ネル その手を伸ばしたいモノは


「……ふぅ~。まあ気楽に座んなよ。別に礼儀作法を見ようってんじゃないからさ」

「ふんだっ! 礼儀作法なんか、こんな所でも煙草吸ってるあんたを見て吹っ飛んじゃったわよっ!」


 個人面談。それは最初和やかな雰囲気から……とは言えなかったけど始まった。小さなテーブルを挟み、こんな時でも煙草を吹かせるマーサに呆れながらも席に着く。


「これからやることは簡単さね。ワタシの質問に答える事。ただし理由も含めて出来るだけ正直に。……まあちょっとした心理テストみたいなもんさ。簡単だろ?」


 それだけ聞くと確かに簡単だ。あたしは静かに頷いた。


「結構。じゃあ最初の質問だ」


 マーサは少しだけ姿勢を正してゆっくりと語る。


「言うまでもないが、ワタシ達が所属している組織リーチャーは悪の組織だ。犯罪行為は日常茶飯事。目的の為に手段を選べる余裕があるなら良いけど、場合によってはえげつない手段だって取らなきゃならない。要人の暗殺。大規模な破壊工作。その他諸々だ」


 まあ当然だよね。実際あたしがオジサンと会う前、他の視察した支部では暴力行為で一帯を支配していた。税を支払っていない奴を、見せしめに大衆の前でリンチするなんて事もあった。


 恐怖による支配、管理は分かりやすいし手っ取り早いというのは知識として理解できる。第9支部のやり方が珍しいだけだ。


「つまり、ワタシ達は人様の汗水垂らした成果を食い物にし、怨嗟の声を子守唄として眠り、屍を積み上げてそれを登るみたいな悪党だって事さ。……。アンタは人に恨まれようと、時として部下に嫌われるような事になったとしても、悪を為せと命令する覚悟はあるかい?」



「えっ!? あるけど?」



 何を分かり切った事を聞くのかと、あたしはノータイムでそう返す。


 マーサは一瞬ぽかんとした顔をすると、すぐに立ち直ってそう答える理由を聞いてきた。


「そりゃあ恨まれたくないし、嫌われるより好かれる方が良いに決まってるよ。だけどそれは自分の好きな人や振り向いてほしい人にで、それ以外から嫌われても恨まれても正直どうでも良いって言うか。……だから


 あたしがそう言うと、マーサはジッとこちらの瞳を覗いてくる。まるで何かを見透かそうとしているかのように。そして少しして、


「……何ともまぁ。お子様だねぇ」

「誰がお子様っ!? 立派なレディなんですけどっ!」

「そういうトコさね。……まあ良いさ。じゃあ次の質問だ。今度のはいわばシミュレーションって奴だね」


 何かテーブルの上の紙にメモをし、次にマーサが語ったのは特定状況下であたしがどう動くかという物。


 任務で重要物資を手に入れ、それを持って帰還する途中友軍が戦闘しているのを発見する。放っておいても友軍が多分勝つけれど、それなりの犠牲は避けられない。幸い双方からあたしの事はバレてなく、幹部級が不意を突けば大きく友軍の被害は減るだろう。


 けれどどうしても帰還は遅れるし、何かの弾みで重要物資に被弾するかもしれない。そこまでやわな物じゃないけれど、どうしたって万が一の可能性は残る。


 拠点に戻ってとんぼ返りするにしても、それなりに距離があるので辿り着く頃には戦いは終わっている。あたしはここでどう動くか決めなくてはならない。


「ちなみに両軍ともアンタに気が付いていないって所がミソさ。そもそも重要物資を運ぶ任務の最中で、仮にここで友軍を見捨てたとしてもなんら罪には問われない。さあ。アンタならどう動く?」



「決まってんじゃん! 



 これも考えるまでもなく即答。また理由を聞かれたので、あたしは一つずつ根拠を述べていく。


「出来ない任務を割り振る程組織も馬鹿じゃないよね。つまりそのまま重要物資を持って帰っても、当然の事をしただけだから褒められる筈ないし。つまりここで敵をギッタギタにして友軍を助ければ、その分よくやったってお父様……ゴホンゴホンっ! まあとにかく褒められる訳よ。ならやるしかないじゃん!」

「そうきたか。……だけどその分重要物資に何かある可能性が出てくるけどそこはどうするんだい? うっかり壊しましたとかそれこそ当然の事をできなかったって叱られるんじゃないかい?」

「えっ!? あたしがそんなミスする訳ないじゃない」


 さっきの説明だと、友軍だけでも何とかなってあたしが不意打ちすれば余裕って相手でしょ? そのレベル相手で荷物を傷つけないようにぶっ飛ばしていけば良いだけなら楽勝だね。


「へへ~ん! あたしの理路整然とした答えに度肝を抜かれたみたいだね!」

「……ある意味驚かされたというか、逆にお子様らしい答えでとっても分かりやすいというか」

「ちょっとそれ褒めてんの?」


 マーサは説明を聞いてうんうんと頷きながら、どこか悩んだ顔をしつつまた紙に何やらメモをしていく。な~んか採点されているみたいで落ち着かないなぁ。


「OK。じゃあ次で最後の質問さね」


 ありゃ? もう終わり? もっと色々来るかと思ったんだけど、予想よりあっさりだ。


「まあ最後と言ってもどこまでも簡単な質問さ。それこそ前の二つと同じくノータイムで答えれるようなね。……じゃあ、質問だ」


 そしてマーサがした質問の内容に、


「…………えっ!?」


 一瞬思考が止まった。


「おや。聞こえなかったかい? じゃあもう一度だけ繰り返すとしようかね。質問さね。





 マーサは落ち着いた様子で……と思わせながらどこか強い視線でこちらを見ている。多分さっきまでの質問はフェイクで、これこそがこの個人面談の肝なんだろう。


 確かに簡単な質問だ。これはおそらく組織への忠誠心を見る為のもの。


 ならおそらくベストな回答は、自分の命と組織でという答え。


 正確に言えば答えだけでなく、その理由も採点対象に入っているんだろう。だからそれっぽい理由も刷り込まれている知識から適当に見繕って、


「自分の命と組織? そんなのどっちを優先するかなんて悩むまでもないじゃない。当然……」


 組織だと返そうとした時、



『強くなりたい? 大いに結構っ!  お父様に認められたい? おうとも存分にやれば良いさっ! だけどな……その為に自分を磨り減らすのだけは止めろっ!』



 ふと、以前オジサンに言われた事が頭を過ぎった。


 お父様の役に立つべくあたしが無茶な訓練をしていた時、オジサンはそう言ってあたしを止めた。あの時の必死な顔がどこか寂しそうで、苦しそうで、今でもあたしの胸に残っている。


 あたしはお父様の役に立ちたい。その為ならこの身を磨り減らすのも怖くはないし、当然だと思っている。だからこの組織を優先する。だけど、



『面談は色々と聞かれるだろうけれど、ただに答えた方が良い』



 さっきレイの言っていた言葉を思い出す。心の赴くままに……か。なら、


「当然……何だい?」

「そう。当然

「……そうかい。それがあんたの答えかい」


 あたしの言葉に、どこか落胆した様子でマーサは紙に何か書き込もうとし、


「でもね。それは本当の本当のほんとぉ~に最後の一手だと思ってるよ」

「……続けな」


 マーサはそこでペンを止め、興味深そうに先を促す。


「組織を優先するのは当然の事。でもね、。あたし死にたくないし、多分死んだらオジサンが口では色々言いながらも悲しみそうだし。だから最後まで足掻くと思う。自分の命と組織を天秤に掛けさせない為に」


 そもそもこの問題どっちを優先するかであって、どちらも選んじゃいけないなんて質問にないよね? だからあたしは自分の命を守りながら組織の為に動くんだよ。と答えると、マーサは思いっきり苦笑していた。


「最初から最後まで、アンタの言ってる事はどこまで行っても夢物語の理想論。お子様の理論さね。最初の質問で、もしも命令する相手がアンタの言う適当な相手じゃなかったら? 二つ目の質問でも、もしも何かのアクシデントが起きて重要物資が破損したら? 今の質問もそうだ。……ネル。アンタは最悪のパターンを一切考えていない。常に成功した時の事。良い結果だけを考えている。物事が全部そう上手く行くと本気で思ってんのかい?」

「さあね。あたしだって調子の悪い時もあるし、常に上手く行かないのもあり得る話だよね。だけど幹部は常に良い結果を考えなくちゃだよ。だって」


 あたしはその場で手を上に伸ばし、そのままギュッと握りしめる。





「……そうかい。よく分かったよ」


 しばらく黙りこくった後、マーサはそう言って今度こそ紙に何かを書きつける。


「面談はこれで終わりさ。お帰りはあちらから」


 入ってきた扉とは反対側。自身の後ろ側の扉を指差すマーサ。そう言えばあたしの前に入っていった候補生は誰も戻って来なかったっけ。つまり出口は別にあったって事だね。


「このまま明日に備えて自室に戻って休むも良し。エントランスでしばらく他の候補生と話すのも良し。ただしその場合質問の内容は内緒さね」

「ネタバレ厳禁って奴だね。了解!」


 あたしは一応の礼儀として一礼をすると、そのままマーサの後ろの扉まで行ってノブに手を掛ける。そこへ、


「……ふぅ~。ああ。一つだけ忘れてた。さっきの筆記テストの

「うん?」


 今思い出したって感じで、マーサは煙草を吹かしながら気楽に問いかけてくる。


「手を伸ばしたいものって質問で、アンタは“お父様の笑顔”と“あたしとずっと一緒に居てくれる人”と書いていた。まあ“友達”と書いた後で上からペンでぐりぐり塗りつぶされていた箇所もあったけどそれは置いておこう。ここら辺のことをチョロ~っと聞いてみたいと思ってさぁ」


 あたしはその言葉に振り返ると、


「や~だよ! 質問はさっきので最後。だからこれ以上答える義務なんて無いもんね~だ! アッハッハ!」


 マーサに向けてアッカンベーを繰り出し、軽く笑いながらその場を後にした。





 だって、書いたは良いけど実際に話すのって気恥ずかしいじゃない。

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