私は転校するから、誰にも言えない恋を貫く。

二重人格

第1話

 私は誰にも言えない恋をしている……相手は同じクラスの男の子、水沢 翔太しょうた君だ。


 翔太君との出会いは幼稚園の頃。よく覚えてはいないけど、気づいたときには一緒に遊んでいた。家が近い事もあって、小学校の低学年の頃からずっと一緒に登下校している幼馴染だ。


 翔太君のどこが好きか? 漫画を読み終わった時や、友達と話していて、ふとそんなことを考えた時もあったけど、正直良く分からない。でも、一緒に居ると楽しいし、ついつい目で追ってしまう自分に気付いた時、これが好きって気持ちなんだなって思った。


 私はいま小学校六年生。あと半年で卒業という時期に私は──。


「えー……朝の会を始める前に、皆さんに悲しいお知らせですが、今月で笹原 麻耶マヤさんが転校します」


 朝の会で先生がそう告げた時、教室内がガヤガヤと騒がしくなる。私は何も悪いことをしてないけど、何だか後ろめたい気持ちになって、俯いた──でもこれじゃ、翔太君の顔が見られない。翔太君は……どんな反応をしているのだろう? 俯きながらも、ずっとそんな事を考えていた。


「──ということなので、皆さん。残り少ない時間ですが、お互い悔いが残らない様に楽しく過ごしましょうね」


 先生がそう言うと「はーい!」と、クラスメイトが元気よく返事をする。元気な返事を聞いて安心した私は、ようやく顔を上げた。


 チラッと斜め前にいる翔太君の方に視線を向ける。翔太君は両手で頬杖をかきながら、ボォー……っと、黒板を見つめていた。のんびりとした性格だから翔太君らしいなって思うけど、その表情から何も読み取れなかった。


 ※※※


 授業が終わり休み時間に入る。何人かの女友達は転校の事について聞きに来てくれた。でも翔太君は──私のところへは来てくれなかった。きっと恥ずかしがり屋の将太君のことだ。女子がいるから、来ることが出来ないのかもしれない。


 そう思った私は翔太君が話しかけやすいように、一人でトイレに行ったり、ゆっくり給食を食べたりと、一人の時間を作ってみた──それでも翔太君に動きは無かった。今は俯きながらブランコに乗って遊んでいる。翔太君……一体、どんな気持ちで過ごしているのだろう?


 ──放課後になり、私は帰ろうとランドセルを背負う。すると、ようやく翔太君が正面から近づいて来て「一緒に帰ろう」と声を掛けてくれた。


 私は嬉しくて笑みを零すと「うん!」と返事をして歩き始めた──校門を出て、いつものように並んで通学路を歩く。翔太君は何を思っているのか、俯いたまま黙って歩いているだけだった。


 ──転校の事、聞いてくれないのかな? ちょっと寂しい気持ちになる──別に焦る必要はない。今すぐ聞かれなくても、日にちはまだある……だけど、このままズルズル何も聞かれないまま、転校してしまうのはなんか……嫌。だって今の関係がここで終わってしまいそうだから。


 ──いっそ、私から話をしてみるか? そう思って口を開いた時、翔太君は立ち止まって、道端に落ちている魔法使いの杖のような枝を拾った。


 男の子って本当に、こういうの好きよね、と眺めていると翔太君はまた歩き出す。私が合わせて歩き出すと、翔太君は枝をクルクルと指で回しながら「──なぁ」と話しかけてきた。


「なに?」

「転校──何処に行くの?」


 やっと聞いてくれた……嬉しさで胸がいっぱいになった私は「西小学校だよ!」と、元気よく答えていた。


 翔太君は枝を動かしていた指を止めると、「なーんだ。県外とかじゃないのか」と言って、安心したかのように二カッと笑顔を浮かべた。


 翔太君も私と同じで、遠く離れたくない気持ちを持っていてくれていたんだね。だから不安でなかなか切り出せなかったのか……好きという気持ちからかは分からないけど、気持ちは繋がっていることは分かって、ニヤニヤが止まらない。


「うん! だから中学校は同じのはずだよ!」

「そっか、良かった」


 ──そこから会話が途切れる。翔太君はまた俯き加減で、落ち着かない様子で枝を指で回し始めた。


 翔太君、近くだと分かって安心したはずなのに、何がそんなに落ち着かないのだろう? そう思いつつも様子をみる──。


 しばらくして、枝を動かしていた翔太君の指が止まり、翔太君は「今日、先生から麻耶ちゃんの転校の話を聞いて、ずっと考えていたことがあったんだ」と話し出した。


「なにを考えていたの?」

「このままで良いのかな? って……俺さ、幼稚園の頃に女の子にからかわれていた時期があってさ。それから女の子が苦手で避けていたんだけど、麻耶ちゃんだけは話しかけてくれたから平気になってさ」


 正直、そんなことがあったのかと思うぐらい、まったく覚えてない。だけど翔太君にとってはそれが良い思い出として刻まれている様で、何だか嬉しい気持ちに満たされる。


「それからずっと一緒に楽しく過ごしてきたのに、それが終わってしまうってどんな感じ何だろ? って、今日一日、麻耶ちゃんと離れて過ごしてみたら──」


 翔太君はそう言うと持っていた枝を道端にポイっと捨て立ち止まった。私が立ち止まると、翔太君は真剣な眼差しで私を見つめる。


「凄く寂しかった……だから、このままじゃダメだって思って一緒に帰ろうって誘ったんだ。俺、君のこと──」と、頬を赤く染めながら、翔太君が切り出したとき、私はその先、何を言いたいのかピーンっと来てしまい、慌てて駆け寄り翔太君の口を手で塞いだ。


 翔太君は目を丸くして私を見つめる──そこから先は、私が誰にも言えない恋をしている理由に繋がる。そこにはまだ触れて欲しくなかった私は「──ごめん。そこから先は言わないで欲しい」と、お願いをして手を離した。


 翔太君はシュンっと悲しそうな表情を浮かべ「分かったよ……」と返事をする。


 私はその表情をみて、慌てて「あ、絶対に嫌ッ、とかじゃないから、えっと……なんていうか気持ちの整理がついてから聞きたい? そんな感じ?」と、返した。


「あぁ……そうか。もうすぐ転校だもんな。新しい生活に馴染めるか不安があるのに、いま聞く話じゃないよな」

「うん」


 翔太君は私の話を聞いて、直ぐに私の気持ちを理解しょうとしてくれる。でも、本当はちょっと違う。もちろん転校先での生活に馴染めるか不安な気持ちは持っている。だけどそれより、なかなか会えない日が続くと分かっているのに、いま翔太君の気持ちを知ってしまうと、いろいろ辛くなる気がして、聞きたくなかったのだ。


 だから私は中学になって翔太君と結ばれる日を夢見ながら、転校先の生活を送りたいと思って、誰にも言えない恋を貫いてきた。


 でも中学になったら、それを終わらせるつもりだ。そして──誰かに言える恋を始めたいと思う。だからそれまで「──ごめんね。同じ中学に通えたら聞くから」


「分かった」

「だから絶対、同じ中学に通おうね」

「うん」


 私は小学校低学年以来、握っていなかった翔太君の手をソッと握り、歩き出す。しばらく握っていなかった翔太君の手は、いつの間にか大きくて逞しくなっていた。


 私が翔太君に視線を向けると、翔太君は照れくさそうに、そっぽを向きながらも、手を振りほどくことなく黙って繋いでくれていた。


 ──久しぶりでも、優しさが伝わってくるような温もりは今も変わらない。正直、会えない期間があるから、気持ちが離れてしまうんじゃないかと心配だった。でも翔太君の手の温もりは、その不安を簡単に拭い去ってくれていた。


「中学になるの、凄く楽しみにしているからね」

「うん、私も」

「同じクラスになれると良いね」

「それね~……本当にそうなって欲しい!」


 私たちは期待に胸を膨らませながら、澄み渡る空の下、明るい気持ちで家へと帰った──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私は転校するから、誰にも言えない恋を貫く。 二重人格 @nizyuuzinkaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ