Worth working (6)


「お前、深々さんが俺に殺しをさせると思ってつっかかったのか」


 会議室を出て《七ツ道具》メンバーが三々五々にビル内へ散っていくなか、理逸は横を歩くスミレに問いかけた。

 スミレは心底嫌そうな顔をしながら理逸を数秒見つめ、ふいと顔を背けた。図星らしい。


「なるほど」

「なにをひとりで納得されてぃるのですか。ぁなた幾度も殺しをぃやがってぃる様子を見せてぉりましたから、その姿勢のままで殺しを強制されるとパフォーマンスが落ちひぃてはゎたしの身に危険が及ぶと判じてのことです」

「そうか」

「……言ぃたいことがぉ有りなら口にしてはどぅですか」


 明確に不機嫌さを表しながら、スミレが振ってきた。

 さてどう答えたものかと迷っていると、後ろから理逸の肩を叩く者がいる。

 硬質で重たい手。鉄塊のような腕。


織架おるか。なんだよ」

「これから仕事になるんだろっ? その子の調律チューニング、俺が請け負うよ」


 両腕の前腕までを手甲ガントレットのように覆う、装備型アウトフィット末端子拡張機構エンデバイス。筋肉の薄い身体に対して無骨なそれはことさら目立ち、ダボついたツナギを腰で袖巻いて穿いていることと相まって手足の印象がぶらぶらしている。

 前髪をすべて掻き上げて後ろでまとめた髪型の下、細面のなかで耀く瞳をにっこりさせながら、才原織架はスミレの首の統率型拡張機構ハイ=エンデバイスを指さした。


「調律、ですか」


 人差し指で首のチョーカー型機構をいじくり、スミレは目を細くする。織架はこの冷たい視線をまるで気にした様子もなく、鷹揚に構えてスミレの肩にも手を置いた。理逸とスミレの間で二人に手をかけた形になる。


「そーだよ。機構運用者デバイスドライバには定期的な調律が必須だ。知らないわけじゃぁないだろう? しばらくやって、ないんだろうっ?」

「……まぁ、知識としては存じてぃますし最近出来てぉりませんが」


 半歩前を行こうとする織架に理逸と二人して引きずられるようになりながらも、スミレはぶっきらぼうに返した。これにからから笑いつつ、織架はつづける。


「タンポポ珈琲は好きかいっ?」

「ぇ、このひとはなにを言ぃだしたのですか急に」

「もしお好きなら、一杯飲んでるあいだに終わるよ。珈琲が嫌ならお茶でも、なんなら煙草もあるがね。まあこっちはタンポポとちがって千変艸ヴァリアブルウィード製だがっ」


 どこからともなく手の内に紙巻き煙草を取り出し、理逸の首を抱き寄せるようにしながらこれをくわえた織架はそのまま金属製の手甲型機構の指を打ち鳴らして火花を発し、もくもくと紫煙をくゆらせはじめた。けむい。


「ゎたし、どれも好みません」

「あれっ、そうなのか。じゃあ、酒?」

「どこから出したんだお前」


 リターナブルのガラス瓶に入った透明な白酒パイチュゥをさっきまで煙草を持っていた手につかんだ織架を見て、理逸は半目になる。


「酒のひとつやふたつ、誰だって持ち歩いてるもんだろっ」

「俺は持ってない」

「じゃあ一本、やる」

「ひとつやふたつって、本当に二本持ち歩いてんのかお前……」


 押し付けられて、仕方がないので片手に持つ。すれ違った安全組合の人間が異様なものを見る目で理逸を見たが、織架の仲間だと思われていないことを祈りたかった。


「この方、ァル中なのですか」

「仕事のない時はな」

「人聞きの悪いこと言うない。やめようと思えばいつでもやめられるってのっ」

「中毒患者はみんなそう言うんだよ」

「まずご自身の生活の調律からはじめてはぃかがでしょぅか」

「物言いがひどい。まあともかくも、話してるうちに俺の部屋に来たね。飲み物喫い物が気に入らないなら食べ物はどうだい?」

「どうあっても連れ込むつもりだぞこいつ」

「もうぁきらめます」


 ぐいぐいと自室に押し込もうとする織架に折れたらしく、スミレは両手を軽く上げた。理逸もため息をついて、あとにつづく。

 三番の理逸、あとは一番の十鱒とおますと二番の蔵人くろうどは離れて暮らしているが、安全組合の《七ツ道具》のうち残り四人はこの生活可能ビルのなかに居を構えて各々の稼業に精を出している。

 ネオン技師と電子奏縦師エレクトロニカのかたわらで機構調律者デバイスチューナを営む七ツ道具四番・織架もそのひとりだ。

 広い部屋のなかは長机や作業台で何か所にも区切られており、それぞれでネオン管の扱い、工具類の修理扱い、電子技術エレクトロ未解明品ブラックボックスの調査、といくつかに用途が別れている。


「なかなかに、雑多にものがぁりますね」


 あちこちに目をやり、スミレは少し驚いている。


「織架は機械類全般の技師だからな。一応ネオンが本職らしいが」

「家業だから本職名乗ってるってぇだけだね。俺自身としては機構いじりだけに精も根も尽き果てたいところだっ」

「果てんなよ」


 理逸のぼやきを聞いちゃいない織架は、部屋の一角へとスミレを手招く。

 四畳の畳敷きスペースとしており、その上が末端子拡張機構についての作業場らしい。ブーツを脱いであがった織架は、リストバンド型の機構や眼鏡型の機構など小物類を片付けて、製図用コンパスと紙面、ドラフトテープとスケールといった道具類も端に追いやった。スミレに座布団を勧めている。


「さて御来室ありがとう、スミレ君。餡巻き食べるかい?」

「ぃえ食べ物につられたゎけではなぃので。さっさと済ませてくれると」

「そうだ、甘い物より食事かなっ。たしか肉圓バーワンが保温器にあったはずなんだが」

「要らないので。さっさと済ませてぃただけると。助かります」


 普段より若干反応が早くつっけんどんだったことから、逆にわずかながら気持ちが動いたのだろうことを察せられた。などと指摘すればまた反感を買うのでなにも言わないが。

 織架はもてなしを断られたことにがっかりしたのを隠しもせず、くわえたままだった煙草を灰皿に落として消した。


「まぁ無理強いはしないけどね。では仰せの通り早速、はじめようっ。俺は統率型に触れた経験はないのだけどなにか留意すべきことはあるかい?」

「とくには。機能制限が外れてぃるだけで、骨子は汎用機構と変ゎりません」

「りょーかーい。楽しみだっ」


 先の言葉どおり、機構いじりに生涯の精も根も尽くすつもりである織架だ。めったに見られない統率型拡張機構にずっと触れてみたかったらしく、眼鏡型の機構をかけた表情はいつにもまして喜々として見えた。

 手甲型の機構デバイスに包まれた両手を伸ばす。

 スミレのチョーカー型機構に触れると接続アクセスしたらしく、「[Barbarian][Intruder][Outsider][Strayer]-……うーんと[All the terms] [Retrieve]……」などと、理逸にはわからない口述コードを交えながら作業をはじめている。スミレはぼんやりと足下の図面などを見ていた。


調律チューニングっての、やらねぇとまずいのか?」


 膝を崩して座るスミレに背後から話しかけると、そんなことも知らないのかと言いたげに彼女はじろっと理逸を見上げた。


「ゎたしたちが扱ぅのは『拡張』機構です」

「?」

「本来存在し得なぃ知覚を、微機ナノマシン同士の情報リンクにょる刺激と神経伝達物質の生成とで脳に誤認させてぃる。無ぃ筈の感覚を無理やり搭載してぃる、とぃうことです」

「無理させてるから……なんだ。あれか。『無理できるように調整する』ことを調律って呼んでんのか」

「ァホなのですか、ぁなた」

「なんかひさしぶりに直接的な罵倒聞いた気がするけど腹立つな」

「人体は得た感覚に、ぉかれた環境に心と身体を慣らそぅとします。拡張した感覚をそのままにしてぃると、少しずつぉかしくなってぃく」

「どういう感じにおかしくなるってんだよ」

「円藤、こないだジロクマのおっさんと屋台で会ったろー? 仲裁人の仕事で、ヨッパライの常連がホレ。二つの店の間で押し付け合ってたってさ」

「? ああ。めんどくせー依頼だった」


 急に入ってきた織架に、機構運用者の酔客のことを思い出しながら返す。うなずいて、織架は語った。


「俺もあの後にジロクマと飲んだんだけどそのとき話を聞いてな? これは機構運用者特有のやつだな……って気づいたんだっ」


 眼鏡越しの目玉をぎょろぎょろさせて、おそらくは拡張された視覚情報と指先の手甲型機構からの触覚情報とをまとめて『調律』とやらを成している織架は一瞬だけ理逸に目配せした。


「アレじつは酔ってたワケじゃぁないんだよ。強いて言うなら『感覚酔い』だ」

「感覚酔い?」

「あのヨッパライ、機構使ってたろ? どうも彼は新市街からの都落ち民らしくてさ、南古野の暮らしに慣れても機構デバイスにだけは絶対誰も触らせなかったワケ」


 都落ちとは、失態や金銭面での問題により新市街に暮らせなくなった人間が南古野に落ちのびてくることを指す。

 希少で高価な機構を持っている理由が謎だったが、ようやく得心がいった。


「新市街から持ってこれたっ……ても個人用に設定されてるから外せないってだけなんだがね。とにかく最後の財産であるアレに、あの男は誰も触らせようとしない。俺も断られたさ」

「それで感覚酔い、ってのになるのか?」

「そうだっ。反応と視覚の強化で過敏になった神経は、徐々にそれを通常と認識しその状態に『慣れる』。すると、機構を使っていないときの身体の鈍さにじれったくなるっ。だからって機構を常に暖機運転アイドリングしていれば脳みそは、過剰な情報処理という名の労働を強いられるんだね」

「どれくらいの過剰労働だってんだよ」

「仮に一日、機構を稼働しっぱなしにしていたなら。脳の状態は普通のひとが不眠で十日動いてるときに近いかもなっ」

「……道理で会話が通じないし呂律も回らねぇわけだ」


 完全にアルコールで酩酊しているやつの動きだと思ったが、不眠(に近い脳状態)による幻覚や幻聴、感覚過敏とでも戦っていたのだろう。理逸は呆れた。


「ともかくも、つまり。調律はそういうのを防ぐための、感覚が『拡張状態へ慣れないようにする』処置ってことか」

「ょうやくぉ分かりぃただけたようですね。ずぃぶん時間がかかりましたが」

「うるせぇ。お前とちがって物分かりが悪くて、悪かったな」


 ふんと鼻を鳴らして、手近なところにあった椅子に理逸は座り込む。ここでその『調律』に必要なものがわかったのか、織架は眼鏡型機構を畳みへ無造作に置くと「とってくる」と短く告げて場を離れた。

 二人になると、スミレは背後の理逸へ向き直った。


「……そうぃえば、さっきはなにか言ぃたぃことでもぁったのですか」

「あ?」

「ゎたしの受け答えに対して、なにか奥歯にものが挟まったょうな物言ぃでした」

「ああ……べつに言いづらいこと、とかじゃねぇけどな」

「なんです」

「お前俺に、都度都度『この仕事で殺しはするのか』って訊いてきたろ。あれって俺が殺しを是とするやつかを、知るためだったのか?」

「逆にぁなたの方はそれを、どぅいう質問だと思ってぃたのですか?」


 質問に質問で返すな、と思ったが、スミレの紫紺の眼が真剣に見えたので理逸は正直に言う。


「お前が殺しを是とする環境で生きてきてて、それをしない俺を甘いと見てる、と。そう思っていた」

「それはそのとぉりですね」

「その通りなのかよ」

「でもゎたしも、殺しはしません」


 甘いとその口で断じた、理逸と同じ方を選んでいると。

 宣言して、スミレはしばらく目を合わせてからふいに逸らした。


「ぁらゆる環境は、感覚は、人を『慣らし』ます。速い感覚の世界に慣れた人は遅ぃ世界に耐えられなぃ。ょり簡単な解決手段がぁる環境の人は、それを採らざるをぇない」

「絶対ってことはないんじゃねぇのか」

「そぅ。例外はぁります。それは、意志と行動にょってのみ果たされるものでしょぅ」


 スミレの目は織架の置いていった眼鏡型機構を向いていた。表面越しに、背後の理逸と目が合うことに彼女は気づいているのか。


 あるいは気づいていることに、気づいてもらおうとしているのか。


「ぁなたの意志と行動は、ぃちおう、その辺の大人ょりだいぶマシです」

「……ああ、そうかよ」

「そのままマシで居てくださぃね」


 つまり、『殺しはしない』という点で二人は繋がっていると。

 そういうことらしい。

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