NTR系BSSの末に幼馴染を奪われ、恋に敗れた俺──。やるせない思いを立入禁止の屋上でブチ撒けていると何故か、言葉遣い激悪の『ちびっ子』が現れて『ボロクソ』に説教されてしまった件。

おひるね

好きだったのは、俺が先なのに


「燃えろ……燃えろ……燃えろ! 闇夜を照らして真っ赤に燃えろ!」


 二年半通った高校の校庭が燃える様は、非常に気持ちのいいものだった。


 特等席(学校の屋上)を陣取り、声を大にして空へと言葉を放つ。


「もっともっと! もともっともっと! もっとぉぉおおお! 闇を飲み込みっ! 闇の炎と化してすべてを焼き払えぇぇええっ!」


 俺は今──。黒魔術に手を掛けている。


 満月の夜に大木を二十本燃やし、粋のいいにえを八十八以上。

 

 儀式に必要な条件は揃っている。


「さぁ! 有象無象の恋に盲目したチリアクタどもよ。灰になりて、邪神の供物となれ!」


 これより──。『邪神』を召喚する。


「深淵の闇より舞い降りて、世界を混沌と恐怖に染めあげよ!」


 両手を天へと伸ばす。


「さぁ! さぁ……! 粋のイイ供物が選り取りみどり!」


 おいでおいでと天を仰ぐ。


「さぁ! さぁ……っ! 食べるならイマ!」


 さらにおいでおいでと仰ぐ。仰ぐ。仰ぐ。


「降臨せよ! 邪悪なる化身! ジャッシーン!」


 ……………………………………。


 ……………………………………。


 儀式に必要な文言をすべて言い放つも、夜空に変化は見られない。


 雲ひとつなく、満月と星空が恋に盲目したチリアクタ共を照らしている。


 ……………………………………。


「こ、降臨せよ! ジャシーン!」


 待てど待てども現れない。


「こ、こ……こうりn──」


 ここで無情にも、邪神召喚術式は校内放送によってかき消される。


 『レディースエーンジェントルメーン! 楽しんでいますか後夜祭! 今宵、この世界で一番大切な人と過ごしておりますでしょうかぁ! 燃え盛るの炎よりもアッツアツでラッブラブなを踊っておりますでしょうか〜! ラストに控える、後夜祭ベストカップル賞の審査も随時行っておりますので、いちゃいちゃちゅっちゅラブラブするのもお忘れないように〜!」


 と、まあ……。現実とは無慈悲なもので大抵のことは思い通りにはならない。


 所詮この世は理不尽でまみれている。


 しかし誰にしも、理不尽に抗う権利は与えられている。行動を起こせばいい。ただ、それだけのこと。


 だから俺は──。こんな文化祭は滅ぼしてやろうと思った。


 それなのに……。


「降臨しないってどういうことだよ?! ジャシーン!!」







+


 事の発端は一週間前。

 学校帰りに立ち寄った書店で『創刊、今日から君も黒魔術師!』との出会いに始まった。


 その中で一際目を惹いたのが『邪神召喚術式』からなる特集ページだった。


 邪神とは人に災いをもたらす神として、一部では実しやかに崇められている。


 そんな神と『今日から君も、おともだち!』なんて、キャッチーなフレーズが書かれていたのなら、が惹かれてしまうのは仕方のないことだった。


 ──満月の夜に大木二十本を燃やし、粋のいい供物を八十八以上。


 一介の高校生には実現不可能な内容だが、文化祭最終日。後夜祭で行われるキャンプファイヤー&フォークダンスであれば、条件を満たしているように思えた。


 心が踊ったよ。もうこれしかないなって思ったよ。


 しかし──。結果は失敗。


 ポケットの中から『邪神召喚術式』の切れ端を取り出し、ぐしゃりと握り潰す。


「バッカヤロー!」


 言いながら空へと放り投げる。


 初めからわかっていたんだ。こんなものは単なるコラムでネタだって。……でも、やらずにはいられなかった。


 なにかに縋りでもしないと、ここから先へは進めそうもなかったから。


 俺は──。キャンプファイヤー反対派だったんだ。


 ………………………………。


 ……………………。


 …………。


 ……。


「バッカヤロー!」


 なぁにが、後夜祭だ!


 キャンプファイヤーでフォークダンスだぁ?

 踊ったカップルは永遠の愛が約束されるだぁ?


 文化祭を夜になってもやるんじゃあないよ!!


 周辺住民のみなさん! 教師各位、PTA方々、許可しちゃだめでしょうが!


 オンラインキャンプファイヤーで良かったでしょうよ!


 BGM流してさ、パソコンやスマホ画面の前で雰囲気を楽しめれば十分でしょうよ!


 そういう意見もあったみたいだよ? 目安箱に入っていたのを俺は知っているよ?


 百枚以上入っていたらしいよ? 

 綺麗な字で丁寧に書かれていたって聞いたよ? 

 一枚一枚、違う文言でさ! それって百人の生徒が希望していたんじゃあないの?


「バッカヤロー!」


 あぁ、そうだよ。俺だよ!


 目安箱に入れたの、俺だよ!


 百枚ぜんぶ、俺だよ!


「バッカヤロー!」


 まさしく。屋上のフェンス越しに叫び倒す俺──十夜とおや 輝男てるおは、恋に敗れし者。


 校庭目掛けて、やり場のない怒りをブチ撒ける。


「バッカヤロー!」


 これ以上の言葉は要らない。〝バカヤロウ〟五文字だけあれば十分。


 屋上のフェンス越しに見下ろす視線の先はただ一点。物心ついてから秒で恋に落ち、十五年間想い続けた幼馴染の『まみ』ちゃん。


 俺にとってマイソウルハートとも言える彼女は今、俺ではないほかの男──いわゆる『彼氏』と永遠の愛を誓うように見つめ合っている。あまつさえ手を繋ぎ、フォークダンスを踊っている。


 それはもう、幸せそうに──。


「バッカヤロー!」


 とはいえ恨んではいけない。

 これは寝取られではなく、BSSなのだから。


 ──僕(B)が先(S)に好(S)きだったのに──


 しかも片思いではなかった。両思いだったんだ。

 まみちゃんは俺のことが好きだった。うぬぼれや妄想じゃなくて、本当に俺のことが好きだったんだ。


 ……それなのに、まみちゃんは他の男と付き合ってしまった……──。




「バッカヤロー!」


 やはり許せない。この男だけは万死に値する。


 ……殺せるのはたったの一度きり。命ってやつはおひとりさま、おひとつ限りだから…………な!


「バッカヤロー!」


 だから一万回! 


 バカヤロウを『死』に見立てて!


「バッカヤロー!」


 言ってやる!


 この声が枯れようとも、灰になろうとも──。

 燃え盛る炎が消える、最後の瞬間まで──。


 俺は叫び続ける!


「バッカヤロー!」


「バッカヤロー!」


「バッカヤロー!」



 一万回まで残り、九千九百八十八──。









 +


 話はさらに、半年前に遡る──。


 四月──。桜散る季節。

 高校三年生に進級した俺は、来たるべく大学受験に向けて全国模試を受けた。


 結果は惨敗。まさかの志望校E判定。


 高校内での定期テストではトップ10の常連だった。しかしながら俺が通う高校は進学校ではなく、偏差値低めの家から近くて通学に便利な地元の県立高校。


 予備校に通っていなかったことも相まって、完全に目算を誤ってしまった。


 かつてはガリ勉メガネの呼び名を欲しいままにしてきた俺も、まみちゃんと同じ高校に通いたいがために色々と尽くした結果──。相応に学力が落ちていたんだ。


 このままではまみちゃんと過ごす最高にして究極の人生プラン。ビューティフルライフへは進めない。


 なに不自由なく愛を育み家庭を守るためには、良い大学を卒業して安定した収入を得るのは必要事項。


 加えて、定時で帰宅できるホワイト企業への就職は絶対事項。


 職種は選ばない。なんだっていいさ。出世に興味はない。上司にドヤされパワハラを受けようとも屁の河童。


 俺の人生はいつだって、まみちゃんファーストなのだから──。


 一にもまみちゃん。

 ニにもまみちゃん。

 三四もまみちゃんで、五も当然まみちゃん!


 まみちゃんは俺にとって人生そのもの。すべてだ!


 ──毎朝掛け続けた、目覚ましコール。


 まみちゃんはお眠りさんだ。なかなか起きない。三十分は鳴らしっぱなしさ。


 ──週三で行うマッサージ&汚部屋掃除。


 まみちゃんは肩凝りさんだ。人よりも大きなものを胸元に携えているから、肩を揉み揉みして解してあげるんだ。今では整体師を名乗れるほどの腕前さ。整体本を軽く百冊は読破したからな。


 加えてまみちゃんは部屋を散らかす天才だ。


 二時間のマッサージが終わる頃にはスヤァしている。だからその間に部屋の掃除もしてあげるんだ。


 消しゴムのカスひとつ残さない完璧な掃除っぷりさ。


 ほかにもたくさんある。まみちゃんのためなら、俺はなんでもしたさ。


 部屋に蚊が出たと言われれば、深夜にだって駆け付ける。

 学校でまみちゃんが忘れ物をすれば迷わず貸す。たとえ同じクラスで同じ授業を受けるとしても構いやしないさ!


 俺はまみちゃんの前ではいつだって、望みを叶えるスーパーマンなんだ!


 まみちゃんに頼られる。役に立てる。存在価値を見いだせる。


 最高に幸せで満たされた日々。


 けれどもこの日々は、永遠ではない。


 スーパーマンでいられる時間には限りがある。


 何故なら俺は、まみちゃんの『人生』の隣を並んで歩くには、相応しい人間ではないからだ。


 星の数ほどいる量産型フツメンの俺。かたや数多の男子を魅了する『Gカップ巨乳美少女』のまみちゃん。


 家が近くて親同士が仲良しな幼馴染でもない限り、挨拶をすることさえ叶わない高嶺の存在。


 まみちゃんに感じる引け目は年齢を重ねる毎に大きくなるOPPAIとともに、膨らむいっぽうだった。


 だからこその大学受験。


 大人になれば外見とはべつに、社会的ステータスが男の価値として付与される。


 俺とまみちゃんの『関係』を『対等』に近づける為には、Sランク大学への合格が必要不可欠。


 だから断腸の思いでまみちゃんとの時間を削ることにした。


 明日も明後日も来年も、再来年も──。

 生ある限り、続く未来のすべてを君と幸せに過ごすために──。


 なんとしても、受験戦争には勝たなければならない!


 覚悟を決めてからは早かった。

 俺はその日の内に、スーパーマン業務の休暇を申し出た。「受験が終わったら、大切な話があるから」と付け加えて──。


 そしたらまみちゃんは頬を赤くして、嬉しそうに「はい♡」と返事をしてくれたんだ。


 さらに続けて「これからはひとりで朝起きるのもがんばるし、部屋も散らかさないようにがんばる!」って……言ってくれたんだよ。


 それだけじゃない。「トウヤくん! 勉強がんばってね! ふぁいおー!」って、エールまで送ってくれたんだ。


 それなのに……。


 どうして…………。


 どうして…………。


 俺ではない他の男と付き合ってしまったんだ…………。


 そんなの、あんまりだよ……。


 ……まみちゃん…………。


 






「バッカヤロー!」


 いつでもどこにでも現れるスーパーマンも、現れなくなれば、ただの人!


「バッカヤロー!」


 夢から覚める。現実に引き戻される。あの人、スーパーマンじゃなくて普通の人間だったんだ……。って、気づかれる!


「バッカヤロー!」


 スーパーマンを辞めたら、今の俺に価値なんてあるわけがないだろ!

 

 どうして! そんな簡単なことに気づけなかったんだ!


「バッカヤロー! バッカヤロー! バッカヤロー!」


 殺す。殺す。ぶっ殺す!



 一万回まで残り、九千九百八十二──。


 


 







 +


 それから──。予備校に通い始めて一ヶ月と経たずに異変は起きた。


 五月──。


 俺は勉強に集中していた。休日も平日もGWも関係なく、明くる日も毎日ただただがむしゃらに勉強に励んでいた。


 まみちゃんとの幸せな未来を掴みとる、その一心で──。


 だからまさかにも思わなかった。

 まみちゃんに男の影ができているなんて、考えもしなかったんだ。


 思い返してみれば不審な点ばかりだった。

 まみちゃんは嘘をつくとき、明後日の方角を向く癖がある。


 その癖をゴールデンウィーク明けから連発していたんだ。


 それは毎朝の登校の際に起きていた。


 スーパーマン業務をお休みしているとはいえ、通学の時間だけは普段と変わらず一緒に過ごせた。


 でも、まみちゃんの様子は普段とは違っていて、とても眠そうだった。


 俺はこのとき、ロクに考えもせずに目覚ましコールを辞めてしまったせいだと決めつけてしまったんだ。


 おそらくここが、ターニングポイントだった。


「ねぇまみちゃん。今日は何時に起きたの? もし辛いのなら、モーニングコールだけは掛けようか?」


「うん? あー……。大丈夫だよぉ! 心配ご無用! トウヤ君の勉強の妨げはいたしませーん!」


 明後日の方角を向きながら言うもんだから、俺を安心させるための優しい嘘かな? なんて、疑いもせずに思ってしまったんだ。


 まみちゃんが応援してくれている。受験勉強がんばれと言ってくれている。


 だったらがんばらなあかん! がんばるんば!


 そんな──。ほっこりする朝のワンシーンとは裏腹に、おそらく裏では…………凄惨で無慈悲なまぐわいが日夜、行われていた。


 眠気の正体は、連日連夜のまぐわいによるもの。愛を囁きあったが為の睡眠不足。



 俺がこのことに気付かされるのは、これよりずっと先。取り返しがつかなくなってからだ。


 








 +


 八月──。季節は夏本番。


 俺は相も変わらず勉強に集中していた。

 

 ただひとつ、変わったことと言えば──。夏休み突入を機に、まみちゃんと会えなくなったことだ。


 スーパーマン業務を休んでいる以上、学校がなくなれば会う機会もなくなる。当然のことだった。


 そんな中での予備校からの帰り道。ふいにまみちゃんの声が聞きたくなって、電話を掛けた。


 会えない日々を埋めるように、せめて声だけでも聞いて、近くに感じたい。


 そんな気持ちからだった。


 用もないのに電話掛けて平気かな? 出てくれるかな? なんて不安もあったが、電話はすぐに繋がった。


 しかし──。


「もしもし、まみちゃん?」


 電話口のまみちゃんからの返答はなく、何故か「はぁ……はぁん……」と呼吸を乱していた。


「まみちゃん?! どうかしたの?! 苦しそうだけど?! 大丈夫?!」


 並々ならぬ状況かと思い、声を大にして呼びかけると──。


「あっ、あれ? トウヤくん? えっ。なにこれ。電話繋がってるの?! ヤダ。どうして?!」


 聞き慣れた声と言葉を聞いて、ホッと一安心。それと同時にほっこりした気持ちにもなる。


「どぉどぉ、まみちゃん! べつに大事じゃないならいいんだよ! それで、今はなにしてたの?」


「あっ、うん。えっとね、えっと……筋トレ! 筋トレしてたの! だからちょっと……はぁはぁ……はぁ……はぁ…………息上がっちゃって……」


 なるほど。間違って電話に出ちゃった感じかな。まったく。おっちょこちょいさんだな!


「そうなんだ。筋トレだなんて、偉いねまみちゃん!」


 俺は疑いもせずに、会話を続けた。


「う、うん……はぁ……はぁ……」


 こうやって声を聞けるだけで、明日もがんばれる。


 会話の内容なんて無くてもいい。ただ君を近くに感じられれば、それだけでいいんだ。


 必ず。君に、相応しい男になってやる!



 けれども、突如として──。


「あっ、ちょっと! 今はだめ!」

 

「どうしたのまみちゃん?」

「ううん。親戚の猫が──ひゃんっ」


 親戚の猫? なんじゃそりゃ?


 預かっているのかな。なんて思ってすぐに──。


「にゃおぉ〜ん!」


 猫の声とするにはあまりにも不自然な鳴き声が響いた。


「あっ、あ! も、もぅ猫ちゃんは! お姉さん今、電話中なんだからイタズラしちゃ、めっ!」


「にゃおにゃおにゃおぉ〜ん」

「ひゃんっ。ほ、本当に今は……だ、だめぇ……!」


 猫じゃない。こいつ、猫じゃないぞ?!


「まみちゃん?! 大丈夫?!」


「だ、大丈夫! イタズラ好きの……あっ……猫ちゃんで……あんっ。こーら! お電話中にそんなとこ触っちゃ、めっ!」


「にゃおにゃおにゃにゃーん」

「ひやぁっ♡ も、もう切るね!!」


「ま、まみちゃん?!?!?!」


 プツンッ。


 ──ツーツーツーツーツー。


 目の前が真っ白になった。

 腰が抜けて立てなくなった。


「……まみちゃん。冗談キツ過ぎだよ……」


 これには覚えがあった。

 えちえちなNTR広告で何度も見たシーンだった。


「嘘だよ……。こんなのって……」


 嘘だと思いたい。いっそ夢だと思って、やり過ごしたい。


 けれども──。思い返してみるといつだって──。


 まみちゃんは明後日の方角を向いていた。


 点と点が重なり、線になり──混じりけのない純然たる事実として、今へと繋がる。


「……そんなに、前から…………」


 NTR展開から言えばもう既に、デッドエンド。


 心も身体も掌握され、付け入る余地のない状態に突入している。


 最後に残るは、僅かな理性との葛藤。


 それをNTRビデオレター(通話)で無きものにする。


 でもそれは、俺とまみちゃんが辿る未来とは違うように思えた。


 物心ついてから今日まで過ごした十五年間が、否定する──。



 そうだ。まみちゃんは隠そうとしていた。


 俺にバレまいと必死に嘘をついていた。親戚の猫などと訳の分からないことを言い出して、見事に隠し通してみせた。(バレてはいるけど)

 

 それが意味すること──。心は今も変わらずに、俺のもとにある。


 一説には、人間とはご飯ばかりを食べていると飽きてしまい、パンやラーメンが食べたくなる生き物らしい。


 さらに一説には、帰る港があるからこそ、旅に出るとも言われている。

 

 ……いいよ。まみちゃん。


 帰る港として、いつでも停泊できるようにずっと──。いつまでもずっと──。待っているよ。



 ……なぁに大丈夫。パンやラーメンにうつつを抜かそうとも、日本人の主食はゴハン。


 今はまだ白米の俺だけど、Sランク大学に合格すれば、チャーハンやチキンライスに変身できる。


 成すべきは大学受験。さすれば成れる。グラタンにでもピラフにでも! ねこまんまにさえも!


 ……なぁに大丈夫。俺とまみちゃんの間には出会ってから今日に至るまでの長い歴史がある!


 寄り道されたって、気にはしない。


 だって俺は、帰る港!


 君にとって世界でたったひとつの、港!







 +


「バッカヤロー!」


 俺はいつ、まみちゃんのご飯になったんだ!


 お前はまだ、精米すらされていない童貞野郎だろうが!


「バッカヤロー!」


 そもそも帰る港ってなんだよ?!


 都合よく解釈してんじゃあないよ!


「バッカヤロー! バッカヤロー! バッカヤロー!」


 殺す。殺す。ぶっ殺す!


 一万回まで、残り九千九百七十七。



 






 +


 俺は信じて止まなかった。


 裏で何(ナニ)が行われていようとも、心が繋がってさえいれば、大丈夫。


 それからも──。

 まみちゃんに電話を掛けると高確率で、親戚の猫は奇妙な鳴き声で登場した。


「にゃにゃにゃーん!」

「にゃんにゃん! にゃにゃにゃん!」

「にゃおにゃおにゃっおーん!」


 俺は気付かぬフリを続けた。


 時にはボスの登場を匂わす音程に乗せて登場した。


「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ〜ん!」


 おまけにまみちゃんはボロを連発。


「わ、わぁ猫ちゃん! 今日は静かにしてるって約束だったのに! ねぇどうして約束破るの? お姉さん本当に怒っちゃうんだからねっ! ぷんぷんっ」


 猫とする約束とはいったいなんなのか。これではまるで、猫との対話に成功しているみたいじゃないか。


 ありえない。


 けれども血の涙を飲みながら、気付かぬフリを続けた。


「暴れん坊な猫ちゃんだね……」

「そうなの。……ひゃん! だーめっ。電話終わるまで待ってて……あんっ♡」


「猫ちゃんに構ってあげなよ。俺は勉強するからさ……」


 まみちゃんの声が聞きたくて、電話を掛けたのに……。通話時間は毎回三十秒にも満たなかった。


 それ以上は俺が、耐えられなかったから。


 最初のうちこそ、親戚の猫は電話中のイタズラを楽しんでいるように思えたが、いつからか煙たがられるようになった。


 難聴で、鈍感で、救いようのない奴。とでも思われているのだろうか。


 悔しいかな。俺はそんなに馬鹿じゃない。


 けれども、二人の間に割って入ったところで結果は見えている。


 ──圧倒的ステータス不足。


 だからこうして電話を掛けて、まみちゃんの心の内に留まるほかに手段を持ち合わせていないんだ。


 帰る港と言えども、忘れられれば過去の港。


 まぁいいさ。最後に笑うのは俺だ。親戚の猫なんかには、負けない!


 絶対に!!







 +


 そんな日々の中で──。


 九月──。夏休みが明けて間もなく。


 状況を急速に一変させる、妙な噂話が流れ込んで来た。


 この頃になると、毎朝快調だった朝ウン(コ)も元気をなくしてしまっていた。


 BSSによる心的ダメージが、俺から登校前の快調な朝ウン(コ)を奪ってしまったんだ。


 そうなればもう、学校のトイレで大きな用を足すしかなくなるわけで──。


「お世話係まじでウゼーな」

「こればかりは仕方ないだろ。なんせあいつの尽くし方は異常だからな」


 今日も今日とて男子トイレの個室で単語帳片手に踏ん張っていると、連れション男子たちの話し声が聞こえてきた。


 お世話係とは裏での俺の呼び名だった。

 皮肉を込めて影口を叩く際に一部で用いられている。


「体良く使われて、卒業と同時に疎遠パターンだと思ったんだけどなぁ」

「いつまでグチグチ言ってんだよ。いい加減切り替えて行こうぜ?」

「そんな簡単に割り切れるかよ。入学してからずっと好きだったんだぞ? 何回おかずにしたと思ってんだよ?!」

「それを言ったら俺だって負けてねぇぜ?」

「抜かせよ。こちとら三百六十五日一日も欠かさず毎日二回だぜ?」

「……まじかよ。お前がNo1だ」

「へへっ。ったりめーよ!」



 とても嫌な予感がした。


 これではまるで、俺とまみちゃんが結ばれたように聞こえるからだ。


 話の筋が具体的には見えず、俺はトイレの最奥に潜むことにした。


 噂話の都はトイレと相場は決まっているからな。


 そして早々に訪れる。トイレに籠もり始めて三日目の昼休み──。


「チッキショー! よりにもよって世話係かよ! どう見たって釣り合い取れてねぇだろうが! チーズ牛丼大好きな弱者男性代表みたいな面しやがってからに!!」


「言っても幼稚園の頃からずっと世話してるって話だからな。こんだけ尽くされたらもう、外見とか大した問題じゃねぇだろ」


「ああ。俺も最初はそう思ったよ。でも最近の世話係を見てるとよ、全く世話してねぇんだよ。世話係の癖に、世話してねぇんだよ! を誓う約束に漕ぎ着けたからって手のひら返しやがって!! 釣った魚に餌あげないってか? ああ。もう我慢ならねぇっ!! 一発ぶん殴らねぇと気がおさまらねぇっ!!」


 あっ…………。


 想像しうる中で、最悪の未来へと繋がってしまった。


 ──永遠の愛を誓う。


 この言葉が意味すること。それは来月に控えた文化祭のメインイベントとも言える、後夜祭を指していた。


 当日の夜。校庭ではキャンプファイヤーが行われる。そこでフォークダンスを踊ったカップルは永遠の愛が約束される────。




 つまり……。まみちゃんが後夜祭でフォークダンスを踊る。


 相手は俺じゃ、ない。


 ドクンッと脈打つ鼓動と同時に、脳裏を過ったのは親戚の猫。


 ……同じ高校の生徒だったのか…………。


 どこかで俺は『ショタ』の可能性を見出していた。まみちゃんにしては珍しくもお姉さん口調、そしてイタズラ好きの猫。


 この二つの要素から導き出される答えは────おねショタ。


 であれば、俺にもまだチャンスはある。


 ショタとは永遠にあらず。いずれは必ず大人になる。


 でも──。違った。


 相手はマセたエロガキじゃなかった。


 俺と年齢的に大差のない男子高校生。


 あぁ終わったんだ。まみちゃんの心は、もう──────。


 授業開始のチャイムが鳴っても、便座から立つことができなかった。


 下校時刻になっても──。


 下校時刻が過ぎても──。


 便座から離れられなかった。


 結局その日は、学校のトイレの個室で朝を迎えた。






 +


 小鳥のさえずりが聞こえ、時刻を確認すると四時半になっていた。


 一睡もできなかった。


 嫌なことばかりが延々と脳内を駆け巡り、ただただ落ちていくだけの時間だった。


 いっそこのまま、

 便器の中に流れていけたら──。


 けれどもまだ、流れるわけにはいかない。


 まみちゃんの口から直接は聞かされていない。それはまだ、まみちゃんの心の中に俺がいる確かな証拠。


 エンディングを迎えるには、まだ早い──。


 始発で家へと帰り、何食わぬ顔してまみちゃんと朝の登校に赴く。


 そしてすぐに、まみちゃんを問い詰めた。



「そういえば昨日、変な噂を聞いたんだ。まみちゃんが、後夜祭でフォークダンスを踊るってさ。……本当?」


 言った。言ってしまった。


 返答次第では即Uターン。便器に顔を埋める覚悟だった。


 しかしまみちゃんは──。


「な、ななななんのことかにゃ?! えっ、ええ?! し、し、知らない初耳!」


 おもくそ明後日の方角を向いていた。


 まみちゃん。君は……この期に及んでまだ、隠すつもりなのか?


 ……どうして?


 脳内をフル稼働して考えた。幾重にも広がる可能性を無限に無限に無限に、考えた──。


 そうして導き出した答えは、愚かにも希望的観測だった。


 ──わかったぞぉ!


 まみちゃんの心はまだ、完全に親戚の猫のものになったわけじゃないんだ!


 揺れているんだね?


 親戚の猫に詰め寄られて、ついうっかり承諾してしまったんだね?


 おのれ、親戚の猫!

 

 もとよりあいつは隠すつもりがなかった。電話中にまみちゃんの身体をいじくり、あまつさえバレバレな猫の鳴き真似をする好戦的な奴だ。


 かと言って、まみちゃんに告白するにはまだ、ステータスが足らない。


 かと言って、今の俺はスーパーマンですらない。普通の人間だ。告白するにしてもノーマルヒューマンでは話にならない。


 かと言って、スーパーマンに戻れば受験は確実に失敗する。


 かと言って。かと言って。かと言って。


 ……あぁ、言い出したら切りがない。


 だったら、いっそ──。


 後夜祭さえなくなれば──。


 あぁ、そうだよ!

 後夜祭なんかなくなっちまえばいいんだ!


 その日から俺は、後夜祭反対運動に励んだ。


 しかし失敗に終わり、黒魔術に手を掛けた。


 で、今──。


 未来ばかりを想い描き、現在を蔑ろにしたスーパーマンの末路が此処にある。


「バッカヤロー!」


「バッカヤロー!」


「バッカヤロー!」


 許せない。殺してやる! ぶっ殺してやる!


「バッカヤロー!」


 一万回まで残り、九千九百七十三!


「バッカヤロー!」


「バッカヤロー!」


 一万回まで残り、九千九百七十一!


 さぁさぁまだまだこれからぁ!


「バッカヤロー!」


 一万回まで残り、九千九百七十!


 なぁに大丈夫。バカヤロータイムは誰にも邪魔はされない。


 どんなに叫ぼうとも、俺の声が校庭に届くことはない。大音量で流れるBGM。燃え盛るキャンプファイヤー。そして幸せ絶頂の盲目したバカップルたち。


 加えて屋上は立入禁止だ。俺は今日のためにあらかじめ鍵を盗んでスペアを作成し、侵入を果たしている。


 しっかりと鍵は閉めた。


 フィナーレを飾るに相応しい、最高の後夜祭!


「バッカヤロー!」


 さぁさぁこれからだ!

 愚かしい阿呆には一万回のバカヤロウが必要だ。まだまだこれからこれからぁ!


「バッカヤロー! バッカヤロー! バッカヤロー!」


 すべてが計画通り。最高のフィナーレを迎える。


 はずだった──。


「おい! うるせぇんだよ負け犬がァッ!!」


 突如として、背後から並々ならぬ声が届いた。


 ……おかしい。屋上の鍵は確実に閉めた。


 幻聴かな?


 ………………。

 

 幻聴だな!


 一万回まであと、九千九百六十六!


「バッカヤロー! バッカヤロー! バッカヤロー!」


 殺す。殺す。ぶっ殺す!


 残り、九千九百六十三!


「だーかーらぁッ! うるせーつってんだろうが! 負け犬がァ!」


 ……ひぃ!


 幻聴やない。これ、リアルに耳に届いているやつや……。


 恐る恐る振り返ると、……居た。

 幻聴とか妖精の類ではなく普通に女子生徒が、居た。


 しかし小柄で可愛い感じの子だった。つい最近まで中学生でした(笑)みたいなピカピカの新入生丸出しな雰囲気。


 ……はぁ。


 なんだよ。脅かしやがって。


「君、一年生だよね? 俺、三年生なんだけど? 先輩に対してその口の聞き方はないんじゃあないの? それに君、誰の許可を取って屋上にいるんだい?」


 ここは先輩ヅラをカマして勢い任せに押し切る!


 今日だけ乗り切れればいい。


 明日も明後日もいらない。欲しいのは今日だけだ!


 だが、思えば──。彼女は第一声から修正不能な程におかしかった。こんな浅はかな手が通用するはずもなく……。


「あ? 黙れカッス。たかだか数年早く生まれてきただけで先輩ヅラとかテメーは何様だよ? なぁ、そういうところだぞ? わかってんのかぁ? 負け犬野郎」


 んな?! 火の玉ストレートな言葉が激しく心を揺さぶり、抉る!


 くっ。なんなんだよ、この子。

 見た目は小っちゃくて可愛らしいのに、言葉遣いがおかしいだろ。……あまりにも愚か過ぎる。


 だからって、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は即刻生徒指導室へご招待されるレベルの重罪を侵して此処に居る。


 ──屋上への不法侵入並びに鍵の窃盗、複製。


 ここまでの道のりは決して楽なものではなかった。だから御用改めの刑に処されるわけにはいかない。


 フィナーレは目前。


 なんびとたりとも、バカヤロータイムの邪魔はさせない!


 だがこれこそ──。よくよく考えれば彼女もまた、ここに居る時点で同罪。


 だったらバカヤロータイムを辞める必要はないのかもしれない。

 

 ……うん。ないな。事を荒立てれば同じ釜の飯を食うナカーマになるだけ。同士みたいなものだ。


 じゃあ……。文句のひとつやふたつ言い返してもいいよな!


 言われっぱなしってのはしゃくに触るしな!


 倍にして返してやんよ!


「あのさ、さっきから酷くない?! 言いたい放題言ってくれちゃってさ。君に俺のなにがわかるの?! 少しは先人たる先輩を敬いなさいよ! なぁ、そういうところだぞ?」


 言ってやったぜ。


 そ・う・い・う・と・こ・ろ!


 出会って三十秒。初対面でどういうところなのか定かではないが、これが言われていっちばん腹立つからな!


 ソースは俺の心!


「はぁ? つーかお前、あれっしょ? 三年のお○ペットとして有名な乳デカくてエロい女の幼馴染だろ?」


 あ……れ……?


 なんてこった……。


「……はい。そうです。俺のこと、知ってるんだね。あはははぁ……」


 ていうか今、女の子が決して口に出してはいけない愚かしい言葉が出たような……。


「いや、あのエロい女を知ってれば誰でも知ってるだろ。お前になんか興味あるわけねぇだろ? 負け犬野郎が」


「だ、だよね……」


 なんなんだよこの子。


 負け犬負け犬連呼して、傷口を容赦なく抉ってくるじゃん……。


「あーあ。情けねえ男。ちょっと強気に来られたからってビビってやんの。なぁ、そういうところだぞ? 本当に情けねえ男だな。そんなんだから大切なもん奪われちまうんだよ」


 うっ……。チビっ子のくせに、本当になんなんだよ……。


 暴言を吐かれるだけならいい。でもこのちびっ子は正論でグサリと突き刺してから容赦なく抉ってくる……。


 なにも言い返せない。


「なぁ、こんなところで負け犬の遠吠えカマすくらいならよ、いっそ目の前で叫んで来たらどーよ? そっちのがスカッとするぜ?」


「無茶言うなよ……。もう手遅れなんだよ。もう、遅いんだよ……」


「あぁ?! テメーち○こついてんだろ? 僕が先に好きだったのにってやつなんだろ? 枕を濡らしてうわ〜んうわ〜んってか? テメーは心は破壊されても脳は破壊されてないだろうがァ! 甘えんなボケカス! 泣き寝入りすんなら寝取られビデオレターもらってから出直して来やがれ!」


 ひぃっ!


「こんなものは浮気でもなんでもねぇんだよ! テメーは今も昔も変わらずにチャレンジャーの立場だろうが! 一端に彼氏気取りしてんじゃねぇぞ?! 負け犬勘違い野郎がァッ!」


 ひひぃっ。……確かにそうだよ。俺たちは付き合っていたわけじゃない。


 でも、まみちゃんの心は……確かに俺のもとにあった。


 あったんだよ……。


「違うって面してんな? ああ? だったらNTRで返すくらいの男気魅せろよ! 取られちまったら奪い返せ! 略奪には略奪だろうが! 戦いもせずに負けを認めてんじゃねぇよ! 情けねぇったらありゃしねぇよ!」


 もうやだ。やめてよ……。


「ぁあ? そんな根性もないってか? 許されないってか? 同人誌じゃBSSからのNTR返しなんて見たことないってか? そんな寒い展開は望まれてないってか?! 快楽と幸せを履き違えたまま迎えるエンディングこそ至高ってか? ああ?!」


 ひぃ……。


「おい!! 負け犬野郎!! お前は漫画の世界を生きてるのかよ?! ここはリアルだぞ? だったら行け! 男なら1%の可能性に縋って、潔く散れ! 散れ散れ散れ! 散れーッ!」


「ひひぃーん!」


 言われるがままに圧倒されていた。


 でも不思議と真に迫るものを感じた。


 彼女は口は悪いが、間違ったことは言っていない。


 なにより締めの言葉がとても、耳障りが良かった。──散れ。散れ散れ散れ。


 もとより散るつもりだった。


 だったら。結末が変わらないのであれば──。


「……そうかもしれないな」


 このままでいいと思っていた。


 できることはもう、なにもないと思っていた。


 バカヤロータイムを終えれば、満たされると思っていた。


 でも、まだ──。



「ったく。良い面するようになったじゃねぇか。さっきまでとは大違いだな。まぁ、お前はひとりじゃねえよ。わたしが見ててやるから。思いの丈を叫んでこい! そんで潔く散れ! 灰は拾ってやっからよ! 心配すんな!」


 ……そっか。今の俺って、良い顔してるんだ。……そっか。ははっ。……そっかそっか!


 今さらまみちゃんに想いを伝えるなんて考えもしなかった。


 もう彼女の心は完全に俺から離れていて、結果はわかりきっているから。


「おう! さんきゅーな! 散ってくるぜ!」   


 もうすべてが手遅れだとわかっているのに、俺の心はグツグツと煮えたぎっていた。


 後夜祭反対運動に懸けた日々のように、グツグツ、グツグツと──。


 これはきっと、やり残したこと。


 俺とまみちゃんが過ごした日々に嘘はなかった。


 それなのに俺はまだ、出し切っていない。灰になり損ねている。


 ──灰になって、散る。


 フィナーレを飾るには、最高じゃねぇか!



 待ってて、まみちゃん。


 今、行くから!!





「うわああああああああ」






「バッカヤロー!!!!」



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