接続話 それぞれの幹部昇進試験前夜
◇◆◇◆◇◆
幹部昇進試験前夜。
ある新米幹部候補生の場合。
「ふひぃ~。沁みる~」
ピーターは自室の浴槽に浸かって思いっきりだらけていた。
「まったく。明日は試験だってのに、ネルさんときたらこんな日まで訓練に付き合わせようとするんだもんな。どうにか逃げてきたけど嫌になっちゃうよ」
身体のあちこちに残る僅かな疲れ。煩わしくもどこか心地良くもあるそれを感じながらも、満更でもない表情でピーターはそうぼやく。
ここ数日。ピーターは普段の講義等に加え、ネルに付き合わされて個別の鍛錬を続けていた。
ネルとの戦闘訓練に始まり、飛び回るボールの中で瞬間的に邪因子制御をする訓練。そして休憩中も、邪因子を常に流し続けていないと扱えない道具で遊んだりと様々だ。
その際の身体への負担は幹部候補生になってから、というよりこれまでの戦闘員時代も含めておそらく一、二を争うものだった。
「ケンさんも常識人ぽいっけどスパルタだし、雑用係って言うからには一般職員だと思うけどなんか風格あって逆らう気が無くなるし。あと
邪因子量は間違いなく最低レベル。だけどそれは何と言うか、常時活性化しているのに次の瞬間何かにかき消されて溜まらない……みたいな感じだとピーターは感じていた。
「でもなんだかんだここ数日で結構邪因子が上がったな。怪人化出来る時間も前よりはっきり伸びてたし、その点はネルさんとケンさんに感謝かな! だけどやっぱりキッツイんだよなぁ。……にしても」
ピーターはそこでふと今日の出来事を思い出す。それは、
「う~ん。やっぱ断っちゃったのはマズかったかなぁ。あの人達試験3回目のベテランらしいし、話によると二日目は
そこで口元まで湯に浸かってブクブクと泡を立てながら、ピーターはしかめっ面をして思い返す。
『知っているぞ新米。最近お前あのネルに付き纏われているんだろう? あのクソガキに目を付けられるなんて可哀そうになぁ。さぞ毎日辛い目に遭っている筈だ。だが俺達の側につけばもうそんな事は無くなる。一緒にあのクソガキをぶっ潰してやろうじゃないか』
「な~んかムカッと来て断っちゃったんだよなぁ。キッツイのは事実だけど、訓練を見てもいないのに語らないでよって感じだったし。……え~いヤメヤメっ!?」
ピーターは顔をバシャバシャと洗って考えを切り替える。
「まずは明日の筆記と実技。その後の事はその後考えよう! 今はしっかりと身体を休めるんだボク! ……ふひぃ~」
そうしてピーターはまた温かい湯に身を委ね始めた。
ある元本部付き幹部の場合。
「試験の監督官? お断りさね。……ふぅ~。じゃあそういう事で」
第9支部医務室の主マーサは、突如支部長室に呼び出されて内容を聞いた瞬間煙草に火を着け、紫煙を燻らせながら踵を返した。
しかし呼びつけたジン支部長もこのままでは引き下がれない。
「まあそう言うな。本部からの急な辞令ではあるが、本来の担当者が侵略先で手傷を負わされ代わりに推薦したのがお前だったのだからしょうがあるまい」
本部からという点を軽く強調し、言外に断りづらい雰囲気を出す支部長。それを察してマーサも大きくまた煙草を吸い、そのまま苛立たし気に煙混じりのため息を吐く。
「はぁ~。どこの誰だい? ワタシなんかを推薦した物好きは。それに監督官は毎回幹部が務めるのが恒例。ワタシは今じゃただの医者だよ」
「幹部が務めるというのは、単純にいざという時幹部候補生の暴走を抑えられる実力があるというだけの事だ。逆に言えば実力さえあれば幹部でなくとも構わない。それにお前を推薦したのは」
支部長の挙げた名前に、マーサは思いっきり渋い顔をする。それは当時マーサが幹部を辞める事になったいざこざで、大いに世話になった人の名前だった。
「ワタシが居ない間、この支部の医務室は?」
「代行であれば手の空いている助手だけで事足りる。緊急の対応もそうそうあるまいし、各自のスケジュールの調整はこちらでやるので問題はない。勿論急な仕事なのでその分の特別手当も支払われる。……どうだ? 引き受けてはもらえないか?」
「……ふぅ~。分かった。引き受けるよ支部長様」
一つずつ問題点に対する対応を返していく支部長。そしてマーサも遂に根負けして了承。早速支部長から資料を受け取りパラパラと内容を確認していく。
「今回の参加者は……何かパッとしないねぇ。個人個人で見れば光る物があるのも数名いるけど、全体的に前に比べて質が落ちている傾向がある」
「それに関しては本部でも問題になっているようだ。試験の難易度を下げてはという意見もあったが、大多数の者はこれまで通りか寧ろ難易度を上げる意見に賛同している。実力の見合わぬ幹部などいくらいても意味がないとな」
「まあその分毎回昇格出来る奴は多くて数名。だからこそ尊敬もされるし権限もある……か。数を増やすか質を保つか毎度悩ましい所だねぇ」
ざっと目を通すと、
「ちなみに、どうやら試験に向けての派閥が出来ているようだけどそっちはどうすんだい?」
「別にどうも。同じ幹部候補生を従えられる実力と統率力があるという意味では寧ろ評価点だ。ただ誰かに従って甘い蜜を吸いたいだけの者は逆に低評価だがな。それに」
そこで支部長は一拍置くと、ニヤリと口元だけ笑ってみせる。
「徒党を組んでも
「へぇ~。ワタシみたいにかい?」
「お前の場合はやり過ぎて辞めさせられた類だろうに。被害に遭った第7支部は今でもお前が来る度に厳戒態勢をとるんだぞ」
かつてケンと組んでやらかした事をちらつかせると、マーサは何も言わずにまた煙草を吹かす。そしてしばらく沈黙が続くと、
「じゃあそろそろ行くとするさね。明日に備えて準備もあるんでね」
「ああ。急に呼び立ててすまなかったな」
マーサはゆっくりと立ち上がり、資料を持って部屋を出ようとする。その時、
「ところで、最近何やらあの子について調べているようだな。何か掴んだのか?」
支部長のその言葉に、マーサの足が止まり振り返る。
「……少しは。その分だとアンタも知ってたんだね」
「あの子の言う“お父様”とやらなら調べがついていた。それ以上は多分お前の方が詳しいだろうが」
「まあね。この事はケンには……言ってないねこりゃ。もしケンがあの子の出生を知ってたら今頃絶対一騒動起きてる。あのお節介焼きが何もしない筈がない」
その言葉に支部長も表情を引き締める。つまりはそれだけの大事であると。
「ここまで来たら支部長様には話しておくとしますかねぇ。ワタシが掴んだ情報。あの子が……
マーサはそこで椅子に座り直し、また静かに煙を口から吐き出した。
“お父様”の場合。
そこはどことも知れぬ場所。全体を薄緑色の照明が妖しく照らし、大小様々な培養液入りのポッドが設置されている。
その中の一際大きいポッドの前で、一人の美丈夫が佇んでいた。
「……いよいよなのだ。ようやく……ようやく手が届く」
男はゆっくりと手を伸ばしてポッドの表面を撫で、培養液に浮かぶ
そこに居るのは薄い水色の髪を伸ばして眠る一人の少女。その姿は髪型以外はネルに瓜二つだった。
「お前の為の万全の舞台を整えよう。だからもうしばし眠るが良い。
男は平常時よりほんの僅かに熱を持った口ぶりで、そう少女に語り掛けた。
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