舐めてた。



 一言、私が何かを口にするなら…………。


 やっぱり、私は家族が抱えたトラウマを舐めてたんだと思う。


「良くも良くも良くもよくもよくもよくもよくも娘を娘を娘を娘を娘を娘を娘をナーちゃんをナーちゃんをナーちゃんをナーちゃんをぁぁああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ゛ッ゛ッ゛…………!」


「きえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえきえちゃえ…………」


 PTSDトラウマ。自らの手が届かない場所で、愛する姉・娘かぞくが三ヶ月もの時間を地獄で過ごした経験が、それをただ見ているしか無かった無力感が、明確な傷として家族みんなの心に刻まれてる。


 そんな人を、お母さんと真緒を、本物のゴブリンの前に連れて来たらどうなるか。


 改めて言う。私は舐めてた。


「…………どうしよっかな、これ」


 事が起きたのはダンジョンの入口…………、仮にダンジョンホールとでも呼ぼうか。ダンジョンホールに飛び込んでから数えて六分半。


 武装の確認を終えて探索を開始。そして最初のゴブリンに遭遇した瞬間、それが起きた。


 まずお母さんが突然、帯電した。


 不自然に紫色をした稲光。『紫電』と呼ぶにしても紫が過ぎるその電光で、二桁は居たゴブリンが消し飛んだ。


 効果の詳細は分からないけど、取り敢えず雷を操るスキルって事は分かった。


 多数のゴブリンが消し飛んだあと、次に動いたのは真緒だった。


 真緒が発現したスキルは少し分かりにくかったけど、あっという間に周囲の温度を奪っていく様子を見ると氷系の能力なんだと思う。


 白い霧のような物が真緒の体から吹き出すと、その霧に触れたゴブリンがそのまま氷像と化す。


 今日ここに、十一番目と十二番目の覚醒者が生まれた。


 現在は二人とも魔力の続く限り暴れてる最中で、もうそろそろダウンすると思う。


 私も経験したから分かるけど、覚醒時に爆発する感情って外から諭して止まるような物じゃない。発現したなら暫くは好きにした方が良い。


 私の蒼炎と違って、多分二人のスキルには魔力を回収する能力は無いはずだ。だからこのペースで暴れてたらすぐガス欠すると思う。そうしたら一旦二人を回収して帰還する。


 DMの帰還機能は基本的に自分用の物で、パーティリーダーが帰還したからってパーティメンバーも自動で帰還する訳じゃない。


 けど、物理的に接触しながら帰還を使えば一緒に帰れる仕様も存在する。これで意識不明者もちゃんと連れて帰れるのだ。


 二人が叫びながらモンスターを殺して行く様子を眺める。


 うん、覚えがある。心を閉ざした時の私と一緒。


 とにかく暴れて壊さないと、心が持たないんだ。


「とは言え、そろそろ勿体・・ない・・かな?」


 私は思う所があって、二人に小さな蒼炎を飛ばす。


 私の蒼炎は、私が燃やしたい物だけを燃やしてくれる。それとは別に、ドレイン効果は燃焼とは別枠だったりする。


「--っあ…………?」


「ふぇ……?」


 パタリ。魔力を使い切った二人がその場に倒れて、虐殺されてた無限湧きゴブリンがチャンスとばかりに家族へ向かう。


「調子に乗るなよ羽虫が」


 そこに、本気の蒼炎を投げ入れて皆殺しにした。家族に付けた小さな蒼炎とは違い、奪って焼いて殺す為の蒼炎だ。


 私の家族に何する気だクソゴブリンめ。ぶっ殺すぞ。…………もう殺してたわ。


「さて、まさか二人が覚醒するとは思って無かったから予定がひっくり返っちゃったけど、これはこれで良かったね。一旦外に出て休もう」


 まだダンジョン入りして一時間ほどしか経ってないけど、倒れた二人を担いでからアイズギアを使って自分のDMを立ち上げる。そのメニューから『帰還』を選んで、外に出る。


「はへぇ……、こんな感覚なんだね」


 私が銅竜を倒した時は気を失ってたし、転移もナイト任せだったのでぶっちゃけ経験として知らない。なので今回の帰還コマンドが初めての転移になる。


 足元が淡く光ったと思ったら、何やら体の感覚全体がふわふわとしてきて、そして足元の光が一瞬だけ強くなって視界を塗りつぶすと、次の瞬間には外に居る。


「ほぉ、一瞬だね。違和感も無いし、酔う感じもしない」


「わぅ」


「ナイトもおかえり。て言うかナイトの帰還ってどんな判定なの? 触ってないよね?」


 一緒に帰ってきたナイトの返事に、家族を両肩に担いだまま素朴な質問を投げ掛ける。


 ナイトって自分の端末持ってないのに、私に触ってなくても一緒に帰還してるんだよね。なんで? ナイトのスキルがそう言う物なの?


 ああ、そう言えばまだナイトのアカウント作成試してないや。やっぱりスキルなんだろうか? スキルなんだろうなぁ……。


「んー、どうしようかな。一回更衣室まで戻る? それともここで二人が目を覚ますのを待つ?」


「わぅ? ぉん!」


「ん、そだね。時間も有限だし。ここで待とうか。邪魔にならないように、ちょっとフェンスの近くまで行って…………」


 家族二人を担いで、ナイトを伴って帰って来た私は結構目立ってるけど、気にしない。


 ダンジョンホール周辺のエリアから離れないで、人の邪魔にならない場所を選んでインベントリから荷物を出す。


 私から吹き出す蒼炎が形を得るようにして取り出したアイテムは、まぁ普通の敷物だ。レジャーシートとクッションを出して、二人をシートの上に寝かせる。


 取り敢えず、これで良いでしょ。


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