第8話、外気を感じて目が覚めて、寒くもないのに身震いする



それから。

扉が声紋とか静脈とかで開いてしまう、魔法のような(シュンちゃんは魔法じゃないよって言ってた)『サンシャイン』という名の億ションめいた聖ジャスポース学園、留学生用の寮棟を出て。


両手をつながれたままという状態に、内心では慣れることができないまま、聖ジャスポース学園に向かっていた。



「えへへっ、ぼくね、一回こうやって手をつないで登校したいなって思ってたんだ」

「うんっ、あゆもだよ~」

「ははは。それは、光栄だなぁ」


本気で嬉しそうにそう言うシュンちゃんと亜柚ちゃんにオレは、苦笑いを浮かべつつも、ついて出た言葉は純然たる事実であった。

身長差のせいか、時計の針で言うところ5時40分みたいになってても、この両手に花状態が嬉しくないはずはなくて。



などと言いつつも。

この世界が夢うつつなゲーム……オレにとって右も左も分からない場所だとはいえ、はたから見たら引っ張られているというより、ぶら下がられているようなこの状態は、結構恥ずかしかったりした。

かといって、絶対放す気がなさそうな二人の手を、ほどくなんて真似できるはずもなく。

亜柚ちゃんにしろシュンちゃんにしろ、他の人にもこんな感じで馴れ馴れしい……いや、ちょっと違うか。

とっても距離感が近いんだよね。

そう思うと二人のことがなんだか心配になってくる。

何だか誰にでもへだてなく付いていってしまうんじゃないかって。


だからこそ逆にオレが手をつないでおけばいいよなって、自分の都合のいい判断をしていたわけなんだけど。

それよりも、オレには今更ながら考えなければいけないことがあった。


オレは、楽しそうに歌でも歌いだしかねないシュンちゃんと亜柚ちゃんを見やり、自分だけで考えていたも答えが出なさそうだと即決しつつそれを口にする。



「えっと、あのね? 今更訊くのもどうかと思っちゃうんだけど、これはげ……夢じゃないのかな?」


それは、今の両手に花な状況における気の利いた感想を述べているわけじゃなかった。


オレが暮らしていたところとは、微かに異なる潮の香りと、暖かさを持って吹き抜け突き抜ける風。

これからさらに全力で燃えようと照らす、夏特有の陽射し、坂道の向こうにゆらめく儚い蜃気楼。

ダイレクトに伝わる二人の柔らかでやさしい手のひら。


五感を刺激する全てのものが、夢じゃない、一人じゃないって唄っている。



シュンちゃんの下宿先(こういう表現をすると違和感があるのは何故だろう)で、色々やっている時に、気付けそうなものだけど。

さすがにこれだけ現実です本物ですって訴えられると、オレだって気付くよ。

そんなオレの言葉に、はじめに答えてくれたのはシュンちゃんだった。


「夢じゃないよ、現実だよ」


まるで自分にも言い聞かせているかのような、シュンちゃんの言葉。

その時シュンちゃんが一瞬だけ見せたのは、至上の喜びと、底の知れない悲しみが、一緒くたになったかのような微笑みで。


なんだか悪いことを訊いてしまったような気がして、オレの中で気まずくなっていると、しかしシュンちゃんはすぐに元の楽しそうな表情に戻って。

時計の針で言う5時55分の状態で引き攣るオレの腕をお構いナシにぐるぐると回転してくれた。


「あれれ? もしかして俊お兄ちゃん、ずっとゆめだって思ってたの?」

「いやあ、あはは。めんぼくない」


だって、あり得ないことばかりがが続くんだもの。

ゲームとかなら普通なのかもしれないけれど。

オレとしては、夢だと思っていなければ中々に信じるにはむつかしかった。


だって、異世界に召喚されたかと思ったら、ふたりの可愛い魔法使いな美少女にお願いを聞いてもらえます、なんてさ。

アニキなら、二つ返事にオッケーでーろんとか言いそうだけど。

いや、でもよく考えたらアニキはこの世界の神様みたいなものだから、そんな感じにはならないんだろうか。


「そうなんだぁ。あ、でもねでもね、サマンサママも、ここはゆめのような世界ねって言ってたよ」


脱力してうなだれるオレをなぐさめてくれるように、亜柚ちゃんはそんな事を言ってくる。


「さっきも聞いたけど、サマンサママさんって?」


亜柚ちゃんのお母さんかなと思っていたら、それにはシュンちゃんが答えてくれた。


「サマンサママはね、亜柚ちゃんが契約した召喚……あ、違う。魔精霊? あれ?ネクロマンサーの場合って何て呼ぶんだっけ?」


しかし、詳しい事は良く分からないらしく、愛想笑いを浮かべて誤魔化していた。

ネクロマンサーっていうのは何となく聞いたことがあるような気がするけど。


「サマンサママはねー、あゆたちがぴんちの時に、ぴゅーって助けてくれるおともだちなんだよ~」

「ふーん、そうなんだ。それなら分かりやすいかも」


そう説明されれば、オレでも何となくイメージが湧いてくる。


「それでね、サマンサママはほんとのママじゃないけど、ママっぽいからママって呼んでるのよ」


なるほど、オレの時のお兄ちゃんがどうこうと同じ理屈だな。

ん? 待ってよ。でもそれって亜柚ちゃんお母さん、そばにいないってことなのか?

まあ、話を聞けば留学してきてる(異世界から来たと言うオレにはピンとこないけど)らしいから、遠くにいるだけなのかもしれないし、中々すぐには信じられないけれど、二人共高校生らしいから、近くでお母さんが見ているような年でもないのだろう。


「サマンサママってすごく強いんだよ。ママの持ってる鉄扇は、あっつくて何でも溶け切っちゃうんだ」

「ふ、ふーん」


それはまた、おっかないママだな。

というより、それを何に使っているのか怖くて訊けないよ。

もしかして、そんな物騒? なフレーズが日常会話に出てくるのが異常じゃない世界なんだろうかここは。


二人の心配なんてしてる場合じゃないんじゃあって。

思わず身震いしてしまうオレがそこにいて……。 



    (第9話につづく)





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