王都の学園に強制連行された最強のドラゴンライダーは超が付くほど田舎者

八茶橋らっく

プロローグ 王都の学園に強制連行された田舎者

 豊かな自然と、様々な動物……果てはモンスターと呼ばれる獣までもが闊歩する、ユグドラシル王国の辺境、セプト村付近。

 人々が生活する村とは少し離れた、山中にて。

 魔力稼働式の魔法車が荒れた山道を移動している所から、物語は始まる。


「ここ一帯は、確かクローフィボアーの縄張りのすぐ近くです。一度戻って、遠回りをした方が良いですよ!」


 そう魔法車を運転する役人二人に進言するのは、深い青色の髪を肩まで切り揃えている少女、テーラだ。

 クローフィボアーは山一つを縄張りにする巨大な猪である。

 大木の様に太い牙を活かしたその突進は、テーラ達の乗る魔法車など、いとも容易く粉砕するだろう。

 クローフィボアーに出くわしたら、命が幾つあっても足りない……そんな危機感を持ちながら、テーラは役人達を説得しにかかる。

 しかし、テーラの進言を馬車で言う所の、御者の位置に座りながら聞く役人二人の顔は苦い。


「ですがテーラさん、我々は様々な苦労をしてここまで来たのですよ?」


「そうです、ここは無理をしてでも急いだ方が……」


 ――そんな呑気な事言っている場合じゃないわよ!


 役人達の反対意見に、テーラは内心苛立ちを感じていた。

 王都勤務の役人二人には、山の主であるクローフィボアーに全く馴染みがないので、こういった反応をしても仕方が無いとはテーラも頭では分かっている。

 だが、昔セプト村に住んでいたテーラには、クローフィボアーの恐ろしさが骨身にしみていた。

 一刻も早くこの付近から離れるべきだと、テーラの心は警鐘を鳴らす。


「確かに学園長からは早めにシムルを探してくるよう言われていますが、この一帯を護衛も無しに進むのはやはり危険すぎます。やっぱりここは戻って……」


 テーラが急ぐ役人達を制するが、次の瞬間に事態は急変した。


『ブォォォォォォォ!』


 どこからか、ただし、すぐそばから聞こえた獣の鳴き声に、テーラは顔を青くする。


「この鳴き声……! 嘘!? もう縄張りの中なの!?」


「や、やはりここはテーラさんの言う通り、撤退するべきですね……!」


「ええ、その方が……!」


 野太い咆哮に、役人達の顔も青くなる。

 役人達が魔法車を方向転換すると同時に、彼らの来た道に赤い体毛の巨大な猪……クローフィボアーが、道の横に自生する木々をへし折りながら現れた。

 そして案の定、テーラ達の乗る魔法車を自らの縄張りへの侵入者として認めるや、間髪を容れずに突進を仕掛けてきた。


「あぁぁぁぁぁ! 何でこんな所で出くわすのよ!? も、もうダメーーーーー!」


 クローフィボアーに狙いを定められ、更にその素早い突進を回避することも出来ずに棺桶と化した魔法車の中、テーラの絶叫が響く。

 だが、その絶叫をかき消すほどの怒号が魔法車の外に響き渡る。


「待ちやがれ俺の夕飯! 逃げるんじゃねぇぇぇぇぇ!!」


 怒号の主が木々の間を搔い潜りながら、魔法車とクローフィボアーの間に割り込む。

 その姿を見て、テーラの瞳が見開く。

 短く切り揃えた髪に、赤めの瞳の少年だ。

 テーラが昔会った時よりもかなり背は伸びているが、テーラが見間違えることは無かった。


「なっ……! シムル!?」


 クローフィボアーの前に立ちふさがったのは、誰であろう……今回の遠征で、テーラと役人達が探しに来たテーラの幼馴染、シムルであった。


「よお、また会ったな。今度は逃がさねえ!」


『ブォォォォォォ!』


 シムルを視界に捉えたクローフィボアーの突進が一層加速するが、シムルは構えを取り。


「おらァァァァァ!」


 クローフィボアーを突進の勢いを利用し、自分よりも数周りも大きいその巨躯を下から掬い上げるようにして投げ飛ばした。

 その光景を間近で見ていたテーラや役人達は、クローフィボアーの巨体が宙を舞う光景を驚きのあまり凝視していたが、クローフィボアーがドスン! と地面に落ちる音と共に我に返る。


「ふう、これで今日の夕飯は確保出来たな。これで相棒も喜びそうだし、わざわざ追って来た甲斐があったぜ。……さて、そこの変な馬車みたいなものに乗ってるあんたら、けがはないか?」


 地面に叩きつけられて気絶しているクローフィボアーを満足そうに眺めた後、シムルは魔法車に乗る三人へと声をかけた。


「え、ええ……。助かったわシムル、ありがとう」


 テーラは魔法車から降り、シムルに礼を言った。


「ん? 俺の名前を知ってるのか。アンタ誰だ……って、その髪……まさかテーラか!?」


 久しぶりに現れた幼馴染に、シムルの目が丸くなる。


「そうよ、覚えていてくれて良かったわ」


 王都に行った筈のテーラが何故こんなところに居るのか、あまりの驚きから、シムルがそれを問いただそうとしたその時。


「さて、失礼しますよ」


 テーラの後ろから役人二人が出てきて、シムルの両脇をがっちりと固めた。


「ちょっ、いきなり何すん……」


 訳の分からなさにシムルがひと暴れしようと考えた瞬間、テーラから待ったがかかった。


「シムル、暴れないの。アンタにはこれから王都に来てもらうんだから」


「お、王都だと!? いきなり何なんだよ!?」


 事態が全く読めず慌てるシムルを見ると、テーラは追い打ちをかけるように声を上げた。


「アンタこそ一体何をしたのよ!? 王都の役人さん達が直接動くなんて、普通じゃないわ!」


 テーラの一括に逆に怯んだシムルを尻目に、役人達はずるずるとシムルを引きずり、魔法車にシムルを押し込む。

 するとテーラもシムルの横に乗り込み、シムルの鼻先に指を突き付けた。


「いい? 絶対に暴れないこと。……いいわね?」


「良い訳あるか! 事情を説明しろよ! と言うかあの猪! せっかく捕まえたのにどうするん……」


「諦めなさい!」


 ――いきなり現れたと思ったら本当に何なんだよこいつ!?

 シムルが困惑している間に、事態はどんどん動いていく。


「テーラさん、出していいですか?」


 御者席に座った役人が、テーラにそう確認する。


「ええ、出してください」


「おいおい待て待て! 少しは俺の話を聞けって。それに馬がいないのにどうやって移動するんだ!?」


「大丈夫よ。この乗り物、魔力稼働式の魔法車だから」


「何訳の分からないことを……おうっ!?」


 ――動き出した、本当に動き出したぞこの馬なし馬車!?


 シムルが魔法車の窓から急いで顔を出し、回転している車輪を見て驚愕する。

 それを見たテーラは、ふふんと胸を張った。


「びっくりしているわね。これが王都の最先端の魔道具よ!」


「お、おう……いや、そうじゃない」


 窓から首を引っ込めたシムルは、現状を客観視しようと努力する。

 シムルからしてみれば未知の魔道具に、それを丸い円盤を操作して動かしている役人達。

 そしてテーラから唐突に発された王都出発宣言。


「……は?」


 どう考えても混迷を極めているとしか言えない状況の中、それらを全く飲み込めないシムルが言えることはただ一つだった。


「誰か、詳しい説明をしてくれーッ!」


 こうしてシムルは、抗う間もなく王都に強制連行された。


 ***


 遥か昔。

 人々が竜に怯えながら生活していた頃。

 とある若い竜が怪我を負い、とある草原へと落下した。


 付近の村に住んでいたとある少年は、その傷だらけの竜を見つけるや否や、甲斐甲斐しくその竜の世話をした。


 竜は最初、その少年を警戒し食い殺そうとしていたが、少年の優しき心に感服して一切の攻撃を加えなかったという。


 数月の後、竜は少年に礼を言い去っていった。



 それから約10年。

 少年は立派な青年になり。

 また、竜が人の世に本格的な進行を始めた。


 しかし、それを阻むのは一体の竜。


『何故だ、何故我らを阻むのだ竜王よ。

 我らとかの下等な者どもは決して相容れないと知っているはず。なのに何故』


『私は知っている。

 私達と同じく熱く燃える血が彼らには通っている事を。

 また、我々に負けない位暖かな心を持つ者も居るのだという事を。』


『ならば竜王、あの地を這う愚かな者共々、貴様も滅ぼしてくれるわ』


 千を超える竜の群れが竜王へと迫る。


 さしもの竜王といえども、全てを倒し切ることはできず、ひとたびの撤退を強いられた。


 そして再び、あの草原を目指した。

 竜王が人の世を守る事を誓ったあの草原を。

 そうして再び相見えた青年と竜王は、お互いの力を合わせて竜の大群を退けた。


 竜に跨り天翔るその姿、正に一騎当千の英雄也。


 これが、この国に伝わる昔話。


 こうして竜の大群を退けたその青年は英雄、ひいては王となり、竜王と出会ったその草原に、国を建てたのだと言う。


 青年と竜王が建国し、人と竜が歩み寄る事を目指したその国は、こう呼ばれた。


 人竜国家(ユグドラシル)と。



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