Winding wheel (14)
三八口径、扱いはシングルアクション・ダブルアクションどちらも可、装弾数五発。艶と照り返しが出ないよう黒く表面処理を施された水道警備兵標準装備のリボルバー。
南古野と新市街のあいだに存在する、『殺傷力の高い火器の使用を相互に禁ずる』との規定により弾頭の破壊力・装弾数にかけられた枷――その上限性能をマークするのがこの銃だ。ゆえの『制式』。
これを超える性能の火器を製造携帯することは制水式における罰則の対象となるため、理逸たち南古野の人間は
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右手をかざしていたことが功を奏した。
即座に理逸がプライアを発動し、相手の構えていた制式拳銃を引き寄せて於久斗から横にずらす。射線が彼方へ逸れ、銃声だけが身体を叩く。
二射目がまた於久斗を狙う前に、左手の引き寄せで射手の身体を前に崩す――引き寄せきれていない。深緑の防護服を纏う巨体は理逸のプライアの限界重量である六十キロを超えていた。胸板は厚く僧帽筋が張っており、大腿部は年輪の詰まった丸太を思わせた。背丈も一八〇はあろうかという、体重九十キロ、ないし百キロを超える筋肉塊。
射手の男は頭全体を覆うマスクのため表情はわからないが、理逸のプライアへ即座に応じる。
身をかがめて掌からの直線上、すなわちプライアの発動軌道上を外れて距離を詰める。膝立ちに近い低い姿勢で銃口がふたたび於久斗に向けられた。二メートルを割る、必中の距離。
「今度こそ死ね」
低い声で言い、銃がうなり、引き寄せがもう間に合わない。
しかし弾丸が於久斗に当たることはなかった。
それを受け止めたのは黒い靄だ。
彼のプライアが瞬時に影を己にまとわりつかせ、全身を覆っている。『影の表面へ受けた力を無効化する』能力が銃撃の運動エネルギーを奪い取り、一拍遅れて地面にかツんかツっ、と軽い音と共に二つの弾丸を落とす。射手の男が舌打ちした。
「意識もねぇのにプライアは出やがるかよ、クソが」
逃避型のプライア。現状からの遁走や防御のため現れるこの特質は、どうやら無意識でも――いや無意識だからこそか。於久斗の周囲に展開され、彼を銃撃から守っていた。
となれば話はべつだ。理逸は影をまとう黒い物体と化した於久斗を引き寄せて盾にする。
といっても自分の盾ではない。
「あっこのクソ野郎、死なせられねぇじゃねーか!」
さらに弾丸が於久斗に当たり、二発とも落ちる。確実に仕留められる近距離のときは一発、引き寄せで狙いを外されて補正しながら撃つときは二発、離れたスミレ狙いはまた二発。
正規の戦闘訓練を受けている者であるとわかる、教本通りのフォームと撃ち方だ。
「読んでぃましたか」
多少感心したような、思い通りだったような。どちらともとれる声。同時に彼女が、撃鉄を起こす音もした。
『誰を優先して倒すべきか迷わせる』ことを狙ってスミレがいつもの二連装亜式拳銃を構えているだろう――だから撃たれるだろう、と予想したのは間違いではなかったらしい。
「それくらいは、なっ!」
言いつつ於久斗の陰から踏み出し、理逸は弾切れになった射手の男に迫る。
すれば、即座に
だがそれに付き合う気はない。理逸はプライアを再発動し、追い越して斜め後ろに位置していた於久斗を引き寄せる。
ぐらりと、意識もうつろな於久斗の身体が、射手の男にもたれかかる。
「このっ――んなぁッ?!」
射手の男は押しのけようとするが、倒れてくる於久斗をどかせない。六十キロ程度と思しき彼の身体に泥のようにのしかかられ、そのままずるずると仰向けに倒れていく。
於久斗の『影』は重力やプライアを除く、触れた力をすべて飲み込む。理逸が戦闘になったとき、肩口からぶつかるように仕掛けた体当たりは「永遠に横方向に落ち続けているような」奇妙な感覚と共に無力化された。
つまり倒れてくるのを押し返そうとする力もすべて無力化されるのだ。これを抜けるには押し返さず横に滑り出るしかないし、その動作は理逸の前では遅すぎる。
「単に無敵の防御能力と思ってたなら、残念だったな」
完全に地面に押し倒され、身動き取れなくなった射手の男に向かって足を振り上げる。つま先を側頭部に叩き込もうとした。
が、寸前で彼はまた狙いを切り替えていた。すでにポケットに入り込んでいた手を出し、なにかを投げる。
ブシュっ、
と押し込められた気体が解放されるような音と共に、またも黒煙。
しかし広がる勢いが火事の煙の比ではなく、一気に五メートル四方に拡散した。塗りつぶされる視界のなかで理逸の蹴りは空振る。
濁り切った視界のなか、気配が離れるのを感じる。……『影』は於久斗の落とす影がほかの影から切り離された状態でなくては発動しない。ゆえに暗所だった、尾道の威風堂の中では発動できなかった。
いまも同じだ。発煙弾の煙によって於久斗の影は輪郭が薄められ、プライアが途切れた。これを利して射手の男は逃れている。
また、理逸の『引き寄せ』も視界内で見えているものにしか発動しないため封じられた。……能力発動前に視線をめぐらす動きがあったと察していたか? 切り替えの速さ、戦闘勘の良さからすると十分にあり得る。
煙の向こうでカカつッ、と薬莢を落とす音がする。
弾丸を込め直している。もう猶予はない。
「スミレ、撃て!」
指示にためらわず彼女は撃った。煙の向こうから轟く銃声。一瞬、注意はスミレ側に逸れた。
その間に詰め寄る。ポケットから引きずり出した、両端に
膝の力を抜き、倒れこむようにして、両手のプライアで煙の隙間を縫って見える『少し先の床タイル』へと己の体を次々引き寄せる。これで蛇のように這い進んだ理逸の動きは予想しづらかったのか、銃撃三発が空を切った。
そしてたどり着く。煙の向こうに、ブーツを履いた射手の男の足が見える。
前に出ていた左の太腿を右腋下に抱え、右肩で腹を押すようにタックル。さらに左手は、射手の男の背後に見えてきた階段へのドアに向けて拳を握る。
「ごぉっ」
男がうめく。蝶番をちぎらんばかりの勢いでフルスイングする金属製のドアに背中を殴られたのだ。衝撃の重みに崩れた瞬間を見逃さず、理逸は渾身の力で踏ん張った。
右腕のなかで男の太腿が傾き、仰向けに倒れていくのがわかる。どざん、と倒れた。瞬間左手を伸ばし、相手が銃を構える右腕に関節技を仕掛けに行く。
だが相手もさるもの、銃は左手に投げて持ち替えていた。
闇のような銃口が理逸に向けられようとする。
「遅ぃ」
そのとき煙を割いて現れ、ゴりッ、と男の頭に横から突き付けられる亜式拳銃。
左手の制式拳銃は、理逸に咆える寸前で止まった。一発目を撃ってすぐ、そのまま歩いて煙のなかを進んできたスミレが牽制を成していた。
射手の男に迷いが生まれる。
この場をどう脱するべきかと、能力の高さゆえ判断を
理逸にはそれがなかった。膠着状態が仮初のもので、スミレの銃は二連装だが二発目が装填されていないと知っているからだ。
ゆえにここでは、理逸の方が早かった。
左手のプライアで制式拳銃を引き寄せることで男の左腕を操り、銃口を眼前から逸らした。即座に右拳でマスクに覆われた顔の大気ろ過機部分を殴りつける。ひるんだ一瞬に左のプライアを解除、再度拳を握ってそのマスクごと頭部を『引き寄せ』ながら右の拳を同じ個所にぶち込む。
ろ過機が砕けた。二度つづけて殴られたことで顔面に内部の硬いパーツが当たって傷つけたらしく、レンズ越しに内部が血みどろになったのがわかる。顎へのダメージも大きかったか、がくりと力を失う。
マスクをひっぺがすと、坊主頭の若い男であることがわかった。前歯は全損していたが息はあり――気絶して白目を剥いていたが、その表面からはいままさに青の光が消えていくところだった。
反応の速さ、切り替えの巧みさからしてまちがいなく
「こいつどう思う、スミレ」
「どぅもなにも。運び屋でぁると知ってぃてオクトさんを狙い、かつ意識がぅつろでぁることも知ってぃました。この一件のぉおよそをご存じなのでは?」
「だよなぁ」
ろ過機つきの頭部全体防護マスクと、分厚い防護服。あの火災現場を引き起こしたのもこいつかもしれない、と理逸は思う。
風が吹いて徐々に煙幕が解け消える。見れば、倒れていた於久斗が身体を起こすところだった。動きには人間味があり、頭を痛そうに押さえてかぶりを振る。理逸たちを見て、怪訝な顔をしている。いまはまともらしい。
「於久斗のさっきの状態は、どう思う」
「人に訊ぃてばかりだと――」
「あー、思考力が落ちるって言いたいんだろ。悪かったよ……まぁ、ありゃ催眠状態ってやつじゃないか? こうなると薊との話がかみ合わなかったのも少し納得がいくようになってくる」
於久斗が慈雨の会に不信感を抱きながらも彼らに接していたのは、催眠状態だったから。すなわち、詳細を覚えていない。
薊は嘘を(少なくとも慈雨の隠れ信者であるとか、不明な金の動きの話をしなかったことを除き)ついておらず、於久斗が怪しいそぶりをしているというのは事実だった。ということ。
「催眠は、アレが原因か?」
わけがわからないという顔の於久斗に近づき、彼の横に落ちていたボックスを持ち上げる。ぐちゃ、と内部で生物の部品だったものがうごめく感触があり、非常に不快だった。
これの中身を見た途端に於久斗は自我や意識を失った顔つきとなった。
おそらく、中身を確かめようとする動作がトリガーか? 推測をつづけつつ理逸は彼に手を貸し立ち上がらせる。
念のためだろうが制式拳銃を取り上げて燃える運送屋に投げながら、スミレはひとりぼやく。
「後催眠暗示、でしょぅか」
「ゴサイミン?」
「識閾下に投射した情報が外部刺激と特定プロセスで繋がった際にセットされた行動をぉこなぅ、とぃう条件付けのことです」
「……」
「途中式のなぃ証明は価値を減ずると思ぃますが、ぁえて過程は省ぃて差しぁげますね。人心を操作できるよぅ働きかけることです。心理の働きに長けた者の技能ですね」
「わかりやすい説明を、どうもありがとうよ」
気のないやりとりをかわしつつも、要点はつかめた。スミレも催眠はだれかにかけられたものだと考えている。
「つまりこれを開けたら、そのときは自動的に於久斗が働きだすようになってる。一定時間で解けるのかほかの解除条件があるかは知らないが、いいように使われてるのはまちがいないってことだな」
「加ぇて私見を述べるならそのオクトさんを
「やっぱそう思うか」
「ぁと乗りでひとの見解を我が物顔で奪ぅのはどぅかと」
「いやホントにそう思ってたんだよ……だって、ほら」
理逸は於久斗に貸している肩と逆の方の手で、下方に見える大通りを指さす。
先ほど倒した男と同様の装備をした異様な男が
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