くや生徒代表パツキンを追って空へ舞い上がるソラヒメ。

 さてそんじゃ、とっととソラヒメに加勢する為に本格的にヤりますかね。


「オッシャァ!」


 魔力を更に解放、右腕に魔法陣を2重展開。


「nearly equal:加速真竜咆哮ブースター・ネオバーストォ!」


 真竜咆哮ネオバーストの元となっている火竜のブレス、その威力の近似値を更に+側へと調整。

 その結果、真竜咆哮ネオバーストは火竜ブレスを2割程上回った魔力量を放ち、火竜を圧倒する!


「食いやがれやァ!」


 そのまま火竜の顔面に加速真竜咆哮ブースター・ネオバーストを叩きつける。


『グァァァァァァァァ!!!!』


 爆発による煙が火竜を取り囲む。

 最早この戦いは人間と竜との戦いというよりも、竜と竜との戦いといった方が正確だろう。

 当初は予想もしていなかったであろう手痛いダメージに火竜が悲鳴をあげる。


 いや、声を上げたのは火竜だけではない。

 アリーナの観戦席からも驚嘆の声が上がり、誰もが概念干渉ノーネーム使いシムルの戦闘力に圧倒されていた。



 観戦席から漏れる感嘆の声を聞きつつ、倒れた火竜を見ながら俺は思いを巡らせる。


 そうだ、これが俺の扱う概念干渉ノーネームの正体、nearly equal。

 この力は物質、魔力を問わずにこの世に存在するものの強度、重さ、保持するエネルギー等全ての情報の近似値を俺に伝え、加える事ができる。

 そもそも近似値ってのは、数字の世界で言うところの+か-の誤差を含んだ似たり寄ったりの数の事だ。

 だが誤差は誤差でも、ほんの少しでも大きい方がほんの少しでも小さい方に勝つ、それがこの世のルール。

 単純な話、相手の魔力やエネルギーよりデカい誤差かずを使える俺は力比べで必ず勝てるって訳だ。

 この魔法は自然エレメント系でも、ましてや物理フィジカル系でもない。

 そもそも、今の真竜咆哮ネオバースト竜骨格ドラゴスケルトンに使った膨大な量の魔力はどこから現れているのか。

 実際の所、魔法陣を解放する程度の魔力しか消費していない俺にはさっぱりだ。

 どこからか魔力が召喚されているのかもしれないな、くらいにしか分からない。

 既存の魔法2要素に入らず、使っている俺すらこの魔法について詳しい説明が出来ない。

 だからこそこの力は概念干渉ノーネーム、説明不能な異端の力の一つという訳だ。



『グルルルル...』


 おっと、火竜はまだオネンネしてなかったらしい。

 流石はソラヒメが気をつけろとか言ってた真竜って所か、ただのワイバーンと比べて中々タフだ。


 魔力結晶は所々かけたりヒビが入っているが、まだまだやっこさんはやる気全開みてーだな。

 寧ろ先程までよりも体中から迸る炎が大きくなっている気がする。


「主人と同じくキレやすいこった」


『グォォォォォォ!』


 俺の挑発が通じたのかは分からないが、火竜がこちらに向かって飛翔してくる。


「おっと」


 ヒョイっとかわす。

 火竜の身体機能の近似値を体に組み込んでいる今、俺の体は人間大の体に火竜並みの筋力が備わっている状態だ。

 何のひねりもない突撃を軽く躱す程度造作もない。


『グォォ!』


 だがそれは火竜も織り込み済み。


「チッ」


 この野郎、ブレスが無駄だと判断して近接で来やがったか。

 突進を交わして距離を取ろうとしてももべったり張り付いて来て、魔力結晶から発火している尾と爪で攻撃してきやがる。

 その上魔力結晶そのものもイイ感じにトゲトゲしてて中々に面倒だ。


「うっとおしいっつの!」


 右から振られる尾を体を逸らしてミリ単位の差で躱し、そのまま地面に向かって尾を殴りつける。

 バキンと言う破壊音が手に伝わり、魔力結晶共々火竜の尾が折れる。


『グァァァァ!』


 火竜が怯んだ一瞬の隙を突いて火竜へと肉薄。


「食いやがれや!!」


 火竜の筋力が備わった体で連撃を繰り返す。

 顎、喉、胸元。

 あらゆる生物に存在するそれらの弱点を、火竜の体から受け継いだ筋力を遺憾なく発揮し神速とも比喩できる速度で1発1発殴り込む。

 腕越しに火竜の骨格にヒビが入る感触が伝わり、火竜が苦悶の声を上げる。

 しかしながら、ダメージを受けているのは何も火竜だけではない。

 それを暫く続けた所でブシュッと言う音と共にシムルの両拳から血が噴き出す。


「チッ、拳が砕けたか」


 魔力結晶の棘を纏った超高温の甲殻を拳で砕こうとした代償として、俺の腕は傷と火傷でズタボロだ。

 それでも。


「構わねえ、お前は今ココで沈めてやんよ!」


 今の俺の体は人間の限界を超えている。

 常人ならうめくほどの傷を受けたとしても、耐久性にモノを言わせて十分活動できる!


『グォォォォォァァァァァァァァ!』


 だが火竜もる者、勝ち逃げは許さない。

 それは主人を想う覚悟からか。

 多大なダメージを負いつつも最後の力を振り絞り、自爆覚悟で俺へと超至近距離のブレスを繰り出そうとする。


 確かにこの距離では魔法陣の展開がギリギリ間に合わないかもしれないが。


「そんな手なんざ今更食うか、甘ぇんだよ!」


 ブレスの予備動作を見た俺はバク転して火竜の頭上へ。

 そのまま流星の速度で拳を振り下ろし、火竜の頭をアリーナの地面へと叩きつける。

 火竜の頭が地面へと激突し、アリーナの地面に大きくヒビが入る。

 そして火竜の頭が地面にめり込むと同時に火竜体内のコロナより発射されるブレス。

 地中へと発射されたが為にどこにも逃げられないブレスの高密度魔力エネルギー

 それは俺が火竜から飛び退いた一息の後。

 火山の噴火の様に、火竜の直下で大爆発を起こすという形で大気中に放出された。


「はぁ...はぁ...。

 今度こそ、一丁、上がりだぁ!」


 空に向かって両手を伸ばす。


「「「ウォォォォォォォォ!!!!」」」


 火竜を下すと共に観戦席から上がる歓声。

 1対1で真竜を下したシムルへ会場中からエールが送られる。


 本当にこの会場中を味方にして正解だった。

 これだけ派手にやったんだ、そうじゃなきゃ今頃どういう反応だったのか分からねぇ。

 黒く焦げた火竜を横目に見る。

 火竜の方も、まさか自分のブレスで死んでは無いだろう。

 呼吸しているのが確認できる辺り、最後に頭を殴った衝撃と続く爆発の衝撃で脳震盪でも起こって気絶したか。


「さて、お次は生徒代表パツキンと翼竜だな」

 ‪

 ニヤリとしながら空を見ると、ソラヒメと対峙している生徒代表パツキンと目が合う。

 まさか火竜が俺単身に沈められると思っていなかったのか、その顔は驚愕を示していた。


「オイオイ、まさか火竜が沈んだだけで終わりって訳じゃないだろ?」


 中指を立てながら挑発する。

 この距離では何を言ったか伝わってないだろうが、生徒代表パツキンの表情は模擬戦デュエル開始時と同じくあっという間に憤怒のそれへと変わった。

 おう、やる気になってくれたみたいで何よりだ。

 何たって俺はまだ、お前に対して。


相棒ソラヒメを馬鹿にされた借りを返してねぇかからなぁ!

 覚悟しやがれ!!!」


 生徒代表パツキンに向かって吠える。

 俺の逆鱗に触れた落とし前はきっちりつけてもらおうか。

 さぁ、第2ラウンドと行こうぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る