神をも欺くもふもふと、夜を滑り舞う蠍
陽夏忠勝
第1話、赤と橙に照らされた世界で、夢醒めるための物語へ
きっとオレはまだ、本当の意味で夢を諦めていなかったんだと思う。
だからなのかオレは、気づけば夢を見ていた。
ずっと夢見ていた場所に、たった一人で、突っ立っていたんだ。
そこは、夜の煤けた都会の一角にある、明く紅く、色めく場所。
幼く、拙い誓いを立てた、あの場所。
『東京タワー』と呼ばれるところ。
「しけた顔してるねぇ。僕がせっかく連れてきてあげたと言うのに」
「ば……アニキ、なんでいるんだよ」
そこには、必死こいてブラックな冠婚葬祭的仕事に就いて、毎日死ぬ思いでいるオレのことを嘲うかのように自由すぎるくらい好き勝手生きている、自称ほぼニートな男がいた。
思わず馬鹿にアニキとルビをふってしまいそうな、目の上のたんこぶ。
何が楽しいのか、いつも幸せそうに笑ってることに、いつだって腹がたっていて。
オレが仕事の関係で家を離れたこともあって、ここ最近は連絡すら取っていなかったはずなのに。
何で夢なんかに出てくるんだよ。
っていうか、これは夢だろう?
そう、あれだ、明晰夢ってやつだ。
今オレは、確実にこれが夢だって自覚している。
連れてきたってなんだよ。
夢にまで押しかけてきて、一体何がしたいんだ。
そう思い、荒んでいると自分でも自覚している目つきで睨み付けると。
鈍感も甚だしいアニキは、そんなオレを全く気にした様子も無く、にこにこと笑みを浮かべつつ言葉を返してきた。
「なんでって、お前が呼んだんだろう。この夢に。お前がここに来たいって言うから、わざわざ車でここまで付き合ってあげたというのに」
「なんだそりゃ。わけわかんねぇ」
夢だって言ってる割には、どこか現実クサイと言うかなんと言うか。
変な夢だよ。
いや、まぁ。夢なんて元々整合性もくそもないんだろうけど。
「わけわかんねぇけど。まぁ夢だしな。で? なんでこんなとこにアニキと一緒なわけ?」
オレはこんがらがった頭のまま、同じような言葉を繰り返す。
繰り返しながらも、相手にするのも面倒臭いから、早く醒めないかなこの夢、なんて思っていて。
「ああ、うん。お前がここで大事な約束したってオクさんから聞いてさ」
「その呼び方やめろ。奥さんみたいで不愉快だ。っつーか、何聞いてんだよ。めんどくせえ」
あのヤロウ、余計なことを……ってコリャ夢なんだっけか。
今やオレと同じく夢を諦め新たな道を進んでいる親友の事を思い出し、いつも以上の悪態がついて出る。
「まぁまぁ、そう言わず。その約束さ、今からでも果たす気ないか?」
「今からって、馬鹿にしてんのか? んなの無理に決まってんだろ」
オレが夢を諦めた時点で、もうそんなものは何の意味も無い約束だ。
アニキだってそれを、分かってるだろうに。
いらいらする。
夢のくせに、オレの夢のはずなのに、なんでこんな不快な思いせにゃならんのかと。
「無理じゃない。僕は諦めてないんだ、僕の夢を叶えることを」
「またそれか、いつまでガキみたいなこと言ってんだよ」
アニキの夢は……と言うか、アニキは昔からちょっとどこかずれていた。
ピーターパン症候群とでも言えばいいのか、いくつになっても他人を巻き込んだ子供みたいな夢を語る。
アニキは作家として。
オレは俳優として。
弟はプロ野球選手として。
アニキの夢では、オレはアニキの映画化された作品で主演を勤めて。
そのPRもかねて、弟の所属する球団の主宰する始球式に出るらしい。
思い出しても馬鹿らしくなってくる。
オレも弟もとっくに現実を見てそれなりにやってるってのに。
未だそんな妄想を語るアニキの存在そのものが。
「いつまでって、そりゃ死ぬまでさ」
「あっそ。勝手にすりゃあいい」
オレを巻き込むな。
望むのは、ただそれだけ。
故に踵返し、早く夢から醒めないものかと、その場を後にしようとして。
「うん。勝手にするよ。『シュン』。お前には、夢を叶え約束を果たしてもらうために、ちょっとゲーム……旅に出てもらおうと思うんだ」
夢にしてもあまりにも突拍子なアニキのそんな言葉に、思わず足が止まってしまう。
「はぁ? ゲームぅ? またそれかよ。もうやんねえっつったろ」
アニキは昔からなんやかや物語を作っては、オレたちに強制的に参加させ、悦にいっていた。
最初は、つくーるとか言うゲームだったか。
それからええと、郵便冒険なんちゃらつったか?
マスターやってるから、キャラ作って参加しろってうるさかったな。
「まぁまぁ、いいじゃないか。これは夢なんだし。お前だって手早くすませて、夢から醒めたい、なんて思っているんだろう?」
「いや、まぁ。そりゃぁそうなんだけどさ」
夢なのに、ひどく現実的なアニキの言葉。
覚める夢って、今見ている夢のことだよな?
アニキに突き放すような態度を取っておきながら、心の奥底のどこかでは諦めていないのかもしれない夢のことじゃないよな?
なんて、訝しげに思いつつそう返すと。
ならば良し、とばかりにアニキは鷹揚に頷いて見せて。
「それならば始めようじゃないか。『G・フェイクファーとナイトグライダー』。そう呼ばれたり呼ばれなかったりする物語(ゲーム)を!!」
「なんだそりゃ、わけわかんねぇ」
などと嘯きつつも。
何故だかけっしてつまらなくはなかった、かつてやらされたゲームのことを思い出して。
「……っ!?」
何だかんだで少しばかりわくわくしていたからなのか。
そんな突拍子もないことを叫ぶと同時に。
文字通り飛んで迫ってくるようにも見えた光の筋の走った、随分と大きく見えるアニキの手のひらが顔面を打ち付ける勢いで迫って来るのが見えたけれど。
当然のごとくオレは。
それを成す術なく受け入れることしかできなくて……。
(第2話につづく)
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