第二章
雑用係の平凡な一日
午前5時少し前。
ピピピっ! ピピピっ!
雑用係の朝は早い。軽快なベルを鳴らす目覚ましを止め、俺はグッと背伸びをする。
軽く身支度を整え、向かうのはこの第9支部の訓練場。俺の日課でいつもここで訓練をして汗を流す。何故こんな時間かと言うと、もう少し経つと朝練でここが割と賑やかになるからだ。
賑やかなのは嫌いじゃないが、なにぶん俺の邪因子適性は非常に低い。下手に他の奴が居ると訓練の邪魔になりかねないのでいつもこの時間だ。
午前6時。
この頃になると、ぽつぽつと一般の戦闘員なんかも朝練にやってくる。そろそろ引き上げるとするか。
「おぅ! おはようケンさん。今日も今終わりかい?」
「ああおはよう。他の奴の邪魔になったら悪いからな」
「そんな事言うなよ。ケンさんのアドバイスのおかげで動きが格段に良くなった奴は多いんだぜ? 今度俺のトレーニングも見てくれよ!」
確かに何人かにアドバイスをしたことはある。だがそれは皆して動きに変なクセがあったり、訓練の仕方が身体に合っていなかった奴らだ。俺がやった事と言ったらそこを少し指摘しただけ。大したことじゃない。
「ハハッ! まあ暇になったらな! じゃあな!」
だがまあ仕事とあればまた受けるだろう。俺はそんな事を言い合いながら自室に戻り、シャワーを軽く浴びて汗を流す。
午前7時。
朝食は大抵自炊だ。和食洋食は気分と冷蔵庫の中身で決める。今日は少し訓練に熱が入って疲れたので軽めの物としよう。
バタートーストにハチミツをたっぷり塗り、デザートにはフルーツのヨーグルト和え。それらを一杯のコーヒーと共に腹に落とし込む。
食事が済んだら、さあて。仕事の時間だ。
午前8時。
「おはようございますジン支部長。早速ですが今日の仕事は?」
「ああ。おはよう。いつも通りだ。そこの壁に紙を張ってある。持っていくと良い」
支部長室で挨拶を済ませると、俺は支部長がざっとまとめておいてくれた依頼の紙を手に取り、一礼して退出する。
「え~と……支部の外壁塗装に競羊用の羊の放牧。麻雀の面子が足りないから募集……って最後のは仕事じゃねえな。後回しっと」
ざっと内容を頭に叩き込み、緊急性の高い物を優先してどうしても都合がつかない分は丁重に断りの連絡を入れる。
あくまで俺の仕事は
正午。食堂にて。
「いらっしゃい! 今日はこっちで食べるのかい?」
「思いのほか外での仕事が長引いてさ。次のが立て込んでて自分で作る暇がない。悪いけどすぐに食べれるそばでも頼むよ」
「あいよ! そば一丁っ!」
昼時は相変わらず食堂は大忙し。よく見ればこの前のタコ怪人も復帰して腕をフル回転させている。後遺症もなさそうで結構だ。
俺も何とか空いた席を確保し、頼んだそばをズルズルと啜る。……おっ!? こののど越しはいつもと違うな。
「流石に察しが良いね。今回は近くの村でこの前買った芋。アレを擦って少量生地に練り込んであるのさ。勿論出す相手は選んでる。ケンはアレルギーの類はなかっただろう?」
「ああ。前のも美味かったが、こっちはのど越しがよりツルっと行く感じだ」
そんな具合で軽く世間話に花を咲かせた後、俺は早めに食事を終わらせて次の仕事へ向かった。
午後6時。
「良し。これでおしまいだ」
ひとまず今日の内にやらなきゃいけない仕事を全て終わらせ、支部長に仕事の内容をまとめた書類を提出。静かに
「は~いオジサン! 遊びに来たよ! 今日こそあたしの下僕になってよっ!」
「よし。馬鹿な事を言ってないで帰れ。今すぐ帰れ。俺は忙しいんだ」
俺に安息の地はないらしい。普通にちょくちょくやってくるクソガキに正直頭を抱える。お前昨日来たばかりだろっ!?
「え~っ! 良いじゃん! ふふ~ん! 今日は凄いんだよぉ。な・ん・と、じゃじゃ~んっ!」
ネルが自慢げに取り出したのは、本部で発行されている広報誌だ。ネルはそのページをぺらぺらと捲り、一つの面を大きく広げてこちらに見せる。
「何々? ……これお前じゃないか!?」
「そう! 『次期幹部候補筆頭。ネル・プロティ独占インタビュー』だって! まああたしの実力をもってすれば、やっぱ当然だよねぇっ!」
胸を張って鼻高々に見せつけてくるネル。だがよくよく読んでみると、インタビューという割にはあまり踏み込んだ所までは記事になっていない。
質問も基本的に当たり障りのない内容で、核心部分というか突っ込んだ部分はあくまで“らしい”とか“思われる”とかで濁されている。
「ああそれ? あたしは結構真面目に答えてるんだけど、なんでかその度に相手が変な反応をするんだよねぇ。例えば“よく食べる食事のメニューは何ですか?”って聞いてくるから、錠剤では××社の物が栄養効率が良いから良く摂取するって返したら目が点になってたし」
いや。それは食事のカウントとしてはどうかと思うぞ。
「安心してよ。ちゃんとその後で、“あとはオジサンの作る卵焼きとかサンドイッチかな”って言っておいたから! 上手くしたらオジサンにもインタビューが来るかもしれないよ! そうしたら泣いて喜んであたしにひれ伏してよねっ!」
そう自慢げに言うネルだが、それっぽい所を抜粋するとどうやら“食事は栄養面が第一。それ以外は不要らしい”という流れに落ち着いている。インパクトのある返答ではあるな。うん。
「ねぇ。どう? 凄い? 凄いでしょう?」
ネルはしきりにそう言ってグイグイ内容を見せつけてくる。流石にうっとおしいから適当に追っ払ってやろうか。そう思ってネルの顔を見た時、
「……凄いと言っちゃあ凄いな。うん。誰にでも出来る事じゃない。良く出来てると思うぞ」
「本当っ? そうでしょうそうでしょう! まあヨワヨワのオジサンには縁のない話だろうけどね」
何故だろうな。一瞬コイツの顔が、どこか
すぐにそんな感じは霧散し、渾身のドヤ顔をこちらに向けてくるクソガキ。やっぱ腹立つな。
「それとオジサ~ン。もうこんな時間だし、折角だからあたしに手料理を振る舞ってくれないかなぁって。ほらっ! 今回の記念って事で! お願~い!」
「何が記念だ。ほとんど毎回ここに来る度にねだってんじゃねえかっ!? ……錠剤だけの食事よりかはマシか。ちょっと待ってろ。今日は白米にみそ汁とソーセージとキャベツの炒め物カレー風味だ」
「やったっ! オジサン。卵焼きも忘れないでね!」
「分かってるよっ!」
そうして二人で夕食を摂った後、どさくさでまた泊まっていこうとするクソガキに軽く説教してゲートで送り帰すのが最近の日課になりつつある。……こんな日課嫌だぞオイ。
午後9時。
コンコン。
「ケン。居るかい?」
「ああ。入りな」
ノックの音と共に、今度はマーサが部屋に訪ねてきた。今日は来客が多いな。
「実は……って!? ケ~ン。これは何だ~い?」
げっ!? しまった!? 部屋に持ち帰ってやるはずだった仕事の紙だっ!? 俺としたことがうっかり数枚仕舞い忘れていたらしい。
「ケン。前にもワタシは言ったよね? 仕事を持ち帰ってやるのは止めとけって?」
そう言うなり、マーサは懐から煙草を一本取り出すとおもむろに咥えて火を着ける。
「ま、待った!? ちょっと待ってくれ!?」
「……ふぅ~。言い訳無用。これは没収さね」
吐き出される紫煙が部屋中に漂い、その煙に包まれたかと思うと紙がふわりと浮かび上がってマーサの元に運ばれる。他の保管してあった分もだ。マーサの奴怪人の能力まで使いやがってっ!?
「ひとまずもう無さそうだね。まったく。少し目を離すとすぐ自分の仕事を増やすんだからアンタは」
「……で? 一体何の用なんだよ?」
「な~に。たまにはちょいと寝酒に付き合ってほしくてさぁ。アンタならツマミくらいあるだろう?」
ニヤッと笑いながら缶ビールの入った袋を振ってみせるマーサに対し、俺は何も言わずに冷蔵庫の中を確認した。……明日の朝飯用のおかずを作り足さねえとな。
午後11時。
ひとしきり二人でツマミを片手に晩酌した後、ほろ酔い気分で自室に戻ろうとするマーサに送って行こうかと声をかける。すると、
「おやぁ? 送り狼かい? まあ……アンタならウェルカムだけどさぁ。フフフ」
「寧ろうっかりお前に絡まれる奴を心配してんだよ。ほらっ。酔っぱらって馬鹿な事言ってないで肩貸せ」
顔を赤くしてニヤニヤと笑う酔いどれの悪友を彼女の部屋に放り込み、さっさと自分の部屋に戻る。あとは寝るだけ……なのだが、
「……朝飯のおかずを今の内に作っておくか」
今やれることは今やる。時間はどこまで行っても有限だ。出来上がったおかずを冷蔵庫に入れ、あとは温めるだけで食べられる状態にする。
時間はそろそろ真夜中。うん。今日は珍しく今日中に仕事は粗方終わった。マーサに取られなかったらその分を日を跨いでも終わらせるつもりだったが……まあ偶には早めに寝るのも良いだろう。
俺は静かに布団に潜り込んだ。明日も仕事が待っているのだから。
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