逆誤爆送信
やすんでこ
誤爆送信 X軸①
放課後。僕は級友2人と一緒に某ファミレスに来ている。
僕はスマホをもつ手を震わせた。「ウソでしょ……これって!!!」
「ケーゴお前、まさか2連でURかよ!!」
テーブルの向かいに座るコータローはメロンソーダのグラスを掴んだまま、僕の画面を覗き込んでくる。「確率1パーセントだぞ! それを続けて出すとか普通ありえねえって? 運良すぎだろマジ! 他にもレアキャラ隠しもってたりすんのか? なあなあ、デッキ見せてくれ」
「コータローに見せたら盗まれるだろ。勝手に交換されたらたまったもんじゃない。幸運をみすみす手放すほどお人好しじゃないよ」
「ちぇっ、信用ねえの」コータローは青いストローで緑の液体を吸い上げる。「ケーゴお前、今日なんか顔色悪いぞ。風邪でも引いてんのか?」
「昨日ちょっと徹夜した。体調は全然大丈夫」
「ほう、ついに勉強に目覚めたと? お前ほんとは頭いいんだからよ、真面目にやりゃいいのに」
「余計なお世話。勉強は嫌いなんだ」
中学の帰りにファミレスに寄るのは学校も許可している。帰りにぶらりと寄り、どうでもいいような会話をして帰るのが日課だ。僕たちは怠惰な日常を過ごしている。
僕は自分のスマホに目を落とし、
「にしても、確かにツイてたね。日頃の行いがいいからくじ運が上がったんだよ、きっと。さすが運営様!! 記念に限定キャラをLINEのアイコンに設定しとこう」カルピスソーダをごくりと飲み干し、今まで使っていた飼い猫の画像アイコンを取り消すと、初期設定の状態に戻った。「グニマルはまだリセマラやってるの?」
「はいはい、いきなりマウント取られるんツラいわ〜」コータローの隣に座るグニマルが不服そうに顔をしかめている。「ワイなんかリセマラ百回記念式典を開催計画中やで、ほんまに……レインちゃんと相思相愛のはずなんやけどな、はよ来てくれえやー」
リセマラとは、リセットマラソンの略である。インストールとアンインストールを繰り返し、初回限定連続ガチャで狙いのキャラや武器防具を引き当てるまで繰り返す茨の道だ。美少女を集めてボスを倒していくタイプのゲームで、今日の午前0時にリリースされたばかり。共闘も可能なので準備が整い次第3人でクエストを周回しようと打ち合わせていた。
眼鏡をくいっと持ち上げ、いかにもインテリな雰囲気を漂わせるグニマルだが、偏差値は僕よりずっと低い。レインという美少女URキャラ目当てに何度もリセマラし、玉砕記録を更新し続けている。
ほんと、他愛もない話でいつも盛り上がる。ふと我に返る度つくづくそう思う。だが今日は運営開始直後とありイベントの数が多いせいか、いつもに比べて2人とも口数が少ない。
「あ、全員カラだね」僕は自分と2人のグラスを見ていった。「入れてくるよ、欲しいのは?」
「もっかいメロンソーダで」
「ワイもメロンソーダ」
2人ともスマホの画面をタップ、スワイプしながら告げた。
「了解。スマホは邪魔だし置いてくか──あっ、ガチャの広告流しとけば効率いいじゃん! 2人とも、絶対触らないでよ! 120秒あるから」
「わかってるって。なあグニマル?」
「イエス・ユア・マジェスティ」
「ほんとかなあー?」
半信半疑のまま僕は席を離れ、手洗いで軽く手を洗ってからドリンクバーに寄って再び戻る。すると、スマホの位置がさっきと微妙に違っているような気がした。僕はテーブルの辺に対して水平になるようにして置いたはず。画面に目を落とすと、ちょうど動画広告の再生が終わったところだった。僕は3人分のグラスをテーブルに置いた。
グニマルは早速メロンソーダのグラスを取り、青いストローで吸い始める。左手の5本指はイベントをこなすのに使われている。
自分のスマホを確認すると、着信が1件来ていた。
「ちょっと……はっ? LINEでこのメッセージ送ったのどっち?」
僕が開いてみせたのは、誰もが知る緑の画面。『七瀬さんのことがずっと気になってました。もしよかったら、友だちになってくれると嬉しいです』──15時42分送信。既読。『ありがとう! いいよ!』。さすが返事が早い。クラス委員長を務める彼女らしい歯切れの良さだ。
七瀬はクラスメイトの女子で、学年1の美少女。男子からの人気もトップ。クラスLINEがあるおかげで僕も連絡先を入手していた。
「コータローの仕業か?」
「知らねえってそんなの! 俺がお前のスマホで七瀬に告って何の得があんだよ? むしろ俺が告りたいくらいで……つーか証拠もねえだろ?」
「やった証拠はないけど」僕はスマホを横向きにしてから時間計測アプリを起動し、2人の前に堂々とかざす。「今の時間は15時44分30秒。30秒前まで僕はスマホを席に置きっぱなしにして手洗いとドリンクバーに行ってたから、自分の席に戻ってきたのは15時44分ちょうどくらいだ。席を外していた時間は2分プラス1分程度と仮定できる。2分というのは120秒の動画広告を流した時間で、戻ってきたときぴったり終わったから導き出せる。プラス1分というのは、2人のどっちかが僕が席から離れた後で広告を止めて、LINEを開いてメッセージを七瀬に送るまでの時間。中断されたら最初からになるタイプの広告だから、再度動画を流せば2分かかる。そして、もう一度動画を流したのは戻ってきた僕に不審に思われないための工作だね。つまり僕がスマホにタッチできなかったのは15時41分から44分の間だ。LINEからメッセージが送られた時刻は15時42分。42分何秒だったかはわからないけど、42分台であることに違いはない。要するにメッセージを送ったのは2人のうちのどちらかしかありえない」
「ああ、もう!! ケーゴのデッキを勝手に覗いたのは悪かった。けどほんとにそれだけだ。LINEのことは俺じゃねえぞ。それとも信用できないってか?」
「別にそうじゃないけど……グニマルは?」
「ワイも知らへん。アニソンフォルダはイベントの合間にちょっと覗いたけど……前は普通に見せてくれたやろ……」
僕はカルピスソーダを一口味わい、「さあ、犯人はどっちかな? それとも共犯? 今なら白状すれば許す」
「グニマル、お前がやったんだろ?」
コータローがいうと、
「ワイとちゃうて、そっちこそ怪しいやんか!?」
「あー!」コータローが頭を掻く。「しょーもねえ心理戦なんかやめにしようぜ。しらける。ケーゴの物が盗まれたわけじゃないんだし、LINEの返事も悪くないし、七瀬に事情話せば解決する話だろ」
「ワイも同感。犯人探しをしても埒が明かへんわ」
「いや……」僕は覚悟を決めて告げた。「白黒はっきりさせたい。だって、犯人がわかっていてそれを言わない手はない」
僕はコータローと目を合わせた。
んなっ!? とコータローの素っ頓狂な声。「結局俺かよ!? 納得いかねえぞ、さっきもいったが証拠はあんのか?」
「それを説明する前に少し話を変えるけど、僕が2人のメロンソーダを運んできたとき、グニマルは何のためらいもなくコータローのじゃないほうを選んだ。ストローの色はコータローと同じ青で、グラスも同じ形状。見分けなんて普通つかないのに」
「観察力には自信があるんや」
するとコータローは眉をひそめ、
「そんなの右手にもってたのが俺の、左手がグニマルのって覚えてたんだろ」
いやいや、とグニマルは首を横に振る。「ワイが見てたんはストローの角度や。コータローのは150度くらいで新品のワイのは直角。ちゃんと見とけば判別なんか簡単やわ」
「なるほどな。グニマルの目が鋭いことはわかった。だがケーゴ、今の話と俺が犯人だってことは結びつかないと思うが」
「さっき僕はテーブルに水平になるようスマホを置いて席を離れた。その前後でスマホの位置はほとんど変化していなかった。それはグニマルが僕のスマホの位置と角度を正確に捉えていて、触ったあとほぼ完璧に戻したからだ。僕が手洗いとドリンクバーに行っている間、まずコータローが触って次にグニマルが触ったはず。つまり犯人は──」
僕は相手の顔をしっかりと見据え、「グニマルしか考えられない」
「そんな……ワイはほんまに……」
「その記憶力が仇になったね。アニソンフォルダを見る分には特に落ち度はないのに、どうしてスマホを正確に戻す必要があったんだろう」
「それはな……つい習性というか……」
グニマル、とコータローは肩を叩いた。「白状したらラクになれるぜ……」
「……」
僕はぱんと手を叩き、「はい、この話はもうやめにしよう。どっちみちもう取り消せない。七瀬さんには僕のほうから謝っておくよ」
カルピスソーダを飲むと、喉の奥をいつも以上に炭酸が刺激した。
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