パズル

たぬまる

短編1

Aはパズルで遊んでいた。まだ六歳で、難しそうなパズルなんぞ解けずに、うつむいていた。Aは異常なほど集中していた。三十代の私でさえそんな集中は続かない。

私はホットコーヒーを飲み終えて、Aに話しかけた。悪気は無かったのだが、Aはムスッとこちらを見て、そのまま無視してうつむきはじめた。私は言葉選びが悪かったと心の中で反省しながら、空になったコーヒーカップを台所へ運び、丁寧に冷たい水で洗いはじめた。カップのそこの汚れは取りにくいものだった。

うつむいている私の後ろから、Aが小さな音を立て私の所へやってきた。水の音と重なり合って、微かにしか聞こえないAの音に耳を向けた。

「パパ。パズルのピースがなくなっちゃった。」

この子は忘れ物や無くし物が多い。私が六歳の頃は、そんなに無くし物が多かっただろうか。


僕はパパが何を考えているのかわからない。


二年ぶりに実家に帰ってきた。なんだか二人で顔をあわせるとあの頃を思い出す。いつも何を考えているかわからなくて、不安でいっぱいだったあの頃。お互いに歳をとったのだなと思う。お互いに舌の好みが一緒だったのか、アイスコーヒーをついで二人でソファーに腰をかけた。ふと、遠くを見ると、一つだけピースがないジグゾーパズルが飾ってあった。


「あのパズル、懐かしいよなぁ」


黄色い電車が描かれたパズルだった。小学生にしてはよく頑張って作っていたと思う。ただ、最後の一ピースだけが見つからなかった。色んな所を探したが全くなかった。


「あのピースどこに行ったんだろうね」


ちょっと考え込んで、ふと相手の瞳の奥をのぞいた。


「あぁ、わかった。あの時は見つからなかったけれど、今、こたえを見つけた。」

そう言いながら笑った。相手はどうも理解していないらしい。それもそうかと思う。


「よく聞いて。このピースはもともとなかったんだよ。なくて正解だったんだ。だって、無い方がこのパズルのことをよく考えてあげられるからね。」

そう言ってまた笑い合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パズル たぬまる @suzutamaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ