雑用係 クソガキの暴れっぷりを観戦する


 さて。とびきり手のかかるクソガキを送り出した俺だったが、


「……暇だな」


 


 日々の日課となっていた家事も大体終わったし、昼食は今日は久々に食堂で摂る予定だから作らなくても良い。その分夕食の仕込みは気合を入れたがそれも済み、以前本屋で買った本も読み終えた。


 第9支部ではほぼ常時仕事を受けていたから暇潰しをする必要もあまりなかったし、つまり今非常に珍しい退屈を味わっている訳だ。


「そろそろ筆記テストが終わった頃か」


 時計を見ておおよその当たりを付ける。正直初日の内容は全然心配していない。筆記テストは普通に勉強していればまず落ちないし、体力テストに至ってはスペックだけは間違いなく天才のネルが落ちる様が想像出来ない。


 強いて言えば個人面談が少しだけ不安だが、基本的に幹部としての心構えを見ているから余程滅茶苦茶な受け答えをしない限りは通る。流石のアイツも面談でバカはやらかさないだろう。回答拒否でもしない限りは大丈夫だ。


 しかしやる事もないし、たまにはゆったりと昼寝でもするかと思い始めた時、


 プルルルル。プルルルル。


 急に軽快な音を立てて、持っている通信機が鳴り響いた。





 ここで話は変わるが、幹部昇進試験というのは実の所発表会に近い。自分の実力を見せつけアピールする場と言えば分かりやすいだろうか?


 特に体力テストはその傾向が強い。邪因子を全開にするのではっきり見て分かるしな。なので、



『いっけえぇぇっ!』

『……ひゃ、101m23っ!? これは凄いっ! 100m越えは歴代幹部候補生でも数名しか出した事ないんですよ! それを怪人化も無しに』

『ふふ~ん! まっ! ざっとこんなもんよ!』



 


 場所は試験会場の一画。先ほどまで筆記テストを候補者達が受けていた部屋。そこに用意されたスクリーンに、候補者達が競い合っている様子がバッチリ映し出されていた。


「へ~。あのネルって候補生。中々やるじゃないか」

「ああ。あの齢でここまでやれるなら将来有望だな」

「だが、やや力押しの邪因子任せなのが少し気になるな。あれでは集団行動には向かんだろ」


 と言っても中継を見ているのは基本的に試験関係者か、場合によっては今の内に唾をつけておこうと考えている幹部級の奴ら。一般には中継の事はあまり知られていないからな。そんな中、


「……やっぱ来るんじゃなかったか?」


 そう俺がぼやいたとしてもなんら不思議じゃないだろう。


 何せ右を見ても左を見ても幹部級ばかり。ヒーローからすれば悪夢以外の何物でもないだろう。そんな中ただの雑用係の俺は完全に浮いている。


「はぁ。ジン支部長も何でわざわざあんな事を言うかねぇ」


 先ほどの通信。それはジン支部長からの、自分の代わりにこの中継を見てきてほしいという依頼だった。ご丁寧に幹部用のパスまで送信してだ。


 誰か有能そうな人が居たら見繕っておいてくれという話だったがそれは建前。ジン支部長が何故かネルに甘いのは良く知っているので、おそらくネルの様子を見てきてくれという事だろう。


 まあ丁度暇だったし、仕事とあれば断る理由もない。建前上他の候補生達の視察も兼ねて、あのクソガキの奮闘っぷりを見て笑ってやろうと軽い気持ちで来たのだが、現場はこの通りだ。


 とりあえず適当な席に腰掛け、備え付けられたパソコンを起動させて映像を出す。部屋のスクリーンはランダムに画面が切り替わるからな。全体を見るならともかく個人ならこっちの方が良い。しかし、


『うららららぁっ!』


 予想通りと言うか何と言うか、ネルはまさに大暴れとしか言いようがない動きっぷりだった。


 反復横跳びでは残像が出来るレベルでステップを決め、モグラ叩きでは台が壊れるレベルでモグラを乱打し、握力測定では測定器をぶっ壊す始末。体力バカにもほどがあるだろっ!? しかし、


「予想よりピーター君はよくやっているな。無理やりとは言え引っ張られているのが大きいか」


 ネルにどうやら無理やり付き合わされているピーター。その様子に俺は地味に感心していた。


 最初に見た時は、邪因子のスペックや肉体の強さで言えば候補生の中でも平均かそれ以下だった。しかしここ数日ネルに付き合わされ、そして今もネルに引っ張られることで殻を破りつつある。上手く行けば化けるかもな。そして、もう一人。


『ムキ~っ!?』

『あ~ららみっともない。それでも我がライバルですの? ……仕方ありませんわね。ではこの私が多少教授致しましょう』


 最初からずっとネルと一緒の競技に挑み、張り合い続けている候補生。邪因子の量こそネルに劣るものの、非常に高い邪因子コントロールと創意工夫で食らいついている女性。


 彼女こそ俺が以前首領との会話の中で、ワンチャン昇進できる見込みのある人物と話した一人。ガーベラ・グリーン。


「あのガーベラという候補生。奴も中々良いな」

「横のネルに比べればやや見劣りするが、あくまで見劣りするだけで非常に優秀だ。それに技術という点では勝っている。集団戦で光るタイプだ」


 周囲の幹部連中からもかなり高評価。候補生は幹部に昇進できなくとも、こうして幹部に引き抜かれて副官などになる場合もあるので高評価なのは悪い話ではない。


 しかし唾をつけようとしている幹部連中には残念な話だが、ガーベラ嬢とっくににロックオンされているんだよなぁ。



「良いぞ~っ! さっすがっ! その調子だっ!」



 ……むっ!? 噂をすれば影。部屋中に周りの迷惑を顧みない興奮した歓声が響き渡る。


 発信源は部屋の隅に陣取る一人の男。今もまた意中の人の活躍にエキサイトしっぱなし。だというのに、


 姿は確かに見える。しかしそれは形を成さない陽炎のようにぼやけている。


 声も確かに聞こえる。しかしそれはややデカい環境音として脳は処理してしまう。


 アイツ自身が見せようと、聞かせようとしない限り、ごく僅かの例外を除いて幹部級ですら何となくしか存在を感じ取れない。


 ……仕方ない。ちょっと注意してくるか。


 トントン。


「良いぞハニーっ! ……ちょっと後にしてくれないか? とても良い所なんだ。今麗しのマイハニーが目にも止まらぬ早業と細かな邪因子操作で爆弾解体をだね……んっ!? ガチではなかったとはいえ私の認識阻害を見破るって事は……げぇっ!?」


 肩を軽く叩くと、そいつはゆっくりとこちらを振り向き表情を青ざめさせる。失礼な。そんなヤバい奴に会ったみたいな顔をしないでほしい。


「や、やあ! ケン君じゃないか! 久しぶりだね」

「お久しぶりです。最後に会ったのは一年ほど前でしたか。……ところで、人に認識されないのを良いことに、エキサイトし過ぎて喧しい傍迷惑な人なんてご存じじゃないですよねぇ? 様?」

「や、やだなぁ。そんな人居る訳ないじゃないかハッハッハ!」


 任務の為と嘯きながら実の所、あらゆる手を使って一国を侵略してみせた男。


 その功績を持って数年前、リーチャーに六人しか居ない上級幹部の一人に任じられた男。


 。“妖幻”のレイナールは、俺の問いかけに冷や汗を流しながら乾いた笑いを返した。

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