第34話  冒険 5

 龍神龍王バイロンの領域にいる隆とユウ、闇の森の境界にいる駿太郎は互いに見つめ合っている。


「妖精!俺をそっちへ出してくれ」


 隆に捕まれたまま微動たりできないユウは奥歯を噛み締め言った。


「簡単には出してあげない」


「なんだと!」


「だって、駿太郎は信用できないから、駿太郎って、悪いことばかりしてきたんでしょ。僕が知らないとでも思っているの!隆たんは騙されてるんだよ。駿太郎は良い人間じゃないんだ」


 隆は黙ってユウの背中を見ている。


「隆たんはまだ子供だから、騙せると思って駿太郎はいい人間ぶってるんだけなんだ!僕にはわかる」


 銀月梠の言葉が隆の頭の中でぐるぐると回り続ける『足を掴んで逆さまにしろ』けれど優しい隆にはそのような仕打ちはできるはずもなく、心の葛藤が伝わってくる。駿太郎はそれ以上、隆をたきつけることも出来ず黙って見守ることしかできない。


 銀月梠も書物室のお気に入りのソファに座り上段の棚にある光を放つ絵本を見上げている。


「隆よ。其方の考えひとつで事は進む、悩むが良い、自ずと答えは出るものだ。私はここからお前のことを見ているからな」


「銀月梠様、隆たんは足を掴んで逆さまにする事ができるでしょうか」


 精把乱は書物室の入り口の壁に張り付いて銀月梠を恨めしそうに見つめている。


「なんだその目は?フッ……。どうであろうな。あやつは、なにも言わずに隆に決断させるつもりなのであろう。無言で目を閉じて心落ち着かせ待っているようであるぞ、あやつもそのような事が出来るのだな。精把乱、文句しか言わないあやつが黙っておる」


 と言って銀月梠は微笑んだ。


 隆の心がモヤモヤとしている。どうするべきなのか考えても答えが出ない。ユウの足首を持って逆さまにする事はよくない事だと思う一方で駿太郎を助けるには悪いと思うことをしなくてはならない。そうしないとユウは方法を教えてくれない。心の中で自分の思いが相反しているこの迷いを葛藤という事さえ知らない幼い隆には初めての試練である。


 しばらくだんまりを通していた駿太郎だが隆の痛む心を思いやり口を開いた。


「お前よう!妖精は嘘をつかないんだ!とか抜かしといてよ。なんだその態度は!舐めてんのか!」


 駿太郎は瞬く間に鬼の形相になり睨みつけた。


「そんなに怒った顔しても全然平気、だって駿太郎は其処からこっちにはこれないんだもね」


 駿太郎は呆れて宙を見上げため息をついた。


「お前なあ!なんだそりゃ、このおおぼら吹きが!呆れてものも言えねえは!」


 荒々しく言葉を吐き捨てた。ユウは隆の顔を見上げて、


「ねえ、隆たん、おおぼら吹きってなに?」


 隆は首を傾げ今まで駿太郎が口にした言葉を思い出しその中におおぼらふきという言葉を手繰り寄せるが見つからない、


「駿さん、おおぼら吹きってなんですか?」


「あん?隆たん、まさにそいつを見りゃあわかるだろ!大嘘つきってこった!」


「僕、嘘つきじゃない!何度言ったらわかるの!駿太郎!やっぱり駿太郎は嫌いだ!」


 ユウの顔が真っ赤に染まっていく、


「ユウ、怒らないで、顔が……真っ赤です。どうすればいいのか教えてください」


 今にも泣きそうな顔をして隆にしがみ付いた。


「僕、嘘つきじゃない!」


 小さな小さな手が青色の長パオを力強く握りしめる。


「はい、ユウは嘘つきではありません」


 隆はユウの後ろ頭を指先で優しくなでた。


「やっぱり隆たんは優しい子だね」


 小さな身体を震わせながら泣き縋る。


「だから駿太郎は信用できないんだ!意地悪ばかり言って僕をいじめる」


「ユウ、泣かないで」


「男のくせに!いちいち!めそめそすんじゃあねえ」


「だって……」ユウは頬につたう涙を拭いながら「駿太郎なんて!大嫌いだ!大嫌いだ!助けてなんてあげない!」と隆の胸で叫ぶ。


「大嫌いで結構結構コケコッコウだ!」


 大人気ない駿太郎である。


「ユウ、駿さんは良い人です。悪い人ではありません。僕ずっと駿さんと長閑村で過ごしてきました。村のみんな、駿さんのことが大好きです」


「隆たんも長閑村の民たちもみんな駿太郎に騙されてるんだよ。なぜわからないの」


 ユウは小川の向こうの駿太郎に振り返り睨みつけた。


「駿太郎は自分が助かりたいから隆たんが犠牲になっても構わないんだろ!」


「隆たんが犠牲ってどういう意味だ!」


 ユウは駿太郎を睨みつけ頬を膨らまし鼻の穴を広げた。


 隆の指先がユウの足首を掴もうと伸びる。しかし直ぐに指を引っ込めて目を閉じてため息をついた。『父さん、僕、悪い子になってもいいですか』隆は童玄の顔を思い浮かべた。隆は、うんと頷くと素早く足首を掴みユウをひっくり返した。


「わー。隆たん!なにするの」


 ユウは逆さまの宙ぶらりんになった途端、力が抜けて、両手も羽も垂れ下がり脱力して動かなくなった。妖精の足首は急所であり、逆さまにされると問われることに素直応える様になる。


「ユウ、ごめんなさい。こうするしかないんです。駿さんを助ける方法を教えてください。そうすれば、これ!やめますから」


「はい……。この川の真ん中まで隆たんが入ります。そして手と手を繋いで駿太郎をこっち側に引っ張ります。そうすれば駿太郎はその闇の森から出られのです」


「ユウ!ありがとう。僕やります」


「ただですね。この川は龍神龍王バイロン様の涙なのです。汚す事は許されないことなのです。もしその中に入ると大変なことになります。それがどういう事かわかるでしょう。駿太郎ならわかりますよね。汚す行為ということは水の精たちの怒りをかうことになります。涙を汚す事はいけないこと、阻止するために流動が激しくなるんです」


 ユウの嘘の様に全く真逆の素直な妖精に変貌した。


「なんだそいつは?別の妖精みてえだな」


 駿太郎と隆は見合って頷いた。


「まあ、それはいいか、流動が激しくなるということは、つまり危険だということだな」


「そうです。子供の隆たんには水の流動に負けてしまうんです。だから無理なんです。そもそも駿太郎が勝手に森に侵入したりするからこんなことになったんだから、自業自得でしょ。もう諦めるしかないのです。ずっとそこにいればいいんです」


 駿太郎は頭を抱えて樹木にもたれかかり滑るように座り込んだ。隆を危険な目に遭わせわけにはいかない。豪放磊落ごうほうらいらくの駿太郎も途方に暮れる。

 


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