JDが中学生男子を好きになったら駄目ですか?

mikazuki

第1話 17歳(私)と11歳(彼)

 髪の一本一本を慈しむ様に愛でるように撫でてくれる


 その一挙手一挙手が私に潤いと安らぎを与えてくれる


「今日もお疲れさまでした。楓さん」

「ありがとう、真ちゃん」


 好きな相手から膝枕をされながら優しく慰められる


 人によって幸せの水準はそれぞれだろうけどコレが女の子にとって大きな幸せの一つといっても過言ではないと思う。少なくとも私にとっては間違いなくこの瞬間が至福の一時だ。けれど残念なことに私と彼はまだ恋人関係に至れていない。出来る事なら今すぐにでも行動を起こしたい!関係を進めたい!


 …私こと高梨たかなしかえで大学生20歳で彼こと笠松かさまつ真吾しんご中学生14歳でないのなら




 彼の家とは親同士が高校の同級生で偶然家が近くな事もあり幼馴染のような関係だった。彼が小学生4年生の時に彼の両親が海外転勤となり彼を我が家で預かる事となりそれ以来一緒に生活する事となった。


 元々交流が多く、仲が良かったのもあって彼はすぐ我が家に溶け込んだ。しかしこの時の真ちゃんはまだ9歳の小学4年生で私は15歳の高校1年生。当然彼にそういった感情は欠片も持ち合わせておらず、彼にこんな気持ちを抱くことになろうとはあの頃は夢にも思っていなかった。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 彼と一緒に暮らすようになって暫く経ち私は高校三年生の頃、私は彼氏と別れる事となった。原因は相手の浮気だった。偶々次のデートに着て行く服を選びにデパートに行っていた時、運悪く他の女と歩いている彼の姿を目撃してしまった。


 目の前の状況を受け止めきれず色々と頭の中で言い訳を思い浮かべて必死に彼を擁護していると、彼の方から隣で一緒に歩いていた女の子の唇に口付けしていた。その光景を目にした瞬間に私の頭の仲は真っ白になった。


 それから無気力のままデパートを後にし、気付いた時には自分の家の玄関に突っ立っており、が心配そうにこちらを見つめていた。


「お帰りなさい」

「………」

「?」


 私が帰って来て出迎えたけど返事がなく、いつまでも動こうとしないから心配になったらしい。どうやら家に帰り付いた事で私の中のスイッチが切れてしまったようだ。


「何かあったの?」

「……大丈夫…だよ」


 自分でもびっくりするくらい枯れた声。年下のこの子には心配かけないようにと必死で表情を作ろうとするも頬が全然緩まない。頑張ろうとすればするほど本能的に忘れようとしていたデパートの彼のキスシーンが脳裏に浮かんで体が強張り心が拒絶した。


 その時の私に出来るのは無表情を貫き、今にも今にも溢れてきそうな涙を、年上の情けない泣き顔を小学生の彼の前で晒さないでいる事だけだった。


「でも、楓さん…辛そうだよ?」


 けれど真ちゃんは私に寄り添おうとする。心配で他の人よりも一段深く私の間合いに入ってこようとする。家族同然のような間からとはいえあの歳で他人に気を遣って寄り添う事が出来る。身内ながら本当に良くできた子だと思う。


 けれどその時只々一人になりたかった私にはその優しさが毒でしかなかった。そして踏み込んでほしくない領域に入ってこようとする真ちゃんに無性にイラついてしまった。


「いいからほっといて!!」


 その時一杯一杯だった私は無情にも心配してくれた彼を怒鳴りつけた。今までこれといって叱ったことすらない彼に、ただ私を按じてくれた6歳も年の離れた小学生にみっともなく八つ当たりしてしまった。


(私…最低だ)


「……お願い…そっとしといて」


 今思い出しても酷い話だが、『ごめんね』の一言を付け加える事すら出来ない程にその時私は追い詰められていて余裕がなかった。けどそんな私を彼は許さなかった。


「駄目!」

「手…放して」

「できない」

「離せっ!」


 荒くなる言葉遣い。今まで一度だって使った事のない荒々しい口調。短時間の間で自分という人間が壊れていくのが嫌でも実感させられた。私はその場に居たくなくて、一刻も彼を引き剥がそうとするが年下とはいえ彼も男の子。思いのほか力が強くて中々振りほどけず私は更に力を込めて腕を引っ張った。


 すると態勢を崩した彼の頭部が靴入れの棚の角にぶつかってしまった。鈍い音が聞こえてきた次の瞬間、彼の額から一筋の血が流れた。


 流石に正気を失いかけていた私も自分のしでかしてしまった事実に血の気がスウッと引いていき、私の心は悲しみよりも恐怖で埋め尽くされていった。


「…ご…っ……だ…!」


『ごめん!』『大丈夫⁉」


 咄嗟に駆け寄って言葉を掛けようとすした。しかし頭に色々と言いたい事は浮かんで来るけれどしでかしてしまった恐怖でそれを上手く言葉に出来ない。


(何か…何か!)


 もう完全にパニックでまともな思考など全くできなくなっていた。そんな私を突然何かが私を包んだ。顔を上げると真ちゃんがうずくまった私を優しく抱きしめていた。


「だい…じょうぶ」

「!」

「僕は大丈夫…だから」

「真ちゃ…」


 頭部の出血。本来泣いて転がり回っていてもおかしくない激痛。きっと痛くて痛くてたまらないであろうに私を安心させんとばかりに強がる彼に私は今日の出来事によって溜めこんでいた感情を抑える事ができなくなり、情けなくも彼の前で大泣きしてしまった。私が涙を流し続ける間彼は何も言わずに優しく私の頭を撫で続けてくれた。


 数分後家に帰って来き早々に玄関で血を流しているちゃんに仰天したお母さんが急いで病院へ連れて行った。


 その後私はデパートで目撃した件でもうやっていけないと彼に伝え別れた。彼は謝罪しようとはせず何とか誤魔化そうとしたり、有耶無耶にしようとしていたが私が断固として意見を変えない姿勢を取り続けていると最終的に開き直って酷い台詞を吐き捨てて去っていった。


 確かに億手で彼に歩み寄らなかった私にも責任の一因はあるかもしれない。けど浮気しておいてまるで悪びれる感じのない彼に流されなくて良かったと私は心底思った。


 しかし簡単には割り切れなかったり、元カレが根も葉もない吹聴してくるから学校中の噂となり余計彼との事を忘れにくくなる要因となった。そのせいで色々と陰口を叩かれ、その度に友達が注意したり励ましたりしてくれた。


 学校では友達に心配かけないように己を奮い立たせ『別に全然気にしてないよ』と気丈に振舞っていた私だったが、家に帰りつくと張りつめていた緊張の糸が切れて途端にため込んでいたモノが溢れるように胸が締め付けられた自然と涙がこぼれそうになった。


 もし一人だったのなら部屋に閉じこもり学校へも行かずに暫く引き籠る選択をしていたかもしれない。しかし…


「お帰りなさい楓さん」


 最悪の光景を目の当たりにした次の日から彼は必ず玄関で私を出迎えてくれるようになった。当然私の帰る時間なんて固定されているわけじゃない。それにも関わらず私が家の扉を開けると必ず慎ちゃんは笑顔で迎えてくれた。


 そして慎ちゃんの手に引かれるまま彼の部屋へ行き、慎ちゃんの膝に頭を乗せられ優しく撫でらた。一番弱い姿を見せてしまったからなのか、学校で精神を使い果たして取り繕う余裕がなくなってしまったのか。カッコ悪い事に一番見栄を張らないといけない相手である真ちゃんに対して私は学校のように気丈に振舞う事が出来なかった。


 真ちゃんは私の愚痴や嘆きを嫌な顔一つせず聞き、頭を撫ででくれた。最初は恥ずかしい思いもあったのだが元カレが質の悪い嘘を吹聴したせいで居心地最悪な学校での消耗しきった精神とそれを癒してくれる彼の暖かさが私の振りほどこうとする力を奪っていき、気が付くとなんの抵抗感も抱かなくなるようになっていた。









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