想像を絶する暴力。




 実に十ヶ月ぶりだろうか。いや、十一ヶ月ぶりかな? どっちにしろ、懐かしいとは微塵も思わないけど。


 巨大で重苦しい扉を無理やり開くと、中には白と銅が煌めくコロシアムで、その中心には奴がいる。


「おひさ〜、元気してる〜?」


 磨き抜かれた銅板が煌々と反射する、この広大なフロアはただ一頭の為だけに用意された空間。


「斧ちゃんをお前の前任ドラゴンのお尻に持ってかれた仕返しに来たよ〜」


 私達がフロアに踏み入れ、奴が起きる。


 カロカロと喉を鳴らしながら、きっと矮小な存在が挑み来たと笑ってるんだろう。


「じゃぁ、はじめよっか」


 ◇


 藤乃プティルお母さん白乃ニクス真緒がコロシアムを駆け抜ける。


 私とナイトの仕事は、二人に対する致死性の攻撃だけを選んで威力を殺す事。


 防ぐ事はしない。助ける事はしない。ただ、即死だけは避ける。


 あとは二人の仕事だ。ここまでのパワーレベリングで二人もポーション類はドロップしてる。インベントリにしっかりと回復薬がある状態だ。


 即死だけを防いでれば、あとは二人が自分の判断でアイテムを使って回復し、自分の意思で戦闘を継続する。


「凍っちゃぇぇええええッッッ……!」


 白雪を地面に吹き付け、そのまま空中に向かってうねる氷のレールを形成したニクスが勢いのままに宙を滑る。


 銅竜が細い蛇の氷像がごときニクスのレールを叩き割ると、ニクスはすぐさま銅竜の体からでもレールを形成し、絶対に銅竜から離れない。ニクスが選んだ戦術は弩級のインファイトだった。


 なぜなら…………、


「……ィぐぁッ!?」


 たった少し、ほんの僅かでも攻撃が掠っただけで崩れそうになる。直撃などしようものなら、取り返しがつかない。


 だからこそ、ニクスはインファイトを選んだ。


 より危険だけど、これしか無いのだ。だって、一度距離を置いてしまえば、白雪を使う為の魔力が切れた時点で何も出来なくなる。巨大な体から繰り出される攻撃の長大なリーチによって、もう二度と近付けないから。


 だからニクスは止まらない。駆け抜けて、飛び回り、白雪を駆使して逃げ回る。


 銅竜が振り抜いた腕が、その指先の鱗が僅かばかり掠っただけで吹き飛ばされかけて、しかしそれでもニクスは走る。


 ナイトが守ってるお母さんの方を見れば、どうやらヒットアンドアウェイを繰り返してるらしい。


 視線を戻すと、ニクスは戦斧を短く持って、白雪を纏わせながら銅竜を斬り裂く事で体の内部から『停滞』の付与を狙う。


 お母さんも紫電を似たような使い方で銅竜に何かしらのデバフをかけてるみたいだ。


「ありゃぁぁぁあああああああッッ!」


 良い。思ったよりも、ずっと良い。


 ちゃんと戦えてるし、戦い・・にな・・って・・


 ニクスが攻めるタイミングに合わせてお母さんも方天戟ほうてんげきを銅竜に叩き付け、紫電をスパークさせてダメージを稼ぐ。


 しかし、だがしかし…………、


 化け物とは、化け・・物だ・・から・・化け・・物と・・呼ば・・れる・・のだ・・


 --コルルガァァアアアアアッッ……!


 まるで、銅竜は「もう充分だ」とでも言うように、ドプッと頬を膨らませ………………、



 

 次の瞬間、地面に向かって特大のブレスを吐いた。


 


 轟音、豪炎。


 自らを起点に大爆発の様な炎を起こした銅竜は、その結果に得られた戦果・・に満足したらしい。嬉しそうにカロカロ鳴いて笑ってる。


 白雪レールを使って三次元的なインファイトをしてたニクスはもちろん、ヒットアンドアウェイの「ヒット」時にタイミングを合わされたお母さんも、この一撃で、たった一撃で…………、


 丸焦げになって戦闘不能へ陥った。


 いやらしいのが、致死性の攻撃だと私とナイトがインターセプトしてたのを理解して、今回の攻撃はあえて死なない程度に加減されたブレスだった事だ。


 ダメージさえレベルアップの糧になるダンジョンでは、過度に痛みをいとうと弱くなる。


 だから私もナイトも、大事なお母さんとニクスが傷を負う事自体を止めなれない。その傷も成長になるから。


 だから、だけど、気に入らない。このやり方は気に入らないぞ。


「…………まぁ、4対1のこの状況で、内二人もがサポートに回って舐めプしてたら、そっちだって気に食わないって事だろうけどさ」


 銅竜は二人にトドメを刺さなかった。そうすると、私とナイトが動くから。


 無駄に賢しいな。モンスターの癖に。


「うん、良いよ。ろうか」


 もとより、そのつもり。


「ナイト。二人をお願いね。渡してあるポーションでゆっくり治してあげて。そこまでボロボロだと、急に治すと反動とか怖いし」


 生き・・た炭・・にされた二人を一瞥して、ナイトに託す。


「お待たせ。それと、改めて久しぶり。もしかして別個体になっても私の事覚えてる?」


 否定も肯定もしない銅竜を見る。


 ナイトは少しだけ巨大化してから、ボロボロの二人を咥えて銅竜の傍から離脱する。


 銅竜はその様子をただ見ていた。


 今手を出すと、私とナイトを相手に2対1が始まる。けど、ナイトを行かせれば私が銅竜と1対1タイマンを張る。


 ああ、何度も思うけど、いやに賢しいモンスターだ。


「でも、上等」


 お前が私を覚えてると言うのなら、お前がリベンジマッチを所望すると言うのなら。


「私だってッッ……!」


 今日はリベンジマッチのつもりで来てんだよッ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る