第15話 不都合な奴おりゅ?

勇者マシューはいよいよ魔王の待つ玉座の間に近づいていた。

マシューの住む国が突如魔王軍の攻撃を受けたと報告を受けて早2年。転戦に次ぐ転戦で長く1カ所に留まる様な事も出来ずにここまでやって来た。そもそもが魔王軍に攻められたというのがマシューにとっては突然の出来事でいつからそんな不穏な状況だったのだと思い返してみてもいまだにピンと来ない。知らせを聞いた直後に兵士たちに連れ出され最前線へと放り込まれたマシューはどういった事が原因で戦争になったのかすら知らなかった。

そんなマシューが暇を見つけてはあちこちに出向いて情報収集しようとすると何やらVIP扱いだという事で特別に用意された部屋で宴会騒ぎに巻き込まれてろくに調べる事も出来ないままにここまで来てしまっていた。何か行動しようとすると取り巻きが代わりに行動するので便利と言えば便利だが、戦場を移動してはまた部屋で騒いでまた戦場を移動する繰り返しはさすがにマシューも嫌気が差していた。


そしてどうにもうさんくさい。


自分の住む国だから侵略されたら守るのも当然だと思っていたマシューだが、戦場を転々とする内に、「ここって国内だっけ?」と思えるような風景の場所で防衛する機会が増えていく度に何かがおかしいと感じ始めていた。


そうしてとうとう流されるままに魔王城にまで来てしまったマシューだが、ここで問題が発生した。先ほど最弱の四天王と死闘を繰り広げた際に仲間の戦士ゴーワンが深い傷を負ってしまったのだ。腹に浅くない傷を受けたゴーワンは今は静かに横たわっていて、皆と一緒にマシューはゴーワンの最期を看取るつもりだった。しかしゴーワンはそんなマシューに対して何をしているのだと言わんばかり優しく叱り始めた。


「マ、マシュー。何をしている。さっさと行け。お前にはそんな事をしている暇などないはずだ・・・。俺の事など放っておいて・・・魔王を・・・倒すんだ。お前の足手まといになる事は望んじゃぁいないんだよ。俺に恥をかかすのか?さぁ、早く・・・行け。」


そんな最期の言葉を遺そうとするゴーワンに皆は涙ぐみ、マシューもとりあえずは合わせてみた。マシューから見るとどうにもうさんくさいというしかなく、『あれ、わざとじゃね?』と思えるようなやられ方をしていたゴーワンを目撃しているから尚更に今のゴーワンの姿を見てなんとも言えない気持ちになる。確かに仲間のヒーラーは『ゴーワンはもう手遅れ』だと言った。『でも本当に?』と言うのがマシューの正直な感想だった。


だからこう言ったのだ。



ゴーワンは上手く行っていると思っていた。そもそもが勇者マシューに付き添いでついていくという貧乏くじを引かされたゴーワンと仲間達は常日頃から愚痴を言い合ってはどうにかこの人柱の役目から降りたがっていた。確かに上層からはマニュアルの様なものを渡された。毎回そうやっているのだとか言われて仕方なくその機会が来る今日までにこやかに過ごしながら準備をしてきたつもりだった。

しかしそこに誤算があった。どうやらマシューも何かがおかしいと思っていたらしくここに来て態度で示し始めゴーワン達の思惑は狂ってしまった。マシューに疑問を抱かれない様に注意していたのだがどうやら誰かがしくじった様だ。

なぜ皆この役割から降りたがっているか。そんなものは簡単だ。マシューには敵が攻めてきたと言って誤魔化しているが実際はこちら側が攻めていて、いうなれば侵略者だ。そして単に国のトップが欲を出しただけ。そんなものに従わされたのではいくつ命があっても足りない。その上、実際に行動するのはゴーワン達だ。成功すればトップが利益を得てそのおこぼれがゴーワン達に、失敗すれば相手からは殺戮者などと呼ばれ味方からは役立たずと罵られる。そんなリスクの高いものなんてやりたがるはずもなく、だからこそ国のトップもマシューという人柱を用意して戦争を仕掛けている。


歴史に残る名はマシュー。マシューが侵略戦争で敵国の王を殺して奪った。


この事実が国のトップにも必要で、それに巻き込まれたくないゴーワン達には『引き際マニュアル』が手渡されていた。マシューが後戻り出来ない所で不慮の事故で一人また一人と脱落していく様にとマニュアルには書かれていた。

もちろんゴーワン達はそれに従うつもりだ。このままではマシューと一緒に歴史に名を残す。主に悪名、汚名として。そんなのは御免だ。だからゴーワン達には脱落していける様にそれぞれシナリオが用意されていた。


戦士であるゴーワンには致命傷を受けた振りをして取り残され、マシュー達は先に行く事で脱落する。マシューさえ居なくなれば用意した薬で応急処置して退散する手筈だ。

司祭であるジャネットは連戦の末にとうとう魔力が尽き、「足手まといになりたくない」と言いそれまでに脱落した者達を助けて脱出するというシナリオで退散する手筈だ。

盗賊であるエディは毒針の罠にかかった振りをして「激しく行動すると毒が早く回るからここで待っている。魔王を倒して迎えに来てくれ」と言って脱落する手はずだ。

皆が同じ方法で脱落していくと不自然だからある者は「ここは俺に任せて先に行け」と言ったり、「昔受けた古傷が・・・」などと古参のルースは言う予定らしい。

そうやって退散した後に国へと帰り、マシューには気づかれない様に裏で国から報酬を貰ってどこか田舎で余生を過ごす。皆そういった人生設計でここまでやってきた。


その予定がここに来て全て台無しになった。マシューの一言で。


「いや、ゴーワン。もう残る敵は魔王とその側近の四天王だけだ。ここまで一緒に来た仲間のお前の最期を看取らないなんて俺には出来ない。ここで少しの時間を使った所でもうそれほど変わらないだろう。敵軍は正門付近に集中しているだろうしこんな奥にまで押し寄せない。なぁ、皆、それで良いだろう?それとも何か不都合な奴おりゅ?」


チキショー、こいつ気づいてやがる!


ゴーワンは痛む腹に顔を顰めながら心の中で毒づいた。このままマシューに居座られたら退散どころか腹の傷で本当に死んでしまう。軽い怪我じゃあ退散出来ない。だからすぐには死なないが応急処置がなければ不味い事になるという丁度良い加減の傷をこしらえたのだ。中途半端なけが人を敵のど真ん中に放置なんてしないだろうからあくまで怪我が手遅れの様に見えないと駄目で、実際はまだすぐにはどうにもならないのを司祭のジャネットに演技して貰ったのだ。

このままでは本当に死んでしまう。ゴーワンはそう思いながら、チキショーコイツと怒りながらも顔に出すわけにもいかず、しかし痛みで怒りは再燃し、死ぬ前の悟った様な顔の演技と今にも眉間に皺が寄りそうな顔の間を百面相の様に行ったり来たりしてしまっていた。そんなゴーワンだが徐々に痛みが増し、「ア、アカン。これアカンやつや」と思いつつも誰かマシューを説得して先に行けよと心の中で必死に念じる。


周りの皆もマシューとゴーワンの会話を聞いてハラハラドキドキしながらもゴーワンの徐々に青くなる顔を見て冷や汗を垂らし、マシューを説得しようとするのだがマシューは梃子でも動きそうもない。早くしないとゴーワンがヤバイ。しかしマシューは動かない。ならいっそ全部ぶちまけてしまえばゴーワンは助かるのだがそうなると今まで隠してきた事情を全て白状させられる。多分マシューは全部聞き終えるまでここでじっくりと腰を据えて話を聞くだろう。そうなるともう収拾がつかず、しかし早くしないとゴーワンが本当に死んでしまう。


ゴーワンを見捨てるか全て白状するか。魔王などそっちのけで無情なカウントダウンがマシュー達一行に突き付けられた。但しマシューは除く。

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