第3話 メイドは見た 〜幽霊屋敷の怪〜

私の名はシェリー。最近とある子爵家に働き口が決まったんです。

何でもお嬢様が生まれて人手が足りなくなったんですって。

本当に良かった。あまり綺麗とは言えない私にやっと来た幸運。

でも最近になってその家には変な噂が立っていたんです。


なんでも。

出るんですって。

あれが。


幽霊とかそんなやつです。本とかなら良かったんですけど。

そんな噂に不安になりながらもその日が来てしまい、私は屋敷で働き始めました。

お屋敷は貴族様の屋敷なのでそれはもう立派です。

なんでも子爵家の中では裕福だそうで、それなりに大きい屋敷だそうです。

私にはどれだけの大きさがあればどうなのかなんて分かりません。

言えるのは今まで訪れた事のあるどのお屋敷よりも大きい、という事です。

なるほどこれなら人手が足りないなんて言われても納得できます。


お屋敷で働き始めてしばらくは覚える事が多い事と慣れない為のあまりの忙しさに周りの事が見えていませんでした。

ですが次第に慣れてきた私はその違和感に気づきました。


まだ私が新人だからだと思っていたのですが、屋敷のある一画には近づけさせてくれません。

それはもう異様な程に。

ある日、掃除をしていた時の事です。

指示された範囲をこなし、気づかぬままにそのまま、立ち入っていけないとされる一画に入ってしまっていました。

すると背後から強く肩を捕まれ、私が振り向くとものすごい目つきで睨みながら先輩が立っていました。そしてこう言ってきました。


「この先はだめよ。いい?決して近付いてはいけないわ。あなたのためよ」


そう言い残して去って行きました。

この奥に何があるのか、怖い気持ち半分好奇心半分、そんな気持ちで先輩を見送った後、大人しく別の場所の掃除に向かいました。

思えばその先輩もどこか違和感のある人でした。


その違和感はすぐにわかりました。

数日経ったある日。もう一度その先輩を見た時に感じました。

前に見た時より少しやつれ、まるで生気を吸い取られたかのようでした。


まさか。

あの噂が本当に?

もしこの屋敷に幽霊がいて、その幽霊が生きた人間の生気を吸い取っているのだとしたら。

私は途端に恐ろしくなりました。


良く見れば、他のメイド達もそうでした。皆、どこか疲れた表情をしているのです。

そして気になるのは私と同時期に入ってきたはずの新人の一人が、逃げるようにこの屋敷を辞めていったのです。


そんなある日、私は聞きました。

立ち入ってはいけない区画で何かが割れる音を。

誰かがお皿でも割ったのだろう。

そう思っていました。その時は私も。


ですがその音はほぼ毎日聞こえるようになり、合わせて悲鳴が上がる事もあり、窓も割れる事があるのです。

私は何かがおかしい、そう感じました。


そう言えば私はこの家に来て一度もお嬢様を見た事がありません。奥様もです。

もしやどなたかが亡くなっていまだにこの世を彷徨っているのでは、なんて事を考えてしまいます。

そして先輩方はその事実を隠すためにあの一画に人を近づけさせないようにしているのではないのでしょうか。


私の中で渦巻く疑惑。

でも誰にも話せない。

膨れ上がる不安に押し潰されそうになりながらも私は務めを果たしていました。



そして遂に決定的な瞬間が訪れたのです。

私は後悔しました。

なぜあの時にあんな一言を言ったのだろう、と。




本とかなら良かったのに。




そう、本が宙を浮いていたのです!

呆然とする私の目の前を、その本は立ち入りを禁じられた区画から飛んで来ながら通り過ぎて曲り角でぶつかりました。


その後です!

ものすごい形相をした先輩が目の前を疾走し、本を掴むや否や、私の所まで戻って来て肩をガシッと掴みこう言いました。


「いいわね?今のは私が投げた本がたまたま遠くまで飛んで壁に当たっただけ。あなたはそれ以外何も見てない。そうね?そうでしょう?」


そのプレッシャーに耐え切れず頷いてしまった私に、疲れた表情で安堵した先輩は肩を掴んだ手を離して奥へと戻って行きました。

何が起きたか分からずにただ呆然と立ち尽くした私は、しばらくしてからその日の仕事に戻りました。



その日から私は見てしまった事を悶々と考えながら過ごす内に段々と怖くなっていきました。

どうしよう。本当に。あれは何だったんだろう。あれはどうやって起きたのだろう。

あれがナイフだったら?私の見てない所から飛んで来たら?

そう思うと本当に怖くてたまりませんでした。

だけど私にはここを辞めても次の働き口がありません。


その恐怖に耐え切れなくなった私はあの先輩に泣き付きました。

すると先輩はこう言いました。


「そう。やっぱり誤魔化せなかったのね。知ったら戻れないわ。それでもいい?」


どこか真剣な表情の先輩に、私も真剣な表情で頷いて答える。


「はい。だって知らないまま呪い殺されたら嫌です」


その言葉に先輩は驚いた表情を浮かべていた。




事件の真相はこうだった。

何でもお嬢様は生まれながらに才能がありすぎて、手を使わずに物を動かせるのだそうだ。

そんな噂が立ってしまえば何やら風評被害になりそうで長年屋敷に仕えたメイド達でフォローしていたのだが、人手が足りないから新人を雇った。

本当にただそれだけだったようだ。


先輩方が疲れていたのは、その物が飛ぶという事実。

いきなり目の前を飛ぶコップ、花瓶、そしておしめ。

更にはお嬢様まで飛び、極め付けはお茶を楽しむ奥様まで飛んだのだ!

割れるコップ、壁に突き刺さるフォーク、巻き付くおしめ、誰も触らずとも開く扉!


そんな日常が心労を生むという事実を想像するのは簡単な事だった。

可哀想な先輩方。

私はその胸の内を吐露して先輩を慰めたのですが、先輩はものすごくいい笑顔で言ってくれやがりました。


「言ったでしょ?知ったら戻れないって」



この日から私もあの一画に立ち入る事が許されたのです。チクショー。

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