第2話 食う寝る処に住む処
「おい、もっと速く歩かんか! このおっぱい女!」
「これで全速力ですよ! 後その呼び方やめてください! 私の名前はセシリアです」
へー、この受付嬢セシリアっていうのか。どうせすぐ忘れそうだけど一応覚えておこう。
俺は今、セシリアにおんぶされてギルドから帰宅中だ。あ、爆発しちゃったから元ギルドか。
「お前がしょうもないガラガラを回させたせいで、クソ能力を押しつけられて多額の借金を背負うことになったんだぞ! 責任取って一生俺の介護をしやがれ!」
「あなたの運が悪いのがいけないんですよ! 疲れたのでそろそろ自分で歩いてくれませんか?」
「はー? お前は目の見えない哀れな人間を自分で歩かせるのか? みなさーん、こいつは目の不自由な人を見捨てる最低な女でーす! 誹謗中傷してやってくださーい!」
「ちょっとやめてください! 私がすごい悪人だと思われるじゃないですか! ちゃんと家まで運びますから」
「うむ、それでよろしい」
それからセシリアはゼェゼェと息を切らしながら歩き続けた。
「つきましたよ…」
俺はセシリアの背中の上に乗ったまま家の扉をノックした。
「ダンテおかえりなさい……って、目隠しした状態で女の人におんぶされてどうしたの? 新しい性癖に目覚めたの?」
「性癖じゃねえよ! 実は、かくかくしかじかでな…」
俺は母親にここまでの経緯を説明した。
「つまり視力を失い三千万の借金を背負うことになったということ?」
「そーいうことっす」
「『そーいうことっす』じゃないわよ! 借金どうすんの?」
「お母様、どうか立て替えてください。お願いします」
「そんな金、うちには無いわボケ! さっさと出ていけ! 借金返すまで帰ってくんな!」
バタンと扉が閉まる音がした。どうやら俺は追い出されてしまったらしい。実の母親だというのに酷いじゃないか。泣いちゃうぞ、ガチで。アイマスクしてるから分かんないと思うけど、めちゃめちゃ涙目になってるからな。
「心中お察しします。それではさようなら〜」
俺は地面にストンと降ろされた。セシリアの足音が少しずつ遠ざかっていく。
「おい待て、おっぱい女!」
「セシリアです!」
「お前どこ行くんだよ」
「どこって、帰るんですよ! ギルドが崩壊してしばらく仕事が休みなんで、今日は家でまったりするんです!」
「俺を置いてくのかー? 視力も無く、住む場所も無く、大量の借金を背負った哀れな男を」
「私にどうしろっていうんですか?」
「お前の家に住ませろよ」
「は? 無理です、絶対!」
「みなさん、聞いてくださーい! この女は困っている人を見て嘲笑う外道です! 人の血が流れていない鬼だ! 悪魔だ!」
「私に周りの冷たい視線が刺さってるからやめてください!」
「じゃあ俺をお前の家に連れてけよ」
「はぁ〜、仕方ないですね…」
セシリアは深く溜め息をついた。なんだか申し訳ないね。でもまあ、とりあえず住む場所が見つかってラッキーだぜ。
「それじゃあ俺を背負ってとっとと進め! クイーンセシリア号出発進行!」
「はいはい…」
俺が背中をペチンと叩くと、セシリアは心底嫌そうに歩き出した。
セシリアの背中の上で揺られること数十分が経過した。
「着きましたよ〜」
「グガー! グガー!」
「寝てる!? 起きてください!」
やかましい叫び声で目が覚める。
「ん…おはよう。あれ? 起きたはずなのに真っ暗だ。あ〜、アイマスクしてるからか! 外さないと…」
「駄目駄目駄目駄目! アイマスク外すの禁止!」
「あ、悪い悪い。寝ぼけてたもんで」
「私の家が吹き飛んだらどうするんですか!」
「以後気をつけまーす」
「私の家が無くなったらあなたに弁償してもらいますからね!」
これ以上負債を増やすわけにはいかないな。アイマスクを外してはいけないって心の中で何回も唱えとこ。アイマスクを外してはいけない、アイマスクを外してはいけない、アイマスクを外してはいけない……これでOK!
それにしても腹が減ったな。朝起きてから何も食べてないし当然か。昼飯を食べるとしよう。
「ねえおっぱい女、やきそばパン買ってきて。五分以内でね」
「だからセシリアです! 私に住む場所を提供してもらうだけでなくパシろうとするなんて、なんて図々しいんですかあなたは!」
「だって仕方ないじゃん。何も見えないから食べ物も自分じゃ調達できないんだぜ。お前は俺に餓死しろってのか?」
「わかりましたよ、買ってきますよ……でもやきそばパンって何ですか? 知らない料理なんですけど」
「俺の知り合いが異世界出身らしくて『異世界食堂』ってのを経営してんだよ。そこで売ってる美味しいパンだ。ソースの濃い味が癖になるんだよ」
「異世界の料理ですか。美味しそうですね」
「特別に半分やるよ。感謝しな」
「私のお金で買うんですけどね!」
「つべこべ言わずにとっとと行ってこい!」
「はいはい! 分かってますよ!」
「五分以内だぞー!」
セシリアは家からダッシュで出て行った。
さて、うるさいのもいなくなったことだし、ゆっくりとこの家を物色するとしよう。これから長いこと過ごす家なんだし、どういう場所なのかちゃんと知っておかねば。
どうやら今いるのがリビングらしい。壁をつたってぐるっと一周歩くと、それなりに広いことが分かる。扉は三つ、3LDKか。若者の一人暮らしにしては大きな家に住んでるじゃねえか。ギルドの職員って公務員だから、けっこう給料貰えんのかな。
さてと、じゃあリビング以外の部屋も拝見しますか。一番近くの扉を開けますよと。
部屋に入った瞬間に鼻腔を刺激する女の子の部屋特有の甘い香り。ここは間違いなくセシリアの寝室だろう。
どんな部屋か気になるな〜、見てみたいな〜。ちょっとくらい見ちゃおうかな〜。そんな軽い気持ちで俺はアイマスクを僅かにずらす。
うわ、全体的にピンクだ。二十代にもなってこんな部屋に住んでるとか恥ずかしくないのかな。
そんな失礼なことを考えた瞬間、俺のちょうど目の前にあったクローゼットが爆発した。それはもう大爆発よ、木っ端微塵。クローゼットは跡形もなく消え去った。中の衣服が散乱したけど、すぐにアイマスクをつけたのでそれらは無事で済んだ。後でセシリアには謝っとかないとな。
俺はリビングに戻り、セシリアが帰ってくるまでソファでまったりすることにした。それにしてもあいつ遅いなあ。どこかで油売ってるんじゃねーだろうな。もう腹減って死にそうなんだけど。
「ただいま帰りましたー!」
やっと帰ってきたか。待ちくたびれたぜ。
「お前、五分以内って言ったよな? もう三十分は経ってるぞ」
「思いの外混んでたんですよ……って、何で頭に私の下着かぶってるんですか!? この変態!」
「え?」
そういえば頭に何か乗ってるな。触ってみた感じ、かなりサイズの大きいブラジャーだ。こいつ超巨乳じゃん。
「わざとじゃないんだよ。クローゼットが爆発した時の衝撃で、たまたま頭の上に飛んできて…」
「クローゼットが爆発!?」
セシリアの声は完全に裏返っている。すごいショックを受けたんだろうな。彼女は自室に猛ダッシュで駆け込んだ。そして数秒後、ハァハァと怒りに満ち溢れた吐息を漏らしながら俺の前に立った。
「ダンテさん、出ていってもらえますか?」
今までにないほど低い声色だ。これは本気で怒ってるな。だが俺はもう追い出されるわけにはいかない。ここは異世界人から教えてもらった必殺技を披露する時だ。その名は……
「DO! GE ! ZA!」
俺は勢いよく地面に膝をつき頭を下げる。
「申し訳ございませんでした! これからは迷惑をかけないようにします。家事も手伝うし、このスキルの扱い方が分かったらちゃんと仕事をして家にお金をいれます。だからここに置いてください!」
「本当ですか? 約束できますか?」
「もちろんです! 約束します!」
「そこまで言うなら置いてあげますよ……」
「ありがとうございます!」
こうして俺はどうにか住処を手に入れた。
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